シネフィル+京都ヒストリカ リレー連載 その2
モダンにアップデートされた沢島忠の時代劇ミュージカルコメディ。
ほとんど批評の対象にならなかった時代劇全盛期最高のヒットメーカーを
英字幕付きで再発見する。
孤軍、モダニスト沢島忠の旗を掲げ続けた批評家ミルクマン斉藤氏が語る沢島の
異常な新鮮さとはー
今回は、「いま観るのに一番いい時代劇じゃないかなー」と語る
映画批評家ミルクマン斉藤氏に、沢島忠映画の魅力と見どころ。
そして映画祭で『恋は恋なすな恋』デジタルリマスター版他
計5本上映される内田吐夢の世界を京都国際ヒストリカ映画祭
プログラムディレクター高橋剣氏が聞く特別対談をお伝えします。
「沢島忠のミュージカルコメディ時代劇」再発見!
高橋)沢島を発見したのは?
ミルクマン斉藤)発見なんておこがましいですが。高校生の頃、35年以上前ですけど、ある日テレビの映画劇場でぶち当たったのが『ひばり・チエミの弥次喜多道中』でした。それまで何本も50~60年代の東映時代劇は観ていたのですが、もうレベルが違う。かなりハイブローで断然かっこいい。ほかの東映時代劇と同じには思えず、やはり同時期に“発見”した中平康の『危いことなら銭になる』みたいなモダンさを感じてしまって。
中平康と沢島さんは奇しくも同年なんです。現役時代からお互いを認め合っていた。実生活でも付き合いがありゴルフにも行ってたみたい。
沢島忠
1950年東横映画(東映の前身)入社、助監督としてマキノ雅弘・渡辺邦男・松田定次らの作品を担当。57年『忍術御前試合』で監督デビュー。以後、年に4・5本のハイペースで監督し全盛期の東映時代劇を牽引した。ミュージカル・コメディ・サスペンスのジャンルを時代劇に導入し、詰め込んだ物語を現代言葉でまくし立てるストーリーテリングは沢島以前の時代劇をスピード感で圧倒した。美空ひばり・中村錦之助らの絶頂を演出し日本映画全盛期のゴージャスな面白さを代表するエンタメ監督である。今回はジャンルを横溢する時代劇の魅力を世界に問う貴重な上映となる。2018年1月27日91歳で死去。最後まで新作映画への夢を失わなかった。
高橋)沢島忠と中平康を繋ぐものは何だったと?
ミルクマン斉藤)ふたりともそれまでの映画をぶっ潰す志向とエネルギーがあったんでしょうね。同志的な連帯を感じていたんじゃないかな。撮影所の助監督で培った技術を持ちながら、“それまでの映画を変えたい”っていう思いを東映と日活で同時期に持っていた。
あえて言ってしまえば、マキノ雅弘の監督作ほか少数の例外を除いて、東映の娯楽時代劇って今観るとさほど面白くないじゃないですか。まあ、プログラムピクチャーとしてはあれでよかったんだろうけど。
沢島さんはそれを劇的に変えちゃった。
もともと、新人やキャリアの浅い監督にはろくな脚本が回ってこない。それを全部書き換えたらしいです。「鷹沢和善」っていう脚本名はもとスクリプターだった奥さんとの共作のペンネームですけど、もとの脚本家と連名になっている作品でも跡形ないらしい。
もうひとつ、中平さんと沢島さんを繋いだのは、二人ともよく映画を観ていたこと。ルネ・クレールやビリー・ワイルダー、ヒッチコックなんかをよく観て語り合っていた、と沢島さん自身から聞きました。
高橋)沢島さんの映画史的な位置としては、ハリウッド的なジャンル映画を時代劇に持ち込んだということになりますか。
ミルクマン斉藤)よりハリウッドを意識して導入したってことですかね。ミュージカルでいうと、エノケン映画や『鴛鴦歌合戦』『狸御殿』などの戦前の時代劇オペレッタはワンフレーズ歌って終わっちゃうか、いかにも浅草オペラ的に唐突に歌に入る。それをハリウッド風に、地のセリフでは収まらない感情が盛り上がって歌へと昇華する、というのを描いて見せたのが、沢島であり、米山正夫(『ひばり・チエミの弥次喜多道中』『白馬城の花嫁』の音楽)だった。
高橋)米山正夫さんがキーマンなんですか?
