『みっちゃん、工事中』

第一章・みかこ8歳

「神様、マリア様、仏様、キリスト様、イエス様。
いつもいつも私たちを幸せに導いてくださってありがとうございます。
とても感謝しております。
だからどうかどうか、今日これから起こる、多分起こっちゃうかもしれない、嫌なこと悲しいこと困ったこと、泣いちゃう事があったら、全部藤川町のおじいちゃんの所に飛んでいきますように」
あたしの初めてのおまじないは確か4歳くらいの時。
あたしはひどく怖がりで、おうちのチャイムが鳴るたびに誰か知らない人が来てあたしを連れ去るんじゃないかといちいち大騒ぎで泣いて、なのにチャイムの音は鳴り止まず、あたしはずっと怯えて泣いて祈ったの。どうかあの人が来ませんようにって。そしたらぴたっとチャイムはなりやんだ。
あたしの運命を誰かにかわってもらった。初めての罪悪感。

布団の中でおまじないを唱えて目をつぶってみる。
口に飛び出しそうになってたドキドキの波が少し引っ込んだけど、少ししたらなんだかカルピス飲んだ後に白い線みたいなのが喉の奥から出てきた時みたいにな気持ち悪い気持ちになってまた不安になった。
おじいちゃん大丈夫かな?
こんな大不幸が全部おじいちゃんの所に飛んでいったらおじいちゃんは今よりもっとやつれてほっぺたには穴があいちゃうかも。でもおじいちゃんはそれでも笑って、いつも「大丈夫、何でも飛ばしておいで、おじいちゃんならどうにか出来るから」と言う。70歳でそんな安請け合いしていいの?でも自分のとこに来たら怖いし・・・。

こんな気持ちは、確かこの前の夏にもあったかも。

その日は1年に2回だけ会ういとこも来ていてみんなで花火をしてた。お兄ちゃんがロケット花火みたいに俺は噴射するんだっていう実験をしてて、おしりの穴に花火をぶっこんでおならの出待ち。あたしが火をつけてあげたらアホかって小突かれた。なんだ。パフォーマンスばっかり。
そんなことより、今日のあたしの楽しみはパラシュート。どうしても花火の後に落ちてくるパラシュートが欲しくて、火をつけるずっと前から空を見てた。
もしかしたら、パラシュートを作るのにたくさんお金がかかっちゃうからか、肝心の花火の方は夜の闇にほんの申し訳なさげなくらいの光と乾いたパンパンって2回音が終わってしまったら、真っ暗にぼんやりと昔から宇宙を漂っていたように皆に媚びを売るように降りてくるパラシュート。
見えたり見えなかったり。あぁぁどうしても地面に落ちる前に自分の手で取りたい。一旦地面に落ちてしまったのを、はい、みっちゃんの分だよってもらっても、もうそれはあたしにとってはなんだかお下がりみたいでそれじゃあ意味ない。手に入れられるのなら別にどっちだっていいじゃないってママは言うかもしれないけど、あたしは絶対そんなの嫌。飛んで生きたままをジャンプして自分の手でつかみたい。
こんな頑固にあたしいつからなっちゃったんだろう。
ママも最近よくあたしの事、昔は天使だったのにって言うの。
天使って神様と人間を結ぶ役割って何かに書いていたけど、でもだんだんあたしは神様から遠くなっていってとうとう神様の言うことが聞こえなくなっちゃって、どんどん人間に近づいてるようだから、だからせめて天使の顔した人間がいい。
ちょっと前まではママもゆきこおばちゃんもあたしが小さな荷物を持って歩いているだけで、昨日ピーマン食べたのって言っただけで、えらいねえ、すごいねえって、なのに最近は、歩くとさっさと行きなさいだの、走るとバタバタしないのだの、話しかけるとおしゃべりはそれくらいにして早く帰りなさいだの言われて、ねえいったいあたしの何が変わったの。だからあたしはその分ハッスルしなくちゃいけなくて、もっともっとあたしは大きな口を開けて笑って、抱えきれない荷物持って、みんなからすごいねえ、えらいねって頭をなぜてもらうには、あたしの気持ちと離れちゃってる事を相手の術中にはまったふりをして、きちんとお返事して、本当はみんなと違って見える事をちょっとだけ誇りに感じているのに、そんなことは言わないでみんながあたしが清く正しく「そのとおり」なんて言っているんだと思わせて。だって頭をなぜられるのって大好き。
なんだか健ちゃんちの犬のチビになった気分。
なんでも言うこと聞いちゃうよ、ワンワンワン!
でも餌をくれて頭をなぜてくれる人なんて通りすがりの優しい山本のおばさんだけ。飼い主様は、あたしの行動なんてお見通しで、ふっている尻尾をつかんであたしを所定の小屋にずるずると連れ戻し、道端のまんじゅうを食べるんじゃない、何が入ってるのかわかんないでしょってまた怒られちゃった。
でも道端のまんじゅうって特に美味しかったー。

