連載第1回
8月に『サクリファイス』(響文社)という評論集を出版した。帯文の背には、「文芸評論の『現在』」と銘打たれている。詩や小説など文学作品についての批評のように思われるが、タルコフスキー監督の遺作「サクリファイス」についての文章をはじめ、哲学や現代思想などさまざまなジャンルの批評が多数おさめられている。
帯文のおもてには「枯れかかった木に日々、欠かすことなく水をやるならば、世界は必ず変わる」という言葉が、キャッチコピーとして挙げられている。この言葉は、映画「サクリファイス」の最初の場面で、主人公のアレクサンデルが、小さな子どもとともに、海辺に1本の木を植えながら、子どもに語って聞かせる話のなかに出てくる言葉だ。
それは、こんなふうな話だ。ずっと昔、年とった修道僧が僧院に住んでいた。あるとき若い修道僧とともに、枯れかかった木を山に植えた。そして「木が生き返るまで毎日必ず水をやりなさい」と言った。言われた通りに、若い修道僧は、毎朝早く桶に水を満たして山に登り、枯れかかった木に水をやって、あたりが暗くなった夕暮れ、僧院に戻って来た。
ある晴れた一日、山に登って行くと、木はすっかり花で覆われていた。その話を小さな子どもにしてあげるアレクサンデルの向こうから、こんなメッセージが聞こえてくる。「ひとつの目的をもった行為は/いつか効果を生む/ときどき/自分にいいきかせる/毎日/かかさずに/正確に 同じ時刻に/同じひとつのことを/儀式のようにきちんと同じ順序で/毎日変わることなく行なっていれば/世界はいつか変わる/必ず変わる 変わらぬわけにいかぬ」。
私はこれを、タルコフスキーが私たちに遺した最後のメッセージと思って、今度の評論集のキャッチコピーに使わせていただいた。それだけでなく、これからシネフィルに連載する「神山睦美の『サクリファイス』」でも、タルコフスキーのメッセージ通り、枯れかかった木に日々水をやるように、毎日欠かさず、言葉をつづっていこうと思っている。