「ホテルコパン」
10人の壊れる日本人。と、その10人の怪優たち。
第十回(最終回) 市原隼人 as 元中学校教師のホテルマン:海人祐介


監督の門馬直人です。
ついに明日から公開です!!16:20の回には、初日舞台挨拶があります。みんなに会うのは、久しぶりで楽しみ!なのに、なぜか今日は、大分県にいます。明日戻り。果たして、明日、舞台挨拶に間に合うのか!?最終回の今日も劇中で描ききれなかった10人のキャラと怪優たちの見どころについて紹介していきます。

市原隼人 as 元中学校教師のホテルマン:海人祐介


再生への独白。

2010年12月1日、ハワイへ。38歳の1人旅だった。バカンスではない。1人になって考えなければと思った。
映画制作を始めた30歳の頃から、監督になりたいと思っていた。しかし38歳、プロデューサーとして活動できているものの、監督にはなれていなかった。それは、当たり前のことだったのだけど。人はなりたいものに、なれるわけではない。なろうとする努力ができるだけ。その努力を怠っていたのだから、監督になれているわけがないのだった。

ワイキキで、1人海に漂う。1日の中でほとんど人と会話することもなく、1人で過ごすだけ。初めてのハワイは刺激を五感に与えてくれた。まるで長い散歩をしているような、自分と対話する時間があった。
人はなりたいものになれるわけではないけど、やりたいことをやるのは結構できる。できないときは、できない理由を考えてみると、大抵自分の中にあることが多い。
その時の会社(ドッグシュガー)では2011年春に撮影する映画「たとえば檸檬」の準備の最中だった。この時期にプロデューサーが休みをとるなんて、あまりない。それでも、この時の自分の宙ぶらりんな心で、プロデューサーとしての責任を果たせるのか?と苦しくなっていた。「1週間旅行します」と告げると、その映画の監督でありドッグシュガーの代表であり僕のプロデューサーとしての師匠でもある片嶋さんは、僕の気持ちを見透かしたように「オマエもそういう時期なんだな。行って来い」と笑った。今思えば、いつだって何か企画を動かしているわけで、今までもずっとこうやって仕事に縛られていたことを、監督になれない言い訳にしていたのだと思う。そして、宙ぶらりんになっていたのは、結局「監督がやりたい」に向かって進めていない自分の問題だった。

プロデューサーをすること自体は面白い。そして会社もそれなりに成長した。結局、生きていくのにはお金が必要で、その安寧も自分を縛っていたのだと思う。ニーチェの言葉に「ある程度までのところ、所有が人間をいっそう独立的に自由にするが、一段と進むと所有が主人となり、所有者が奴隷となる。」とある。年齢を重ねるごとに、その安定は、結婚・家族を含めた社会的責任としても果たさなければならなくなってくる。そのため、30台後半くらいになると、新たな何かへ再出発するには勇気がいる。今の生活を壊した上に、そもそも新たなことがちゃんと進行できるかもわからないから。ギャンブル要素が高い。だから、その頃すでに「監督をやろうと思う」といろいろな人に言い始めていたのだけど、「今は、片嶋監督をスターにし、会社をもっと大きくさせることが一番なんじゃない?そうなれば、いつでも監督はできるだろうし、監督は何歳になってもできるよ」と多くの人に言われた。それはそうなのかもしれない。しかし、と思う。そうやってすでに8年間が経つ。あと何年?何十年?で、始めることが正解なんだろうか?と。

結局、突き動かす心も、道を決めるのも、自分の中にしかない。ハワイ旅行は有意義だった。
継続する時間を分断し、自分に向き合うしかない環境を持てたから。そして、その時間で、僕は決意する。「監督をやる!」と。そして、ドッグシュガーで、僕にとっての最後の片嶋監督作品プロデュースに戻るべく東京に戻った。今は、希望が見えなくても進めばいい。進んだ先に希望は待っている。
東京に戻った僕は、その1周間後に、それから何作品もバディを組むことになる脚本家:一雫ライオンさんと出会うことになる。そして翌年、プロデューサーの伊藤主税とも。進み続け、人と出会うことで、未来は動き続ける。ハワイから約2年半後、僕はこの映画のクランクインを迎えたのだ。
だから、この映画そのものが、僕自身にとっての再生の物語だ。

