聖林寺十一面観音に用いられた「木心乾漆造り」の技法とは

画像4: 国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

みずみずしくも荘厳で、力強さと生命感にみなぎった張りのある身体の、艶かしく官能的ですらある造形は、奈良時代に多く用いられた「乾漆像」の、漆におがくずを混ぜたペースト(木屎漆)を練って表面を盛り上げていく技法で創り出されている。

画像: 国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・蓮を挿した水瓶を持つ左手) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・蓮を挿した水瓶を持つ左手) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

画像: 国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・緻密に造形された頭部と頭上面) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・緻密に造形された頭部と頭上面) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

乾漆像にはまず、粘土の原型の上に麻布を貼って木屎漆でその麻布を何層も重ねて固めつつ表面を造形する「脱活乾漆造り」があり、興福寺の高名な阿修羅像を含む八部衆立像と十大弟子立像、唐招提寺の鑑真和上坐像と本尊・盧舎那仏坐像、法隆寺・夢殿の行信僧都坐像、東大寺・法華堂(三月堂)の不空羂索観音立像、當麻寺の四天王立像などの作例の現存が知られている。

画像: 大神神社の若宮である大直禰子(おおたたねこ)神社の社殿(旧・大御輪寺本堂)の天井裏から発見された脱活乾漆の仏像の断片 奈良時代・8世紀 奈良・大神神社蔵 麻布を漆とおがくずを混ぜたペーストで固める脱活乾漆造りの仏像の断片で、手前が衣の部分、中ほど右が胴体の一部。大直禰子神社は明治元年に神社に改変される以前は大神神社の神宮寺・大御輪寺だった。

大神神社の若宮である大直禰子(おおたたねこ)神社の社殿(旧・大御輪寺本堂)の天井裏から発見された脱活乾漆の仏像の断片 奈良時代・8世紀 奈良・大神神社蔵
麻布を漆とおがくずを混ぜたペーストで固める脱活乾漆造りの仏像の断片で、手前が衣の部分、中ほど右が胴体の一部。大直禰子神社は明治元年に神社に改変される以前は大神神社の神宮寺・大御輪寺だった。

布を固めて造形され、中が空洞になる脱活乾漆造りは、古代エジプトのミイラ・マスクがその源流ではないかという説を唱えるエジプト考古学者もいて、恐らく西方からシルクロードを経由するあいだに発展し、唐から日本に伝わった技法なのだろう。原型の粘土は完成前に取り除かれ、内部から木組みで支えられているので、見た目よりだいぶ軽い。興福寺の十大弟子と八部衆の18体もあった脱活乾漆像は安置されていた西金堂が炎上した時にも軽くて運び出し易かったのかも知れない。この堂の再興本尊として運慶が彫った大きな如来像は、張りのある頬(いかにも奈良時代の乾漆像に共通するような表現)が印象的な頭部だけが残る。重く大きな木像は火災の中ではとても全体は運び出せず、寄木作りなので取り外せた頭だけが救われたのだろう。

一方で粘土の原型を用いて後から取り除くのではなく、木で基本的な形を彫ってその上から木屎漆で造形していく「木心乾漆造り」の技法もある。聖林寺の国宝 十一面観音菩薩立像は、この手法の代表的な作例、その最高傑作のひとつだ。

画像5: 国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

木像の一部に乾漆を用いることは、古い例では法隆寺の通称「百済観音」が顔などを木屎漆で造形されているが、聖林寺の十一面観音の場合はほぼ全身に、厚さ1〜2cmかそれ以上の厚みでたっぷりと木屎漆が用いられているという。

ペーストを盛り上げて固めて造形する乾漆像では、木や石から彫り出す彫刻よりも自在な造形が可能だ。この像の場合なら例えば、腕から垂れる優雅な帯状の衣(天衣)と、指先の繊細な動きが丁寧に再現されて肉感的で官能的ですらある美しい手は、針金を芯に木屎漆を固めて作られている。

画像: 国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・右手)奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・右手)奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

ことこの右手のやわらかでふくよかで、指の繊細な動きを捉えた造形はどうだ。

彫刻の指は揃えられてまとまった掌の形の方が造形も容易で、なによりも丈夫にもなるが、一本一本独立した指では銅像ならば鋳型に溶けた銅を流し込む時に先まで銅が入り切らなかったり、鋳型を外すときも難しくなるだろう。木像ならば木目の部分が割れ易く、よほど注意しないと木目から先がのちのちに折れ易くなってしまう(実際、木目が割れて指の一部が欠損している木像の仏像は少なくない)だけでなく、彫っている最中でも力の加減次第で割れてしまいそうだ。

乾漆像や塑像では、こうした指の表現は、その一本一本を針金を芯にして指の曲がり具合も自由に決めた上で、木屎漆や粘土を盛り上げて行くので、より自然で複雑な表現が比較的容易だ。材質の特性に完成形が制約されることもなく、あとは作り手つまり仏師の造形センス次第、その創意の自由に任される。

画像: 国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・右手、天衣)奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・右手、天衣)奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

それにしても聖林寺の十一面観音の奇跡的な保存状態は、この手の部分でもよく分かる。ちょうど博物館本館2階の、「仏教の興隆―飛鳥・奈良」のコーナーに、やはり奈良時代後期の木心乾漆像の、京都・高山寺に伝来してきた薬師三尊像の脇侍である日光菩薩踏下像(重要文化財)が展示されている。左手は丸ごと欠損し、右手がやはり針金を芯にして木屎逆で成形されているが、傷んで針金の芯が見えていて、逆にどうやって作ったのかが分かるようになっているので、ぜひこちらも見て比較して頂きたい。

画像: 国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・左手と水瓶)奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 (部分・左手と水瓶)奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

こうした造形はいわば塑像の、粘土の代わりに木屎漆を用いているようなものだろう。

奈良時代の彫刻には塑像も多く、代表的な例には法隆寺五重塔第一層の、塑像の群像で再現された釈迦の生涯などの仏教説話(塔本塑像群・国宝)、東大寺法華堂の伝・日光菩薩・月光菩薩立像(現在は地震などでの破損倒壊を防ぐため東大寺ミュージアムに移されている、国宝)、同じく戒壇院の四天王立像(国宝)、明日香村・岡寺の巨大な如意輪観音菩薩坐像(重要文化財)、新薬師寺の十二神将立像(国宝)などが知られる。また薬師寺の東塔・西塔にもかつて法隆寺と同様の塑像群があって、風化した残欠や、西塔が焼失した時に粘土が素焼きのように焼き固められた断片が伝わっている。

画像6: 国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

This article is a sponsored article by
''.