ミルクマン斉藤)米山さんは歌謡曲の大御所でもあり、それまでもいろんな映画で音楽をやってますが、オーケストレーションのノリや曲作りのレベルが沢島作品だとまったく違うんです。たとえば、『ひばり・チエミの弥次喜多道中』のひばりとチエミが土手を歩くシーン。ひばりがまず最初にソロでミディアムテンポのボレーロを歌い、続いてチエミがやはりソロでコンガにあわせてリズミカルなマンボを歌う。そして、そのふたりが同時に、違うメロディと歌詞を歌いながらふたりで歩いていく。オペラに見られるような二重唱のテクニックですけど、いま捜しても映画でこんなことをやる例は無いと思います。
高橋)同じ東千代之介を恋しているのをひばりもチエミもお互いが勘違いしているシーン
ミルクマン斉藤)一人の男性を巡って、二人がそれぞれの想いを吐露するシーンですしね。そこでこの、「コード進行は一緒だけどメロディは別な二重唱」というのはまさにハイブロウなチューンですよ!音楽も当時最先端のラテンやビッグバンドジャズでキラキラしている。なんせ「それでは弥次さん/ほいきた喜多さん/派手に行こうぜ!/合点だ!/イェー!!」ですからね。スイング感がぜんぜん違う。
踊りもそれまでの日本のミュージカルになかった群舞がありますしね。それもバズビー・バークレーですよ。
高橋)今回上映する『白馬城の花嫁』にもバズビー・バークレーショットがあります。
ミルクマン斉藤)おとぎ話だからそこまでジャンプ出来たんだね。ひばりの妄想と純情が周りを引き回していって、物語を進めていく。合間に妄想が膨らんで歌っちゃう。美空ひばりだけでなく、鶴田浩二も高田浩吉も歌っちゃう。その『白馬城』よりも物語を逸脱して、でもきっちり沢島さん云うところの「青春の爆発」に笑って泣けるのが『ひばり・チエミの弥次喜多道中』。個人的には彼の最高傑作です。
高橋)ストーリーを語って物語を進めるより、歌やドタバタのアイデアに夢中になっちゃいます。無理矢理でも脇道に持ち込もうとして、尺のことを忘れさせてくれることに最も成功している気がします。
ミルクマン斉藤)まず美空ひばりという超絶的な天才の存在がありますよね。彼女は当時、二十歳そこそこですけど、国民的な人気を背負った超アイドルです。だから“物語よりもひばり”が許されたこともあると思いますが、沢島さんはそうした大スター的な威力よりも、「アイデンティティに迷う、当時の若い観客と同じ目線の可愛いひばり」を引き出した。彼女のポップス・センスも最高ですが、相棒の江利チエミも当然まったく引けを取らず、しかも三枚目が巧いですしね。つまるところ良質なガーリー・ムービーなんですよ。ふたりは劇場の下足番なんですが、客がハケたあとにくたびれムードからしんみり歌い始めるマンボ・デュオなんか白眉です。ストーリーよりもひばり・チエミがいれば映画になるっていう確信があったんでしょう。
高橋)近眼のキャラ設定も効いてますよね
ミルクマン斉藤)ひばりの近眼、チエミの早飲み込み、だんだん頭のコブを増やしていく千秋実。こういうデフォルメされたキャラ設定は沢島さんの得意技です。『殿さま弥次喜多』の大河内伝次郎なんかとりわけ素晴らしい!大ベテランをこんな雑に使っていいのかと思ったら……
高橋)最後に見せ場をきちんと用意している。しかし、あのスピードで喋りまくると普通の台本の二割増しくらいのセリフが必要ですよね。
ミルクマン斉藤)結局、そのあたりを書き換えているんでしょうね。千秋実さんなんかはけっこうアドリブが多いらしいけど。
高橋)現代言葉や外来語も確信犯です。
ミルクマン斉藤)もちろん確信犯。『殿さま弥次喜多』の瓦版屋も“いろは新聞”なんていってるもんね。でも沢島さんの沢島らしさは、決して時代劇の骨法は崩さないところ。それまでの本流をぶっ潰す気概はあるけど、時代劇じゃなくなってしまうところまでは壊さない。そのバランス感覚は撮影所育ちゆえじゃないかな。初盤・中盤・クライマックスにはきっちり大チャンバラを入れる。スターもスターらしく撮る。
