「ホテルコパン」
10人の壊れる日本人。と、その10人の怪優たち。
第1回 近藤芳正 as ホテルオーナー:桜木 悟


「ホテルコパン」監督の門馬直人です。
この映画は10人の群像劇ですが、その10人には描ききれなかったそれぞれの設定やキャラに込めた想いがあります。またその設定や想いを理解し、僕の演出以上に演じてきってくださった怪優たち(この映画のキャストに対して、ただ個性派、実力派というより、怪優という言葉が相応しいと思うのです)の見どころを紹介したいと思います。
公開になる2月13日までの10日間連続で、より深く映画を理解していただけるようネタバレ覚悟で伝えていきたいと思っています。

近藤芳正 演じるホテルオーナー:桜木 悟

「努力は報われる」ハズが、努力そのものすら無意味だったことへの絶望。

宴会部長的なヤツっているじゃないですか?(未成年の方は、仲間内でやたらイベント事を開催しようとする人を想像してください)飲み会の段取りから、場の盛り上げから、何かと仕切ってくれるありがたい人。それを「宴くん」という名にしときましょう。
その宴くんは今日も皆を招集し、宴会を盛り上げようと見えないバタ足を繰り広げます。時に自らピエロを演じ、時に孤立している人へ気を遣います。「みんなが楽しんでくれれば、それでOK!」。宴会が終われば、一転、無口な男になり、今日の疲れを一身に背負い家路に着くのです。なんていいヤツなんでしょう!もう、ご褒美にアメちゃんあげたい!!
しかし、宴くんの眼前には、今日も盛り上がり切らない光景が広がるのです。というか冷めているようにすら見える。もう何度もこのメンバーで集まっているというのに!解散しての帰り道、一人反省する宴くんはコンビニで疲れに効く入浴剤を買いながら「どうやったら盛り上がるんだろう?」に悩むのです。
とある日。会社からの帰宅路、次の会の手配でスマホに夢中だった宴くんが顔を上げると、いつものメンバーが連れ立って居酒屋に入っていくではないですか!ベタな設定ですみません!
宴くんはKYではないので、自分が今日呼ばれていなかった事実が示す意味を、どこかで分かっています。それでも人は、もしかしたらという幻想を抱くのですね。

宴くんの誕生日が今月だったりすると、その幻想はかなりポジティブ方向に加速します。で、ドラマでよくある「そこで、行かなきゃいいのに〜!」って展開を起こしてしまいます。こっそり入店し、みんなと少し離れた所に着席して様子を伺うわけです。(中略) 今まで見たことのない盛り上がりを目の当たりにしてしまう宴くん。そしてトドメの言葉が発せられてしまうのです。「オレ、アイツ嫌いなんだよね」。その話題を皮切りに、益々ヒートアップする皆の嬌声は、宴くんをどん底につき落とすのでした。
「目標と目的は違う」とはコンサルティングでよく言われるフレーズです。宴くんの目標は「みんなを楽しませる&盛り上げる」と努力を続けたわけですが、その目的はというと「人気者になりたい&仲間から好かれたい」だったのではないでしょうか?その根本の否定は、かなり残酷に宴くんの心を決壊させてしまいます。

ホテルオーナー桜木は、展開も状況も違いますが、同じように目標と目的がズレたまま妄信的に進み続けた先で絶望を見ます。「オリンピックの時みたいな活気を取り戻せたら、あの時みたいな幸せも取り戻せる!」と、自分を鼓舞して活気を取り戻そうという目標に進み続けるのですが、ある日気づいてしまうのです。取り戻したかった目的が何であったのか?に。そしてそれは、もう取り戻せなくなったことを。

世の多くの人が向き合う絶望とは、きっと桜木のように希望への一本道を必死に歩き続けた結果、道が途絶えている時に感じるものなんじゃないですかね?市原くん演じる主人公:海人が、希望を失ったところから物語がスタートしているのに対して、希望を明るく追い続け、一転、それが絶望に変わっていく桜木の変遷の過程は、観客にとって物語を一番理解しやすく、故に桜木にはこの映画のストーリーテラーとしての役割も託しています。
皆さんも、何かに向かっているのなら、今一度目標と目的を見直してみてください。また、これから先の人生で、もしかしたら、絶望という壁に突き当たることがあるかもしれません。その時に、この映画を思い出してもらえたり、前に進むための少しの手助けになれたりしたら、嬉しく思っています。

妄信という狂気。怪優:近藤芳正

10人すべてのキャラに前半と後半の二つの姿を演じてもらっています。近藤さんにはストーリーテラーの要素もあるので、より顕著にその変化を表現していただいています。その近藤さんの見どころは、ホテルを盛り上げようと頑張るテンション高めのオッサンという、特に何も起こらない長い前半部分です。
普通に見ても、違和感を覚える方もいるかと思いますが、注目して欲しいのは桜木自身の狂気を孕んでいる様です。一切の疑いや迷いなく自分の頭の中で描いたゴールへ妄信的に進むオッサンですよ?それって、ちょっとした狂人であるはずなんです。その狂人感を所々のシーンで滲み出すところが、近藤さんの怪優たるところ。
クランクイン2日目が近藤さんの初日で、最初に登場するホテルのフロントシーンからスタートでした。近藤さんって、普段は理知的で落ち着いているタイプの方なんですよね。それでも、はっちゃける芝居を簡単にこなしてしまう。で、もっと無理をしている感じというか、妄信する高揚感を出したいなぁと、「もっと希望だけを見ている人なので、もっとテンション高めな感じにしたいですね」と伝えました。宴くんが飲み会でピエロを演じるように、少し無理矢理アゲてる感じになればと。「わかった、やってみる」と次のテストで見せてくださったのが、狂気が入り混じる今の桜木の姿でした。近藤さんは異常なくらい理解が早いんです。僕が思っていることは全部お見通しなのでした。
それとこれは個人的な学習で、前半の近藤さんの芝居を見ていて、コメディと狂気は似ているんだなぁと知りました。収穫でしたね!みなさんには、どうでもいい話ですけど。
この前半の狂気があるから、後半の芝居が生きています。憑き物が落ちたような姿に、はじめて桜木の人間味のようなものを感じられるのです。そして後半の絶望に苦悶する姿は必見です!ぜひ、劇場で!!
ふと、これを書いていて思ったのですけど、一切の疑いや迷いなく自分の頭の中で描いたゴールへ妄信的に進むオッサンって、自分のことなんじゃないかと。そうか、ちょっとした狂人なんですね、映画監督って。

-公開まで、あと10日-

映画「ホテルコパン」予告編

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