とにかくあたしはパラシュートの花火が見たいのに、
ママに頼んでも、また明日ねって言うから、お兄ちゃんにおねだりしてみよ。
お兄ちゃんいいよっての返事。植木鉢を裏返しにした穴に花火を差し込んでたてかけて、マッチは蚊取り線香用のを取ってきた。私から大分離れた場所でお兄ちゃんは手なんてマッチを押しつぶしちゃうくらい大きなのに怖がりで指が燃えるからってすごく先っぽの方を持ってこするけど、白い線が入るばかりで、全然火がつかない。「しけっちゃてるよ、これ。」とお兄ちゃんが言うから、じゃあ、パラシュートだけ取り出してって言ったら、お兄ちゃん困った顔して、・・・

わかったよってお兄ちゃん勇気を出してシュッて火をつけたんだけど、上から下にこすっっちゃたからおにいちゃんの指にもちょっとだけ一緒に火がついちゃった。
お兄ちゃんがギャって、こっちに向かって走って来たとき横によけてあった植木鉢に足が当たってお兄ちゃんかたっぽの足がくるって回転しちゃって
お兄ちゃんの頭には黄土色のカケラが刺さった。アセチレンランプみたい。

今まであたしが血を見たのは、注射の後に看護婦さんがもう取ってもいいよって言ってくれたみたガーゼののポチッの血。
それでもあたしは自分からそんなのが出てきたのが怖くて、血が染み込んだガーゼを捨てられなくて、そしたらいつの間にか3日後に見かけたら、この前の赤い色から夕焼けの色っぽいのに変わってた。でもなんだかカスカスした色だったけど。ママからは、そんな血が怖いなんて生理が来たときみっちゃんどうするの。
ひっくり返っちゃうよなんて脅されたけど、結論からいうと生理なんてものはあたしにはこないと思う。そんなあたしの大事な血が勝手に流れるだなんて!

なのにお兄ちゃんの頭からはどろっとした赤黒いねっとりした血がボタボタ落ちてきてた。お兄ちゃんの中にこんなどす黒いものがあったなんて全然知らなかった。
植木鉢の割れる大きな音にびっくりしてママが来て、抜いちゃダメ!と言って私の手を思いっきり引っ張った。あとは忘れてしまった。お兄ちゃんは抱えられて運ばれていった。誰もみんな、あたしには気がつかないようにしてた。

だって、みんなおじいちゃんもお兄ちゃんもいいよって言ってくれたからお願いしただけなのに、でもきっとわたしのせい?ね。
あたしだって、みんながおまえがそれは背負うべき運命なんだよって怖い顔して言ってくれたら、絶対おねだりなんてしない。もうこれからはもし大嵐で船が難破して船長さんが、女子供は先に救助ボートに乗れって脇を抱えられても抵抗するつもり。あたしは最後まで残って船が沈んでいくのを見届ける覚悟。

その晩、吐いた。鼻からも口からもどんどん出てきたのは、どろどろの真っ黒い海苔。プラスチックに何十枚も入ってる海苔勝手に開けて食べたのね!って怒られるのだろうと覚悟した。もう一度出てくる海苔が酸っぱいなんて・・。私の中からもどす黒い血が飛び出してきたのかもしれない。ママに怒られる。

でもその日はママはどんどん出てくる海苔をタオルで拭いてくれた。
最後はあったかいタオルで顔を拭ってくれた。
おうちに帰ってきたお兄ちゃんはしばらく植木鉢が刺さったとこはまあるく大きなハゲになっていた。お兄ちゃんは自分でもっとハサミで切って大きくしてシャンプーハットかぶってカッパだぞーって追いかけてきた。あたしはだから、その時は思いっきりはしゃいでみせて、逃げた。

おじいちゃん大丈夫かな。電話してみようか。
きっとおじいちゃんは「電話してきてくれるなんて嬉しくて嬉しくておじいちゃんはもういつ死んでもいいよ」って大げさにいうから、あたしもいつもより、「わーおじいちゃんとずっとお電話したくてしたくて昨日から眠れなかったの」なんて弾んだ大きな声で答えるつもり。あたしに出来る懺悔。