高橋)撮影所システムの利点を思いっきり使っていますね。モブシーンなんか最たるものです。
ミルクマン斉藤)異常ですよ。あの人波の厚みと迫力。それをきちんと計算して撮っている。演出の統率力は撮影所だからでしょうね。『殿さま弥次喜多』の三つ巴で追っかけあうモブシーンなんか凄い。大混乱の中にぶっ飛んだギャグまであちこちに盛り込んでるんだから。
高橋)次期将軍職を巡るそれぞれの思惑があるんだけど、殆ど説明を省略して、弾けるネタを惜しげなく投げ込んでいく。畳の上の説明でなくど迫力のモブシーンで語っちゃう。沢島映画のキーワードはスピードと、ジャンルの再構築と、キャラクター設定の上手さだと思いますが、いちばん沢島らしさが出ているのがミュージカルコメディですね。
ミルクマン斉藤)ほかの人は出来ないです。沢島さんのミュージカルコメディは。でも、ミステリーもいいんですよ。それまでの時代劇ミステリー、いわゆる捕物帖はフーダニットとして成立してないものばかりですけど、今回は上映されませんが『若さま侍捕物帖 黒い椿』は面白い。ミステリーとして一級品です。結局、アメリカ映画やハヤカワ・ミステリを読んでたモダンな世代なんですね。
時代劇を観たことない人でも、歌舞伎なんか知らなくても楽しい沢島映画
高橋)“いま、世界のお客さんに日本の時代劇を知ってもらう”としたら何だろう。クロサワ・ミゾグチではない時代劇の良いところを再発見してもらい、市場拡大につなげたい、という思いでプログラムを組み立ててきました。昨年は加藤泰監督を全作英字幕つきで上映した。ことしは、東映と松竹の撮影所から声を集めたところ、沢島さんを観てもらいたいとなったんです。
ミルクマン斉藤)いちばん判り易い、ベストチョイスだと思います。古い感じがしないもの。『ひばり・チエミの弥次喜多道中』なんて何十回と観直してますけど、毎回楽しくて幸福な気分になる。時代劇を観たことない人でも、歌舞伎なんか知らなくても楽しいのが沢島さん。時代も国境も関係ない楽しさです。ただ『ひばり・チエミの弥次喜多道中』は都会の客にはウケたんだけど、地方にはハイカラすぎて評判が良くなかったらしいですね。時代劇として成立するギリギリを狙い過ぎたかも知れません。地方ではもっとオーソドックスを求められた。しかし、それだからこそ今の映画ファンには真価がたちどころに判ると思います。
高橋)映画祭と同時開催の京都フィルムメイカーズラボに世界中から集まってくる若手映画人と一緒に観て、あけすけなコメントを貰おうと考えています。それを松竹で時代劇『引っ越し大名!』を撮った犬童一心監督とミルクマン斉藤さんとで楽しもうという上映になります。世界が沢島ミュージカルコメディを発見する機会になったらと期待しています。
ミルクマン斉藤)いま観るのに一番いい時代劇じゃないかな。ご本人がどう思っていたかはともかく、東映第一世代に対するアンチだった沢島さんはモダンな批評性も持ち合わせているもの。
そういえば沢島さんはやはり、マキノ雅弘と内田吐夢は別格の先輩だと思っていたようです。
常に現代と斬り結ぶ覚悟で撮っていた内田吐夢
高橋)今回は時代劇の軽さを代表して沢島忠、重さを代表して内田吐夢を紹介します。ヒストリカ・フォーカスとしては『血槍富士』『妖刀物語・花の吉原百人斬り』ですが、オープニングの『恋や恋なすな恋』、サイレント時代の『汗』『警察官』合わせて5本上映します。
内田吐夢
