北島博士のおもしろ映画講座 第24回『ミス・ワイフ』

今回紹介するのは、韓国のファンタスティック・コメディ・ドラマ「ミス・ワイフ」。
ミス・ワイフとは奇妙な題名だが、本作のヒロインはある日突然、独身から２人の子持ちの専業主婦に変身してしまったのだ。

船員だった父が遭難し、それを悲しんだ母も間もなく死亡。以来、イ・ヨヌは男なんて百害あって一利なしとみなし、一心不乱に生きて来た。敏腕弁護士として高く評価され、財閥御曹司のレイプ未遂事件も示談で処理し、開発計画に伴う住民の同意も取り付けた。

　順風満帆にみえた人生航路だったが、交通事故で激変する。
気が付いたら、やたらと明るい場所にいる。そこは死者を天国に送り込む一歩前の中継所とかで、所長は、「君が来るのは早すぎた。手違いで、一か月早く死亡したカンという女性がいるので、彼女の体に一か月だけいてくれれば、元通りにしてやる」と言う。
ただし、このことは秘密にすること、イ・ヨヌの関係者に会ってはいけないとくぎを刺された。

　目覚めたら、中級マンションに暮らす主婦となっていた。
反抗期の娘ハヌル、幼稚園児ハルの二人の子持ちで、夫ソンファンは区役所つとめ。家族写真はちゃんとヨヌの顔が映っている。近所のおばさんが彼女に１枚35ウォンの紙袋折りの内職を世話してくれた。今まで米を研ぐなんてこともやったことないので、ご飯を作ることもままならぬ。
その上、夜になったら、イケメンの夫が「今日はあの日だろ」と迫ってきたので、またひと騒動がもちあがる。
貧乏暮らしが嫌になって、自分の住んでいた高級マンションに行き、クレジットカードを持ち出して、高価なドレスを爆買いしたら、警察に連行された。夫の機転で事なきを得たが、夫や娘からは「最近のママはおかしい」と怪しまれる。

　早すぎた死を修正するために当人をもう一度地上に戻すという設定の作品といえば、1941年のアメリカ映画「幽霊紐育を歩く」とそのリメイク版「天国から来たチャンピオン」（78）が有名。
本人の肉体ではなく別人の肉体に魂だけが宿るという設定に笑いのもとがある。突然三人の家族持ちというホーム・コメディになるところが韓国映画らしい。

　あと半月の辛抱と我慢の子だったヒロインが、三人の家族と心が通い合うようになる過程がとても自然で、ときに弁護士時代の癖が出て、専業主婦とバカにしていた相手が慌てるという笑いを織り込み、愛を知らなかった彼女が真実の愛に目覚めていくまでが、韓国映画ならではのベタなタッチで描かれている。
確かに通俗的なドラマ手法ではあるが、観客心理をきちんと読み取っての構成、演出は褒められていい。登場人物の心象風景を描くためか、やたらと思い入れたっぷりの冗長な画面を展開したり、不要な描写をもりこんで観客をだれさせる作品よりもずっとすがすがしいと私は思う。

　　監督は平均年齢65歳のおばあちゃん銀行強盗団を描いた「ミス・ギャンブラー」（10）のカン・ヒョジン。「悪魔は誰だ」（13）のオム・ジョンファがイ・ヨヌ、「情愛中毒」（14）のソン・スンホンがソンファンを好演している。

北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界ＳＦ映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」（近代映画社）、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」（キネマ旬報社）などがある。

監督：カン・ヒョジン（『花嫁はギャングスター』）
出演：オム・ジョンファ（「魔女の恋愛」『悪魔は誰だ』） ソン・スンホン（『情愛中毒』「マイ・プリンセス」）
キム・サンホ（『海にかかる霧』）ラ・ミラン（『私の愛、私の花嫁』）
2015年／韓国／124分／カラー／シネスコ／5.1ch／原題：미쓰 와이프／
配給：クロックワークス
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8/13（土）よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー