黒沢清監督が初めてオール外国人キャスト、全編フランス語で撮りあげた『ダゲレオタイプの女』が10月15日(土)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開公開されます。
この度、公開を記念して黒沢清監督×新井卓さん(写真家/ダゲレオタイピスト)のトークイベントを行いました。
【開催概要】
日時:10 月 3 日(月)20:00~22:00
場所:代官山 北村写真機店 (渋谷区猿楽町 16−15 代官山Tサイト内)
登壇:黒沢清監督(映画監督)、新井卓さん(写真家/ダゲレオタイピスト)
新井卓さんは今年、ダゲレオタイプで撮影した写真集「MONUMENTS」で写真界の芥川賞とも称されている、木村伊兵衛写真賞を受賞。
そして先日、本作の主演タハール・ラヒムが来日した際には、黒沢監督とともに2人をダゲレオタイプ・カメラで撮影して頂きました!
共に世界最古の撮影方法”ダゲレオタイプ”を軸に作品を作りあげたおふたり。
その魅力や、先日の写真撮影の裏話など存分にお話し頂きました。
ダゲレオタイプに引き寄せられた愛と死ーー
「ダゲレオタイプ」は、1839年にフランスのダゲールが発表したこの撮影方法。
ネガを作らず、直接銀板に焼き付けるため、拡大・縮小できず、焼き増しも不可能、撮影した写真は世界にひとつしか残らない。
そんな「ダゲレオタイプ」を軸に、黒沢監督は、狂信的に"永遠"を求める写真家の父のためにモデルになる娘、そして助手として"撮影"を目撃しながらも娘に心を奪われていく主人公の、これまでにないホラー・ラブロマンスを描き出しました。
『ダゲレオタイプの女』では、ダゲレオタイプ・カメラで等身大の写真を撮影するシーンや現像するシーン、約170年前の写真撮影で実際に使われた小道具が登場したり…
とカメラファン必見のシーンが満載。
また、新井卓さんが撮る、永遠性を閉じ込めた唯一無二の”ダゲレオタイプ”は、多くの人々を魅了し、国内外の展覧会で絶賛されています。
写真好きの方も、映画好きの方も興味を持っていただける興味深い内容のトークイベントとなりました。そんな当日の模様をお伝えします。
◎ 始めに
新井卓さん「昔から映画好きで黒沢監督のファンでした。憧れの人が目の前に居て光栄です」と挨拶すると「僕の映画を昔から見ていたんですか?!」と少し照れながらも驚く黒沢監督。
「この“ダゲレオタイプ”という言葉が黒沢監督の映画のタイトルにつく日が来るなんて思っていなかったので、驚きました。映画は、まずとにかく『怖っ!』と思いましたね(笑)。
ヒロインの目の動きがなんだか怖いんです。登場人物たちの動きに気を取られていたら、いつのまにか魔法にかかっていましたね。
身体の動きや、人物の話しかたが独特。まるで伝統芸能、“能“のように糸で操られているようでした」と映画の感想を述べる新井さん。
◎ おふたりのダゲレオタイプとの出会い、作品の着想
黒沢監督「古い写真への興味は昔からありました。肖像画的な“自然じゃない感じ“が興味深かったです。
20年ほど前に、恵比寿の写真展に行った際に見た、ダゲレオタイプで撮られた少女の苦痛とも快楽ともいえない表情を見て、非常に心惹かれました。
これを映画にできないかと思ったんです。」とダゲレオタイプとの出会いを語る黒沢監督。
新井さん「昔は映画が好きだったんです。そして古い映画に惹かれていって、リュミエール兄弟の作品を初めて見たときに異様な、怖さというものがありました。
おそらく初めて人が新しいテクノロジーに出会うと、このような畏怖の念を感じるのだな。と思いました。実はカラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』の黒の美しさに心奪われ、
そこからカメラ自体に興味を持ち始めて、写真の始まりを調べたらダゲレオタイプにたどり着きました。」となんと映画に始まりダゲレオタイプにたどり着いたことを告白してくれました。
◎二人にとって写真と映画の似通うところ、違うところ
黒沢監督「写真については詳しくありませんが、映画も写真もカメラを置いた位置から始まり、そこで決まる。その後ろは関係ないのが面白いですね。」
新井さん「“ダゲレオタイプ“は現代のカメラから見たら到底カメラと言える代物ではない。複製できないし、撮影時間も長い。
