「エンタメ通訳の独り言」(その七)
デビッド・ボウイとの幸せな思い出 3 小林禮子

 京都でのCM撮影は午前中だったり午後だけだったり。かなりゆったりしたものだったので、時間を見つけてはよく一緒に京都を歩きました。
 聾者の友人との散歩ではいつも、健聴者の私たちが見過ごしてしまう、とても面白い珍しい場所に出会えたり気付いたりさせて貰えることが多い。私たちよりも彼らの視野がとても広い事と、色彩に非常に敏感であることなど理由はさまざまだと思いますが、デビッドとの散策もまた、しかり。宿の裏通りひとつとっても、いろいろな発見がありました。一人だったらきっとわざわざ入らなかった、入っても店主と話す機会を持とうとはしなかったのでは、という店にデビッドはまずガラスのドア越しに覗き込み、興味を持つと「入ろう」と誘います。
そんな一つが「ロリーポップ」という高級駄菓子屋さんでした。甘いものをあまり食べないデビッドは、「一ついかが?」と店主に味見を勧められましたが断っていました。では、いつも断る? いえいえ、そんな事はありません。

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私は生きるために食べると公言しているほどの食いしん坊。
京都の台所、錦市場などに行ったら目移りをしてあたふたしてしまいます。エンタテイメント業界のみなさんは日頃美味しいものを食べ飽きているのか。例外がないルールはありませんが、概してあまり食に冒険をしないような…。

 錦市場のデビッドは、違いました。ちょっとづつつまみ食いをしながら市場を進み、「おいしいね」「うーん…」などと言いながら、鰻屋さんの前に来た時です。
「いい匂いだね」「鰻です」「ん?」「食べてみますか?」「いいね」
 鰻屋さんでは試食の鰻は置かれていません。一番小さな串を買うことにしました。それを半分にして2本の串に刺してもらいました。残したら、私が頂いてしまいましょう。…などと思っていたのですが、デビッドはペロリ。「初めての食感と味だ。気に入った」と言いながら、残すことはありませんでした。私としては、残念でした。


 鰻ならば匂いに誘われつい手が出る、などということもあるでしょうが、その後東京での会食の席。なまこが登場しました。
その席に招待してくださった方が、今の季節が一番美味しいとですよと説明して下さいましたが、私には手が出ませんでした。「無理して食べることはありません」「確かにグロテスク・ルッキングだね。でも今が旬なんだろう。旬なものは何でもおいしいはずだよ」。デビッドは、これまたするりとなまこを食べました。「初めての食感と味だ。気に入った」と言いながら。この人は「凄い!」。なまこを食べたからかはともかくその時、その好奇心と冒険心の豊かさにに「凄い!」と心から思いました。
 何かの折に、「どうしてそんなに何にでもオープンなの?」と尋ねたら、デビッドは「育った環境が大きいね」と答えました。(続く)