自由な造形が可能な乾漆像の「足し算」の造形から、一本の材木から削り出して行く「引き算」の造形へ

画像: 国宝 地蔵菩薩立像 (部分・別材で作られた手と宝珠)平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵

国宝 地蔵菩薩立像 (部分・別材で作られた手と宝珠)平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵

実はこの地蔵菩薩像でも、袖口や脚と脚の間の衣の一部に木屎漆の乾漆が使われているそうだ。ただしあくまで彫りすぎた部分の修正のためだけだ。聖林寺の十一面観音のようにこの技法の特性を活かした表現とは真逆の、現に仔細に調査しなければ分からないほどで、見た目にはまず気づかない。

平安時代初期の仏像でも、例えば京都・東寺の立体曼荼羅の像の一部など、衣の表現などで部分的に乾漆が使われている例はある。それでも全体を乾漆で盛り上げて造形する足し算ではなく、大きな木の塊の中から彫り出していく引き算へと、日本の仏像の作り方の基本的なアプローチは、明らかにこの時代に変化していた。

画像: 国宝 十一面観音菩薩立像 (部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵 指は針金を芯に漆にして指の曲げ具合を作り、ペーストを盛り上げて成形されている

国宝 十一面観音菩薩立像 (部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵
指は針金を芯に漆にして指の曲げ具合を作り、ペーストを盛り上げて成形されている

旧来よく言われてきたのは、乾漆像は高価なので経済的な理由で廃れた、という説だ。

確かに漆は高価で、特に麻布を何層にも塗り固める脱活乾漆像は非常に手間もかかるものの、木心乾漆の聖林寺の観音像を当時の技法で再現した実証実験では、そこまで大きな違いは見られなかったのだそうだ。それに仮に漆が高価だったとしても、ならば同じく奈良時代に盛んに作られていた塑像はどうなのだろう? 素材は粘土で、まったく高価ではない。地震に弱く倒壊したりそのまま崩れてしまい易いので、日本の自然環境でことごとく壊れてしまったのかも知れないが、それにしてもまったく残っていないのだから、奈良時代の優れた塑像がかなり残っているのに比べると、単に作られなくなったと考えた方が自然だ。

塑像や乾漆像と木像、特に一木造りでは、彫刻の作り方の哲学がまるで正反対だ。

画像2: 国宝 十一面観音菩薩立像 (部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 (部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

いみじくも法隆寺の地蔵菩薩で、乾漆が彫り過ぎの修正で一部に用いられていることも分かり易い実例になるが、前者はいわば「足し算」で、欲しい形を自由に盛り上げ、いくらでも独特のフォルムを作り上げていくことが可能だ。

対して一木造りは「引き算」で、しかも素材となる木材の大きさ・太さだけでなく、その木目や節にも制約されながら、失敗が基本的に許されない。彫り過ぎてしまったり、突起部が折れてしまったらそれまでだ。そんな制約の中で仏の姿は、木材の中から余計な部分を排除することで、つまり彫刻を文字通り「刻んで彫り出す」ことで造形される。

どちらがより難しく、自由な造形が制約されるのかは、わかりきった話だろう。体の部分部分の大きさひとつをとっても、この地蔵菩薩立像が典型的だが、元の木材のサイズからはみ出す形は作れないし、たとえば大きく開いた衣から見える胸のふくよかな盛り上がりの曲線なども、木屎漆を自由に盛り上げて行くよりも、木から削り出してここまで滑らかな曲面に仕上げるほうが、明らかに難しいはずだ。

画像6: 国宝 地蔵菩薩立像 平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵

国宝 地蔵菩薩立像 平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵

現に奈良時代に盛んに作られた乾漆像や塑像は、唐招提寺の鑑真和上坐像のような生き写しとも言えそうな迫真の肖像彫刻や、興福寺の阿修羅像のような繊細な表情、そして聖林寺の十一面観音のふくよかで張りのある肉体など、リアリズムという観点でいえば同時代の世界の他の地域で類例を探すのが難しいほどの傑出した表現で、日本の彫刻史の絶頂期のひとつにすでに到達していた。

それはまた飛鳥時代の彫刻が先行した中国大陸の歴代王朝の様式の強い影響下にあったのに対し、日本独自の、そこで暮らす人々にこそ向けて創造された表現様式が確立していた、とも言えるのではないか。

その奈良時代に追及されたと思われるリアリズムという観点でみれば、法隆寺の地蔵菩薩立像は、様式化された衣の表現ひとつをとっても決して「リアル」ではない。

かと言って表現が稚拙化したというか、単純化されて退行したわけではわけではまったくないのは、この像の荘厳な美しさと彫りの精確さを前にしたときに、今さら言うまでもあるまい。どっしりした直立不動の存在感は、聖林寺の観音菩薩立像の張りのある筋肉の醸し出す肉感的な力強さとはまったく異質だが、荘厳で力強い神々しさでは甲乙付け難いというか、表現が目指しているもの、単に美術品で高度な技術の結晶であるだけでなく、信仰対象でもある仏像に求められていたものが、そもそも違ったのではないか?

画像: 国宝 地蔵菩薩立像 平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵 台座の最下部の返り花の部分以外が同じ太さの一本の材木から彫り出されていることが、体の幅と台座の直径からも見て取れる。

国宝 地蔵菩薩立像 平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵
台座の最下部の返り花の部分以外が同じ太さの一本の材木から彫り出されていることが、体の幅と台座の直径からも見て取れる。

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