1994年の初長編映画『ビフォア・ザ・レイン』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を獲得した奇才・ミルチョ・マンチェフスキ監督が、第35回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品された最新作『カイマック』(北マケドニア、デンマーク、オランダ、クロアチア合作)の上映に併せて来日。上映後のQ&Aに加え、国際交流基金と東京国際映画祭による共同トークイベント“「交流ラウンジ」ミルチョ・マンチェフスキ マスタークラス”にも登壇した。

『カイマック』は、北マケドニアの首都スコピエを舞台に、格差のある2組の夫婦と彼らを取り巻く人々の人間模様をコミカルかつセクシャルなストーリー展開で描きながら、様々な社会的問題を浮かび上がらせた秀作コメディで、題名の“カイマック”とはトルコやバルカン半島で日常的に食べられる乳製品の名称だ。

去る10月26日(水)、東京・丸の内 TOEI1で上映された『カイマック』の上映後、ミルチョ・マンチェフスキ監督は出演俳優のサラ・クリモスカ、アナ・ストヤノスカを伴って登壇し、観客とのQ&Aに応じた。

ミルチョ・マンチェフスキ監督は「今回、プレミア上映を東京で迎えられ、とても嬉しい。これまで3度東京に来てますが、僕の中では今回の来日がベストです」と挨拶。

物語の着想について問われたマンチェフスキ監督は「大人のラブストーリーを撮りたかったんです。ハリウッド風の甘ったるいラブストーリーには飽き飽きしてたので、現実をそのまま語ることを指標にし、偽善のマスクをはがそうと試みました。つまり人間の愛、様々な感情や自由というモノを描いているんです」と返答。

画像: 世界的名匠ながら、とても気さくなミルチョ・マンチェフスキ監督 Photo by Yoko KIKKA

世界的名匠ながら、とても気さくなミルチョ・マンチェフスキ監督 Photo by Yoko KIKKA

本作で、裕福な夫婦の家に連れてこられ、妊娠を嫌悪する妻の代わりに妊娠&出産をする若い娘を演じたサラ・クリモスカは、「監督の作品を全て見ているので、今回はコメディであることに驚きました。笑い転げるほど可笑しいけれど、とても価値のある脚本だった」という。

演じた役柄については「女優として難しいのはコメディ演技なんですが、自分の演じる役に憐れみと共に共感ができたので、楽しく演じられた」とコメント。

画像: サラ・クリモスカ  Photo by Yoko KIKKA

サラ・クリモスカ  Photo by Yoko KIKKA

一方、庶民夫婦の夫の浮気相手だったが、妻とも深い関係になる“カイマック”の売り子を演じたアナ・ストヤノスカは「脚本がとても面白かったんです。私の役はタブー的な領域を表現しています。私は常々それを探求したいと思っていたんですよ」と、出演理由を明かした。

とてもユニークなセクシャル・シーンについて、ミルチョ・マンチェフスキ監督は「私は撮影前、かなり緊張していました。でも女優陣にはそんな気配はなく、嫉妬してしまうほどでした。緊張を乗り越えてからは、シーンの本質に立ち返り、女性たちの優しさと男性の孤独を凝縮して描くことを心がけ、カメラに何を映すのか、映さないのかを意識して演出したんです」と、撮影を振り返った。

また、アナ・ストヤノスカは「撮影当日は真夏で、40度ぐらいある暑い日でした。なので、裸になれてむしろホッとしました。共演相手とは相性が良かったので、恥ずかしさもなく演じられました」と言い添えた。

画像: アナ・ストヤノスカ  Photo by Yoko KIKKA

アナ・ストヤノスカ  Photo by Yoko KIKKA

悲喜劇の両面を持つ結末について、ミルチョ・マンチェフスキ監督は「私の願望も含まれています。正義が人生にあればいいけれど、現実はそうではない。どちらかと言うと、ストーリーが何を語ろうとするか、それに耳を澄まし、私はそれを書き留めてただけなんですよ。なので、意識的に特定のメッセージを語りたいわけではなく、それは作品からにじみ出るものだと思います」と述べた。

タイトルついては「(英語の)クリームという意味でもあり、人生の一番美味しいところを自分のモノにしようとする人々という意味もあります。これは、どんな方法であれ、自分のために一つかみの幸せを掴み取りたいと思う人間の物語なんです」と解説した。

画像: 「マスタークラス」におけるミルチョ・マンチェフスキ監督(右)と市山尚三氏 写真提供:東京国際映画祭

「マスタークラス」におけるミルチョ・マンチェフスキ監督(右)と市山尚三氏
 写真提供:東京国際映画祭

そして『カイマック』上映の翌10月27日(木)には、“「交流ラウンジ」ミルチョ・マンチェフスキ マスタークラス”が開催された。モデレーターを務めたのは東京国際映画祭のプログラミング・ディレクターである市山尚三氏で、ミルチョ・マンチェフスキ監督は、自作とこれまでのキャリアについて忌憚なく語っている。

(Text by Yoko KIKKA)

吉家 容子(きっか・ようこ)
映画ジャーナリスト。雑誌編集を経てフリーに。
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画像: ミルチョ・マンチェフスキ監督 Photo by Yoko KIKKA

ミルチョ・マンチェフスキ監督 Photo by Yoko KIKKA

ミルチョ・マンチェフスキ監督:プロフィール

1959年10月18日、北マケドニア(旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国)の首都スコピエに生まれる。スコピエで哲学を学んだ後に渡米し、南イリノイ大学で写真を学ぶ。1982年に卒業し、ドキュメンタリーのカメラマンや広告映画、さらにミュージック・ビデオや短篇映画の製作に携わる。
1994年に初の長編劇映画『ビフォア・ザ・レイン』を発表。ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を始め、数々の賞に輝く。2001年には2作目の『ダスト』を発表。
以降の長編監督作は「Shadows」(2007年)、「Mothers」(2010年)、「Bikini Moon」(2017年)「Willow」(2019年)で、いずれも高く評価されている。またエッセイ本や写真集を出すなど、多方面で活躍している。

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