追い込んで役を、心と体からつくる。怪優:市原隼人

海人の役については映画を観てもらうしかないと思い、役の話ではなく僕の独白だけを書かせてもらったのですが、ひとつだけ伝えておこうと思います。
海人は、ストーリーそのものでも理解できますが、心情や行動などを、群像劇として登場する他の役で補完しています。海人だけを観ていると分かりにくい心情や行動などを、それぞれの群像劇をオムニバス的にとらえた場合のテーマや心情、行動などで表現しています。それを理解してもらうとより海人の物語を深く理解できると思っています。2回以上観ないと難しいかもしれないので、2回以上観てください(笑)

市原くんは、過小評価されている気がするんですよね。もちろん演技派と言われていますけど、その評価自体も過小評価な気がします。
熱血イメージのせいでしょうか?本人が口下手なせいなんでしょうかね?市原くんは、相当レベルの高い演技派俳優だと思うんですけどね。例えば、映画への情熱の注ぎ込み方から素晴らしい。海人を演じるため、減量してからクランクインしたのに、さらに1週間くらいほとんどものを食べずに体をつくりつづけるとか、人と関わりを持とうとしないキャラを保つため、しばらく現場以外でコミュニケーションをとらないようにしているとか、過呼吸も本当に過呼吸になっちゃうんじゃないかってくらい自分を追い込み、指先が実際に固まってしまうほどの状態をつくるなど、ひとつひとつの芝居の追い込み方がすごかったです。
こんなこともありました。映画で、夜1人で定食屋に行きご飯を食べるシーンがあります。2回その場面はあるのですが、1回目のシーンは、すでにあまり食欲がわかなくなっていて食事が喉を通らないというのを表現してもらいました。2回目は、さらに精神的に追い込まれているので、食べ物自体が食べられなくなっているのを表現してもらおうとしたんですね。そこで市原くんは、食べている最中に、吐いてもどしてしまうという演技をしてくれたのです。これは台本になかったのですけど、「確かに、そういう精神状況だよね」って感心しました。こういうちょっとした芝居が積み重なり、映画って良くなっていくんだなぁと実感させられました。

市原くんは、ほんとうにちょっとずつ全部のシーンで、何かしら映画にとってのプラスを考えてくれているヤツなんですよね。そういえば「リリイ・シュシュのすべて」にはじまり、市原くん出演の映画を結構観ているんですけど、どの作品でもすごく良い味(市原くんの一面)を出してると思います。この映画でキャスティングした時は「リリイ・シュシュのすべて」のイメージに惹かれて、あの役が大人になったら?って想像しましたね。熱血イメージが強くあった頃だったんですけど、本来の市原くんってこういう暗さとか弱気な一面がある人間を演じるのに向いている人なんじゃないかと、わりと確信を持って思ってました。ヤンチャっぽい風貌ですけど、本当に繊細な感性を持っていて、海人では、それをいかんなく発揮してくれました。個人的に「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」みたいなバカなヤツの役をやってる市原くんってのも、魅力的で好きです。海人とは真逆なんですけどね。

最後に、この海人の物語に託した思いは、アントニオ猪木さんの有名な名言が表しているように思いますので、それで締めくくりたいと思います。
それでは、明日から劇場で映画をぜひ観てください!!僕は、ほぼ毎日のようにシネマート新宿に顔を出していますので、質問や意見などあれば、いや無くても、ぜひ声をかけてください!
「この道を行けばどうなるものか。あやぶむなかれ。歩まずば道は無し。踏み出せばそのひと足が道となり、そのひと足が道となる。迷わずいけよ、いけばわかるさ。 アントニオ猪木」

-明日から公開!!-

映画「ホテルコパン」予告編

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