「カミング・スーン」『海よりもまだ深く』『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』

今週は5月21日から、新宿ピカデリー・丸の内ピカデリーで公開される「海よりもまだ深く」と、5月27日からTOHOシネマズみゆき座・角川シネマ新宿で公開される「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」をご紹介しましょう。
「海よりもまだ深く」は、「そして父になる」「海街ダイアリー」の是枝裕和監督の新作です。阿部寛と樹木希林が「歩いても 歩いても」に続いて母と息子を演じています。開催中のカンヌ映画祭では公式上映作品として「ある視点部門」に出品、18日に上映の予定です。
 
 現代日本社会を、家族という存在を通して描き出す是枝作品ですが、「歩いても 歩いても」「そして父になる」以降は監督自身が子どもを持って変わっていく自分を一つのモチーフとして描きだすようになりました。
 そのシリーズで主人公になるのが、「良多」という役名の男性です。「良多」は「良い」「多い」と書いて「良多」と読みます。
「歩いても 歩いても」とテレビドラマ「ゴーイングマイホーム」そして本作「海よりもまだ深く」では阿部寛が、『そして父になる』では福山雅治が演じています。福山の良多はちょっと違いますが、阿部寛の良多はどことなく「ダメ男」。いわゆる頼りになるお父さんとはだいぶ違うキャラクターです。しっかり者の妻に支えられてどうにか父をしているという感じです。そんな「ダメ男」「ダメ父」である息子を「仕方ないわねぇ」と思いつつ見捨てないのが樹木希林演ずる母親「としこ」であるところも共通しています。
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今回の舞台は東京の郊外、清瀬にある団地。監督が28歳まで住んでいたという団地です。4~5階建てでエレベーターは無くて、一つの階段に面して向い合せに二つのドアが並び、それが一つの棟にいくつかある、というタイプの、昭和3~40年代に流行ったタイプの団地です。
 
良多の母、淑(とし)子はこの団地で夫亡き後、気楽な一人暮らしを
しています。若いころ、ここに引っ越してきたときはまさかここが終の棲家になるとは思っていませんでした。しっかり者のちゃっかり者長女は近くに嫁ぎ、ときどき夫の留守をいいことに夕ご飯時を狙ったように孫を連れて帰ってきます。息子の良多は15年前に小説でを賞をもらい、小説家になりましたが以来鳴かず飛ばず。「大器晩成、って言ったっておそすぎるわよねぇ」と嘆くとし子ですが、時々金の無心にやって来る良多をいつも変わらぬ調子で迎え入れます。
良多には別れた妻・響子との間に11歳の一人息子・真悟がいます。養育費も遅れがちですが、真悟には父親らしいことをしてやりたいという気持ちはあるようです。良多は探偵事務所に勤め、浮気調査などをしていますが、いまだに「小説の取材のため」と言い訳をして、現実を受け入れようとはしません。響子にも未練があり、仕事上の技術を使って響子の身辺を調べ、新しい恋人ができたらしいと気づき、落ち込んでいます。
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とし子の世代は、高度経済成長の時に働きざかりで、給料は右肩上がりに増えていき、団地の次は一戸建て住宅を買って引っ越し、そこで子供を育て上げてのんびりと老後を過ごすという人生設計を描いていました。子どもたちも学校を出ればそれなりの就職ができて、自分の暮らしを当然立てていくだろうとかんがえていたでしょう。
ところがその夢は早々と消え、とし子はいまも賃貸で団地暮らしですし、息子はいまだに収入も仕事も定まらず子どもがいるのに離婚され、ふらふらしているのが現実です。
 良多の世代は、親と違う生き方、もっと個性的で好きなことをして暮らしていくことがいいことでそれが誰でもできるはず、人はなりたいものになれるはず、と煽られてその気になった世代です。何もなければ、どこかで方向修正して親の世代と似た生き方を選ぶこともできたのでしょうが、良多は小説家になるという夢の扉が、賞を受賞したことで少し開き、その気になってしまったのですね。まだそれをあきらめることもできるのに、良多は踏ん切りがつかない。そのあたりを、二人の母たち、母親のとし子と、妻で息子・真悟の母である響子はふがいなく見ているわけです。響子には真悟の母であるという責任があります。父である良多が責任をとれないので、響子は一人で親の責任を果たそうと決めて、良多と別れたのですね。そこのところが、どうも良多には受け入れがたいようです。それは良多の性格でもありますが、一つの世代を象徴するものでもあります。世代間のギャップ、男女のギャップ、母の存在などを描くことで、家族の物語は社会を反映する作品になっていくのです。そのあたりが是枝監督作品のおもしろいところなのですね。
 是枝監督は、母親になることと父親になることの違い、母親と父親の違い、母と父が夫婦であることの不思議、など、自分自身の家族を持った実感を反映させ、考えながら、映画を作っているところなのですね。いつも楽しみな、現代日本を代表する作家の一人だと思います。
上映劇場は丸の内ピカデリー・新宿ピカデリーなど。5月21日からの公開です。