平々凡々でいなさいっていうのがおじいちゃんの口癖。
平凡、平凡って2回も言うくらいだからきっと本当に強く私にそうなって欲しいんだなって思ってるんだろうな。

あたしがこの前の音楽発表会の時に、なんだかお友達が一生懸命指揮棒を振ってみんながそれに合わせて大きな口を開けているのがこの前見た鯉に見えて怖くなって、歌詞を忘れたふりをして歌うのをやめてたら、ゆりちゃんが心配そうにちらちらこっちを見てたけどきっと後からどうしたの、忘れちゃったのなら仕方がないねって言われるのかなって思ったけど、きっと平々凡々のおじいちゃんになんでそんなことわざとしちゃったという本当の気持ちを話したら、また心配しちゃうだろうな。

こうちゃんと皿池に行った時、たくさんの鯉がいるのに、みんなずっと深いとこに潜ったまま出てこないから、あたしの方に振り向いて欲しくて、落ちてた葉っぱをなげいれたら、そしたらすぐにものすごくたくさんの鯉たちが集まってきてみんな大きな口をパクパクさせて葉っぱを次から次と飲み込んでは、吐き出してた。あたしは、騙すつもりなんてなかったのに。

餌だと勘違いして大きな口をパクパクさせてあたしにみんな大合唱で訴えてくる。あたしにはみんなを満足させてあげられるものなんにも持ってないのに。
あたしには葉っぱしかないのに。だからあたしはたくさんのたくさんの葉っぱを投げ入れた。こんなにたくさんあったらきっと間違えて飲み込んでしまう鯉だっているはず。どうか満足して。騙しちゃって鯉ちゃんほんとにごめんなさい。
思い込み、勘違い、錯覚ってあたしにとっての原動力。

発表会の後に、ゆりちゃんが、やっぱり来て、どうしたの?って心配そうな顔で聞いてきた。ゆりちゃんは、真ん中できつく分かれ目を作っている女の子ででも時々それが途中からいがんでる時もあるから他はなんにも違ったとこがないからなおさらそれが気になっちゃう。。ゆりちゃん前髪にパーマかけたりしてかっこいい。女の人しか行かない美容院に行ったんだって。
くるんとした前髪はちょっとだけおうちのピアノの上にある横にしたら勝手に目が閉じちゃうフランス人形にちょっと似てる。あの人形は真っ直ぐ横に寝かせても若干薄目を開けてる。不良品かしら。あたしも寝ている時は若干薄目を開けてるみたい。
不良品のあたし。

この間ゆりちゃんのおうちに遊びに行った。みんながしてるみたいに、お呼ばれのなにか持っていかなきゃいけないのかな。みやもと商店でコンソメポテチ買った。

ゆりちゃんのママは、ママっていうかお母さんって感じ。お盆持って、いつもゆりと仲良くしてくれてありがとうねって言われた。そんなにゆりちゃんと仲良くしてないけど、こちらこそって言ったらしっかりしたお嬢ちゃんねえって。ゆりちゃんのお母さんからお礼を言われるなんて思ってもいなかった。ゆりちゃんとあたしが仲良くするのをそんなに願っていたなんて。早めに知れて良かった。
ゆりちゃん、明日も遊ぼうね。

クリームソーダ飲む?って聞かれた。
えっおうちでクリームソーダー?喫茶店のクリームソーダじゃなくて、おうちでクリームソーダってあるんだ。驚き。ゆりちゃんのお母さんが運んできたのは緑色じゃなくて青色のクリームソーダ。アイスクリームも乗ってる。赤いさくらんぼも1番下に。ストローで飲むんだ。ゆりちゃんがみっちゃんは特別だからって。あたしは特別なんだ。特別の味がした。ポテチいつ出したらいいんだろう。お母さんにポテチ渡したら「まあまあこんな気を使って。おうちのお母様にもよろしく伝えてねって」抱きしめてくれてでもきっとクリームソーダーのお供にはポテチは出してくれなくてきっとあのカゴに置いたままになってしまう予感がしてなんか惜しくなってきたから取り返した。

