オーストリア応用芸術美術館(MAK)で開催されている、オーストリア出身のグラフィックデザイナー、ステファン・ザグマイスター(Stefan Sagmeister)の展覧会『The Happy Show』に行ってきました。鮮やかな黄色の背景に「HAPPY」の文字がウィーンの街中でもとくに目立っているこの展覧会は、タイトルが示すように「幸福」をテーマにしたもので、ザグマイヤー自身がいかに「幸せになることができるのか?」という問いや試行をグラフィック・デザインにとどまらず様々な方法で展開した展覧会です。

ルー・リードやローリング・ストーンズらのCDジャケットを手がけるなど世界的に活躍しているザグマイスターは、ニューヨークに渡ってデザイン事務所「Sagmeister Inc.」を設立する前に、この美術館が付属しているウィーン応用芸術大学でグラッフィクを学んでおり、展覧会では学生時代につくった映像作品も展示されていました。2012年にはジェシカ・ウォルシュ(Jessica Walsh)をパートナーに迎えて「Sagmeister & Walsh Inc.」へと事務所を改変し、クライアントを持ったデザイナーの仕事と同時に、美術館やギャラリーで展覧会を手掛けるなど幅広い活動をしてきています。

Stefan Sagmeister, Lou Reed – Set the Twilight Reeling, 1996
In collaboration with Timothy Greenfield Sanders © Stefan Sagmeister

美術館に入るとすぐ、軽やかなテクノポップが流れた入口ホールには巨大なバルーン人形《EVERYBODY ALWAYS THINKS THEY ARE RIGHT》(2007年)が鎮座して観客を迎えています。展覧会会場には、作品が展示されているだけでなく彼の手書きによる作品説明が壁に書かれており、美術館の廊下や階段、手すり、トイレなど建物の細部に至るまで手書きのコメントが添えられています。これらのコメントはザグマイヤーが人生において学んだことをメモした日記から発展されたもので、観客は彼の主観的/個人的視点と作品を通して「幸せ」を考えるという仕組みになっています。

MAK Exhibition View, 2015 STEFAN SAGMEISTER: The Happy Show
Everybody Always Thinks They Are Right, 2007. In collaboration with Monika Aichele, Matthias Ernstberger, and Sportogo. MAK Columned Main Hall © MAK/Aslan Kudrnofsky

MAK Exhibition View, 2015 STEFAN SAGMEISTER: The Happy Show
In the ladies's restrooms MAK design labor :photo by eSeL

「幸福」という価値観が以前よりも多様になった現代において、ザグマイヤーが「幸せ」にこだわるのは、心理学者であるジョナサン・ハイトの古代の精神的な知恵を現代の社会科学において捉えた研究(その中に幸福論も含まれている)にインスピレーションを受けたことから始まっています。「身体をトレーニングにするように、こころをトレーニングすることはできるのか?」という問いと同時に、宣伝としてのみ使われるデザインと自身の仕事のあり方に疑問を感じたことから、いかに自分が「幸せ」になれるかという探求が始まったと言います。10年以上にわたって続けられているこの実践はグラフィック・デザインにとどまらず、映像、立体作品、インタラクティヴ・インスタレーション、メディア・アートなど多岐にわたる方法で展開しながら、2012年からはアメリカの美術館で発表されてきました。自身の創作性を刺激するために定期的にサバティカルをとって旅行をしており、インドネシアではドキュメンタリー映画《The Happy Film》(2012年)を制作し、自身の人生と仕事を重ね合わせながら「幸福」を追求してるのがザグマイヤーのデザインの仕方といえるでしょう。

The Happy Film Titles

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主にグラフィック、映像、メディア・アート系の作品によって探求された「幸せ」は、15歳から始めたグラッフィック・デザイナーとして生きることとはどういうことか、お金は幸せに関わるのか、家族・友達の幸せに対する考え方はどうなのか・・・といった問いが、シンプルでポップなセンテンスや映像の視覚的な快楽として表現されています。また、それらの「幸せになるため」の実験が精神的/地勢学的にどのような文脈にあるのかを明らかにするために、社会科学から心理学、人類学、歴史学などによる統計的な「幸福」をインフォグラフィックとしてわかりやすく図像化したものもあり、個人的見解と客観的な幸せがデザイン上で交差したような展覧会です。

MAK Exhibition View, 2015, STEFAN SAGMEISTER: The Happy Show, MAK GALLERY
© MAK/Aslan Kudrnofsky

手書きのコメントは「幸せ」がいかに視覚化されたのかという彼の試行の追体験を促し、パートナーシップに始まり、年齢、性別、国などのカテゴリーで「幸福」を見ることは、自分たちの「幸福」の位置を考えさせます。また、観客が自分の幸せ度を選ぶことができるチューインガムのマシーン《HOW HAPPY ARE YOU?》や、想像上の動物を紙に描くと壁に投影されるインタラクティブな作品《ANIMAL PARADE》のように、積極的に観客に参加を促す要素も多くあり、全面的にポジティブで日常的で些細なものを肯定するような展覧会でした。

MAK Exhibition View, 2015, STEFAN SAGMEISTER: The Happy Show, How happy are you? MAK DESIGN LAB
© MAK/Aslan Kudrnofsky

デザイナーが美術館で展覧会をやるという時にでてくる「アートとデザインの違いとは何か?」といった問題を考えさせる余地がないほどに機知にとんだ作品と仕掛けによって、友人らと話しながら見るのはとても面白い展覧会であるし、誰も傷つくことがなく、観客の中には自身の「幸福」のためになったと思うような展覧会であると思った人もいるかもしれないません。
しかし一方で、バリ島で瞑想やヨガといういうもの「幸せ」を求めるザグマイヤーの姿は、近代の情報産業社会に生きる疲れた人がまったく違う世界に「癒やし」を求めているようにも見えてしまいました。ポジティヴであればあるほど「幸福」になることが私たちを強迫しているようにも見えてしまう、そんな展覧会でした。

丸山美佳
丸山美佳プロフィール
現在、ウィーン美術アカデミー博士課程在籍。ギャラリーでアシスタントとして勤務しながら、早稲田大学卒業、横浜国立大学修士課程修了。