次の作品は「アポなし突撃取材ドキュメンタリー」でおなじみのマイケル・ムーア監督の新作ドキュメンタリー「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」です。
「世界侵略のススメ」とは物騒な(ぶっそうな)タイトルですが、もちろんこれはきついジョーク。
 ベトナム戦争以来、レバノン・アフガン・イラク・シリア・リビア・イエメンと世界各地に侵略戦争を繰り広げてきたアメリカ合衆国。その結果、な・に・も・よ・く・なっ・て・い・な・いアメリカ合衆国の情けなさに、アメリカをドゲンカセントイカンと国防総省のお偉方はある人物に協力を求めることにします。
 その人物とは、共和党の天敵、民主主義と自由の国アメリカを熱烈に愛する愛国者、ドキュメンタリー映画監督のマイケル・ムーアです。もちろんこれもジョークです。国防総省のお偉方がムーア監督の助けを借りようなんて思うわけがありませんからね。
 ジョーク、というか、ブラック・ユーモア、というか、とにかく、この作品は前提としてこんな具合に始まります。
 国防総省のお偉方から、アメリカのためになる国を侵略してこい、きてください、よろしくお願いいたします。とミッションを受けたムーアは、星条旗を手に、空母ロナルド・レーガンに乗りこみ、一人、世界侵略にでかけます。
 まず訪れたのはヨーロッパ。長靴の国のすねのあたりにたどり着いたムーアは明るい労働者カップルと知り合います。ジョギングに励み、オシャレな部屋に住むこの二人は、セレブでもなんでもない、労働者。そこでムーアは衝撃の事実、イタリアの労働者の現実を知らされます。
 いわく。
 一年間に有給休暇が8週間あり、消化できなかったら翌年に繰り越せる!
 12か月の労働に対して、13か月目、つまりひと月分の給料がもらえる!!
 ハネムーンのために15日間の有給休暇がもらえ、さらに子どもができたら育児のための有給休暇が、もちろん両親ともに5か月もらうことができる!!!
 会社の昼休みは二時間。人によっては家に帰って昼ご飯を食べることも十分可能!!!!
 NO WAY ?!
そんなばかなっっっ!! 仰天しまくるマイケル・ムーア。そんなことができるだなんて、アメリカでは考えもしなかった…。これは持ち帰らねば。
 