1898年生まれ。女形が演じる映画からの脱却を目指した栗原トーマスのサイレント映画を振り出しに、監督としてマキノ・日活などで清新な喜劇や活劇で評判を得、1930年代後半には『人生劇場』(1936)『限りなき前身』(1937)『土』(1939)でキネ旬ベストテンの常連となった。第二次大戦中、満州映画に籍を置き、戦後、中国大陸に7年間の抑留のちに帰国した。同い年の溝口健二・伊藤大輔らが再起を支援し、『血槍富士』(1955)から戦後の活動を再開し、『大菩薩峠』三部作(1957~59)『宮本武蔵』五部作(1961~65)はじめ、古典に範をとった『妖刀物語・花の吉原百人斬り』(1960)『恋や恋なすな恋』(1962)で時代劇のストーリーテリング、キャラクター表現の奥行きを追及した。ほかに、社会性を帯びた現代サスペンス『飢餓海峡』(1965)がある。ときに民族問題から経済までを扱う題材の多様さと、人物造形の陰翳表現の巧みさがフィルモグラフィを覆っている。また、巨匠と呼ばれても好奇心を失わず、技術や演出に挑戦を続けていく姿勢が多くのスタッフを育てていくこととなった。
ミルクマン斉藤)内田吐夢さんはムチャクチャです。『宮本武蔵』なんか五部作毎年やってきてその最後の最後に「所詮、剣は武器か」ですから!それまでの剣の道を追い求めてきた武蔵の物語を台無しにしちゃうちゃぶ台返し。
高橋)今回は同じ年生まれの溝口健二と伊藤大輔と並べて、それぞれのサイレント期の傑作を上映します。なんと2日間で7本、6プログラムをすべてカツベンつきピアノつきというありえない鑑賞体験です。
今さらながらに思うのは、内田吐夢さんの好奇心というか挑戦する姿勢です。大巨匠になってもチャレンジをし続ける精神の若さ。溝口・伊藤とだいぶ違う。そうした姿勢が多くの後進を育てたんだと。
ミルクマン斉藤)ケンカ売ってるもんね。旅芸人で、日雇い人夫で、左翼思想でっていう監督になるまでの人生遍歴があるから、描くキャラクターの深みが違う。それを画に刻むスタッフワークも一級品だった。
伊藤大輔なんか不完全な『忠次旅日記』観ても震えが止まらないくらい凄いし、ほんの少ししかフィルムが残っていない『斬人斬馬剣』や『長恨』でもその尋常じゃないエネルギーがフィルムから迸ってくる。まあ、戦後はちょっと安定の域に入っちゃいましたけどね。『反逆児』などの傑作もありますが。
高橋)『恋は恋なすな恋』では、公開当時はあまり掴み取れなかっただろう内田吐夢の創作の傷跡が、今回上映するデジタルリマスターだとありありと掴めるんです。歌舞伎や清元の古典の物語を最先端の技術と洗練されたストーリーテリングで語っていく。いまだったらどういう表現をしただろうと妄想してしまいます。
京都国際ヒストリカ映画祭オープニング作品『恋や恋なすな恋』予告
古典を語ってもフォーカスしている箇所は経済だったりする。『花の吉原百人斬り』では、生糸の生産と流通、女郎の値段と格をきちんと描いている。今の言葉なら“モテとカネ”です。
ミルクマン斉藤)そういう現代的でヒリヒリする部分を描いて歌舞伎のリバイバル、現代的な読み直しを企てたんでしょうね。今回上映される『血槍富士』もそうだし、『黒田騒動』『酒と女と槍』といった隠れた傑作もだけど、吐夢さんはファンタジーとしての時代劇なんて撮るつもりがなかった人だと思います。常に現代と斬り結ぶ覚悟で撮っていた人ですよね。
京都ヒストリカ国際映画祭
会期 2018年10月27日(土)ー11月4日(日)
主催:京都ヒストリカ国際映画祭実行委員会
(京都府、京都文化博物館、東映株式会社京都撮影所、株式会社松竹撮影所、株式会社東映京都スタジオ、巌本金属株式会社、株式会社ディレクターズ・ユニブ、立命館大学)
共催:KYOTO CMEX実行委員会
協賛:株式会社テスパック/三井ガーデンホテル京都四条/TSUKUMO
協力:京都クロスメディア推進戦略拠点/ヴェネチア国際映画祭/イタリア文化会館‐大阪/国際交流基金京都支部/国立映画アーカイブ/KYOTO V-REX実行委員会/出町座
後援:一般社団法人日本映画製作者連盟/一般社団法人外国映画輸入配給協会/一般社団法人日本映画テレビ技術協会
助成:芸術文化振興基金
詳細は下記より