気軽さが全然違う、失敗も多いんです。労力が多いですね。現像に水銀を使うんですが、中毒性があるんですよね。
昔の帽子屋さんは、製造過程で水銀を使っていたらしく、「mad as a hatter」という慣用句が生まれるほど、本当に気が狂っていたとも言われています。
もちろんダゲレオタイプも、水銀で現像するので、危険も伴います。」
黒沢監督「新井さんは大丈夫ですか?(笑)」
新井さん「劇中、等身大の水銀現像機が現れたときには驚きで奇声を発してしまいました。周りの人にびっくりされたんですけれど(笑)」
黒沢監督「ちゃんと実際に使っているように見えましたか?(笑)しかし、水銀中毒という設定はいいですね……」と“水銀中毒”という言葉に興味津々な黒沢監督。
◎ ダゲレオタイプに封じ込めるのは自分自身
黒沢監督「映画も何時間もかけて1カットを撮って、「なにかすごいものが映ったに違いない」という“一種の幻想”の中で、僕たちはいまだに仕事をしています。
スマホで簡単に写真や動画を撮っている人々からしたら、映画というのはダゲレオタイプの世界なんですよね。映画はいつ消えてもおかしくないメディアなんですが、まだギリギリ存在していて。
それは見に来てくれるお客さんも「特別な何かが映っている」と、信じてくれているのです。映画なんていつ過去の遺物になってもおかしくない、『ダゲレオタイプの女』の写真家のように悲劇に飲まれるかもしれない…と自嘲気味に撮りました。」と黒沢監督が語ると会場からは笑いが。
新井さん「映画ほどの長さではないですが、被写体を20分拘束して撮影をしたことがあります。その人の人生を奪っているようで、“罪悪感”を持ちましたね。
それで撮られると表情筋は短時間しか持たないのでその人の持つ顔の構成そのものがあらわになる。少し死人に近い感じがしました。でも、鮮明さは写真一の美しさを誇ると思います。」
先日、ダゲレオタイプで主演のタハール・ラヒムとともに新井さんに撮影された黒沢監督。「写真を撮られると魂を奪われる、という迷信がありますがそういう感覚になりますか?」との問いに「ものすっごくなります!」と即答。これには来場者一同爆笑。
黒沢監督「写真というより、露光時間短縮のためのものすごく強いストロボの光のせいかもしれませんが。
でも、自分のなにかが銀板に移ってしまった、だから自分から何かが減ってしまった、という感覚が確かにありました。バルザックがそのようなことを言っていたんですよね。
存在の皮を一枚一枚剥がされていくようだ、と」
ダゲレオタイプに出会い、本作『ダゲレオタイプの女』を撮影することとなった黒沢監督と、日本で唯一のダゲレオタイピストという道を選んだ新井卓さん。
ダゲレオタイプに魅せられた二人のトークは、映画の話とダゲレオタイプが交互に行き交う、非常に興味深い内容となりました。
写真と映画の意外な共通点などに、観客からは感心や驚嘆の声も聞こえました。
【ストーリー】
ダゲレオタイプの写真家ステファンのアシスタントに偶然なったジャン。その撮影方法の不思議さに惹かれ、
ダゲレオタイプのモデルを務めるステファンの娘マリー恋心を募らせる。しかし、その撮影は「愛」だけではなく苦痛を伴うものだった…。
芸術と愛情を混同したアーティストである写真家のエゴイスティックさ、父を慕いながらも拘束され続ける撮影を離れ自らの人生をつかみたいマリーの想い、
撮影に魅了されながらもただマリーとともに生きたいというジャンの願い、そして、自ら命を絶っていたステファンの妻の幻影…
愛が命を削り、愛が幻影を見せ、愛が悲劇を呼ぶ。世界最古の撮影を通して交わされる愛の物語であり、愛から始まる取り返しのつかない悲劇。
出演:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ、マチュー・アマルリック
監督・脚本:黒沢清 / 撮影:アレクシ・カヴィルシ-ヌ / 音楽:グレゴワール・エッツェル
2016/フランス=ベルギー=日本合作/131分/PG-12/
提供:LFDLPA Japan Film Partners(ビターズ・エンド、バップ、WOWOW)
配給:ビターズ・エンド
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