 と、こんな具合で世界各国を巡り、その国では常識になっている様々な社会的制度や社会的取組と、アメリカの常識を比較し、その度に驚き・感動し・アメリカに対してがっかりするマイケル・ムーア。
彼らに出来ることがなぜアメリカではできないんだ。
それはまず、最初からこんなことができるとは考えたこともなく、考えたとしても無理だとあきらめているか、もしくは国民のためになることなので国がやりたがらず秘密にしているからではないか。だからアメリカは失敗し続け、国民はつらい思いをしているのである。
よしっ!! ひとつこの各国のアイデアと方法を侵略し持ち帰ってアメリカの国民のために使ってやらねば。何といったってアメリカは世界一よい国でなくちゃいけないんだから。
WE CAN DO THEM!!  YES WE CAN!!!
というわけでムーアが侵略していく国とシステムは、フランスの給食、フィンランドの教育、スロベニアの大学システム、ドイツの労働者と経営者の関係、ポルトガルの犯罪に対する考え方、ノルウェーの刑務所システムと考え方、アイスランドの男女平等についての考え方と実行システム。そして革命に成功したチュニジアにも出かけます。そして、様々な国民のためになる社会システムを考案・実行している国では各方面への女性の進出が著しく進んでいることを発見します。
アメリカの医療システムと保険システムについて告発した『シッコ』の方法と重なるところはありますが、より広く、様々な社会システムについて調べ、アメリカと比較し、どちらが国民のためになることなのかを考察し、そしてなぜそれをアメリカはしようとしないのかを言外に匂わせて、アメリカを批判していきます。
マイケル・ムーアのドキュメンタリーは決してドキュメンタリーの王道ではありません。アメリカのドキュメンタリーの中でもその方法は異端といってもいいかもしれません。
ただし、たしかにマイケル・ムーアはドキュメンタリーが観客を動員し、実際に何かを変えることができる可能性を示して見せました。その点では、ムーアがドキュメンタリーを変えた、と言っていいでしょう。
ブラックなユーモア、アポなし取材、本人が出てきてその主観と主張をもとに事実をより分け、バッサバッサと斬り捨てていく。結論はムーアの中にあり、そこに導くために起承転結を考え、笑いとカタルシスを用意する。それがムーアのドキュメンタリーです。
ムーア監督はよくこんなことを言います。「自分のドキュメンタリーは、シネコンでビールやコーラを飲みポップコーンを食べながら映画を見るお客さんを相手にするものなんだ」 つまり、そんな人たちこそがマジョリティであり、数の力でアメリカを変えていくことができる人たちなんだ、ということです。ムーアは世界を良くしようとか、世界を救おうと考えているわけではありません。ムーアが良くしたいのはアメリカですし、救いたいのは支配層・富裕層・知識層ではないアメリカのマジョリティです。日本も日本人も、アジアもアジア人もその中には入っていません。ムーアはそれでいいと考えているので、アメリカ人以外の人が目くじらを立てる必要はないと私は考えています。日本には日本のマイケル・ムーアが出てくればいいのです。
アメリカのドキュメンタリーは総じて観客を意識し、わかりやすく伝えることに工夫を凝らします。そのために起承転結があったりカタルシスを与えるクライマックスを用意したりします。
見る人が自分で自分の答えに到達するのを待つ、という日本式ドキュメンタリーとは違うのですね。それは両国のドキュメンタリーの歴史の違いが影響しているのだと思います。
簡単に言ってしまうと、戦後日本のドキュメンタリーは戦争協力をしてしまったことへの反省から始まっていますが、戦勝国であるアメリカではメディアが政府に協力することについての反省をしたことがありません。もちろん、それはバランスの問題で、片方に政府に協力するメディアがあれば、もう一方には疑問を呈するメディアもあるわけです。ただし、どちらも観客を答えに導こうという方法をとることは共通しています。それがアメリカのドキュメンタリーの特徴でしょう。
その中でもムーアのドキュメンタリーは、過激です。抱腹絶倒、笑いながらぞっとして、今自分たちが当たり前と思っているアメリカが、どんなに自分たちをないがしろにしているかに怒りを感じ始める、ように作られています。
今回の「世界侵略のススメ」はその総集編のようなもの。あらゆる分野で「アメリカって変っ」という事実を見せてくれます。
まぁ、願わくば、日本も侵略していただいて、戦争を放棄すると明文化した憲法に感心していただいてですね、お持ち帰りしてほしかったです。するとムーア監督はキット言うんですよ「えっ、これってアメリカの占領下で作られたの?! こんなことアメリカ人が考えられるんだ」って。ちょっと違いますけどね、そう思ってもらえれば、アメリカにも戦争を放棄するという考えを持ち帰ってもらえるんじゃないでしょうか。ね。
「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」は、5月27日から、角川シネマ新宿、TOHOシネマズみゆき座で公開されます。

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