ゆりちゃんがあたしに内緒の話だよって2人しかいないのにそばに来て耳元で囁いた。あたしね、みっちゃんが1番の友達なの。りょうこちゃんと一緒にいるのはあれはいやいやだからしょうがなくて。みっちゃんといるのがほんとは1番楽しいよ。だからもしあたしがりょうこちゃんと一緒にいてもほんとの気持ちはみっちゃんが1番だよって言われた。あたしは1番なんだ。でもあたしとは一緒に遊べない。可哀想なりょうこちゃん
ホントはって本当は、ほんとはねってどうしてあとから言うの?1番の気持ちなのに。あとから種明かしをするのって、騙された気分。あっでも違う。そんな気分でもなくて、からくりが解き明かされて納得の気分。ホントの本当の気持ちは、まわりにまわって大事に1番最後に伝える。ほんとなんて迷惑。
今度みっちゃんのおうちにも行きたいなって言われて、ドギマギしたけど、うん、うちにも来てねって言ったら、日曜日の朝はどう?って、日曜日の朝はちょっとママのお客様がくるから。じゃあ日曜日のお昼は?お昼はお兄ちゃんの友達くるから。日曜日の夕方は?夕方は屋根を修理するの。
今日は3つも嘘をついちゃった。
あたしにも、おぼろげに物事の予想と結果っていうものが見えてきてしまった時に絶望の中急いで先回りしてデコレーションして、いっぱいいろんなものオプションでつけたりして、それでも間に合わなくて嘘をつくしかなくて、相手の気持ちがわかればわかるほど〇〇〇。あたしは臆病者。

日曜日は懺悔の曜日。
朝、お兄ちゃんが、お兄ちゃんは目をパシパシさせながら、大人には事情が色々あるんだよって早口で言ってた。もうどんなに目をつむっても、あくびをしても丸くなっても、もうこれ以上眠れないのに眠ることがあたしの日曜日。ここから見えるのは黄色の屋根と空。だから想像するの。死んだことにしてみる。死んじゃうって多分なんにも考えなくなっちゃう事だから、なんにも考えないことに決めた途端に次から次へとパパのことを考えちゃって、結局絶望にも限界があるってことが分かった時には無性に眠くなった。あの頂上までいけば素晴らしい景色が広がっているよってお兄ちゃんは手を引っ張ってくれるけど、たった今あたしの足は痛くて痛くてもう歩けないのをとうとうあたしはおぶわれて、もう自分の足ではないけれど景色さえ見てしまえばいいっていうことであたしは運ばれていく。
二段ベッドの下で漫画を読んでたお兄ちゃんがもうはしごなんて使わないで、来てくれた。痛くない?ううんって言ったのに。あめちゃん口に入れてくれた。甘くて幸せ。

お兄ちゃんて色々なことをあたしに教えてくれる。こうやってするの。こっちだよ。あっちだよ。お兄ちゃんは神様。仏様?マリア様?あたしを導いてくれるお釈迦様?でもね、でもね、どうして?なぜ?って事は教えてはくれないの。どうして?おにいちゃん・・。あたしの知りたいのはどうしてこんなはめにあっているのかってことだよ。

ここは牢屋。あたしの罪は刑法169条偽証罪。客観的真実に合致しない陳述をすることにより3月以上10年以下の懲役に処せられる。

今日はお兄ちゃんが女の子を連れてきた。足の大きな女の子。今年から同じ3組になったんだって。当たり前だけど顔は全然あたしに似てない。ミニバスが一緒で今日もその帰りなんだって。お兄ちゃんたちはトランプ始めた。

みっちゃんもやる?って聞かれたけど、お兄ちゃんの隣に座ったらいいのか、女の子の隣に座ったらいいのかわかんなくて、まざらなかった。お兄ちゃんたちは最初ババ抜きしたけどすぐ終わって相性占いを始めた。最初はどんどん10列もカードが溜まっていったのに、途中からは逆転。どんどんカードが合わさっていっちゃう。女の子はカードが合わさる度に手をほっぺに当ててお兄ちゃんをバンバン叩いてリアクション大きすぎ。結局2列でおさまって、これってどっちだと思う?って女の子に聞かれた。あなた次第だよ。バンバンお兄ちゃんをたたき過ぎ。お兄ちゃんたちはそれから入ってくんなよって言って部屋に入っていった。

あたしも相性占いしてみよう。でも相手がいない。しょうがないから、あたしとあたし、みきことみきこ、みっちゃんとみっっちゃん、何回もカードをくった。
1枚1枚置いていく。するとなぜだかお兄ちゃんの時とは違って面白いようにどんどんカードが縦横斜め、合わさってく。なんて気持ちがいい。
とうとうそして最後に残ったカード1枚・・・ジョーカー
ああ相性ぴったり!!

(つづく)

松本花奈 撮影