映画『百円の恋』(14)の製作陣が集結し、再びボクシングを題材に作り上げた映画『アンダードッグ』。森山未來さん、北村匠海さん、勝地涼さんらをキャストに迎え、11月27日(金)より前編・後編が同日公開されます。そんな本作のメガホンをとった、武正晴監督と脚本の足立紳さんに、ボクサーの日常を描くことやボクシングの試合を撮ることの難しさ、そして本作に対する想いや映画づくりの面白さなどについてお聞きしました。

--まずは本作の企画のはじまりと、“アンダードッグ”というキーワードが生まれた経緯についてお聞かせいただけますか?

足立紳(以下、足立):はじめはプロデューサーの佐藤現さんから、配信と映画で格闘技ものの企画を考えませんかという提案があったんです。プロレスものも含めていくつか企画を考えていたのですが、本作を共同製作しているABEMAの藤田(晋)さんが『百円の恋』がお好きだったこともあり、いろいろお話を進めていくうちに再びボクシングの作品を作ることになりました。その後、現さんから“かませ犬” (=“アンダードッグ” )と呼ばれているボクサーの方がいるというお話を聞き、そういう状況でボクシング界を生きている人たちの存在を知って、そういう選手のお話だったら書けそうな気がすると思い、一気にプロットを書いていきました。

--本作は、ボクシングが中心にありつつも、さまざまな人間模様が描かれていました。物語はどのように広げていったのでしょうか。

足立:僕自身もかなり長い間、諦めることができず、かといって頑張ることもできず、というような状況を生きてきているので、そういう人間のことを思いっきり書いていこうと思いました。晃たちはたまたま“ボクサー”だったというだけで、ああいう人間って世の中にいるよなと。

画像1: 左より脚本:足立紳、武正晴監督

左より脚本:足立紳、武正晴監督

--足立さんが書かれた最初のプロットを読んだとき、武監督はどのようなことを感じましたか?

武正晴(以下、武):プロットというよりもロングシノプシスでしたね。足立さんらしくてとても読みやすかったですし、結局僕も晃と同じ属の人間なので、すごく“わかるな”と思いました。あと、宮木(瞬)くんみたいな、芸能で生きながらもくすぶっているような人も実際にいますし。ただ一つ、撮影するときに大変なのでボクシングは余計だなと思ったんです(笑)。実際にこの脚本で撮るとしたら、何試合するんだよ、大変だぞ、という感じは正直ありました。『百円の恋』のときも1試合であれだけ苦労したのに、今回は12試合もある。これはどうしたらいいんだ…と思いましたね(笑)。

--ロングシノプシスを読んだ段階で、作品の空気が伝わってきたのでしょうか?

武:ボクシングが題材である時点で、熱くなることはわかっていたので、その部分は後で考えようと思っていました。それよりも前段の、ボクサーがボクシングをやっていない、普通の日常を淡々と描いているところがとにかく良かったんです。あと、足立さんが狙っていたのは、最後の試合のときの二人の日常やルーティンですね。試合にいくまでの静かな部分などは、脚本の段階で確実に狙ってきているなと思いました。それと同時に、どういう場所で撮ったらいいのかも浮かんできて…。僕はここ10年くらいずっと錦糸町に住んでいて、いつか錦糸町で撮影したいなと思っていたんです。なかなか題材に合う作品が無かったのですが、今回はピッタリだなと思いました。

画像1: (C)2020「アンダードッグ」製作委員会

(C)2020「アンダードッグ」製作委員会

--晃の家の周辺やボクシングジムの並びなど、とても味わい深いロケーションでしたね。そして本作は、前編・後編が同日公開というところもすごいなと思いました。

武:前編を観て後編は1か月後となると、ちょっと続き見せてよとなりますよね。

--そうなんです…!前編のストーリーの進み具合と終わり方にグッと掴まれてしまいました。

足立:前編・後編が同日公開というのはプロデューサーが考えたのですが、そんな公開の仕方はこれまで無かったので、すごく良いなと思いました。脚本のときにはまだ同日公開とは決まっていなかったですし、まずは配信の連ドラの脚本として、とにかくグイグイ書いていきましたね。この作品で描いている人たちは、目的もなく流されてフラフラ生きているので、この人たちがどうなっていくのか…というところが、前編では良い形で伝わったのではないかと思います。

--今日は前編だけにしよう、と思っていてもそのまま後編を観たくなってしまうような構成でした(笑)。

足立:僕は最初に配信版の連ドラのラッシュを観たんですげど、すごく面白かったんです。なので映画版は真ん中辺りでバツンと区切るのだろうなと思っていたのですが、映画館の興行時間の関係もあって、いろんな意見がでてきて、映画版の編集に苦労しているという話はどんどん耳に入ってきました。

武:配信版が元々9話※あったので、「映画のことは後で考えればいい」と思っていたのですが、そうはいきませんでしたね(笑)。配信版は周りのキャラクターのこともたくさん描かれているので、映画にハマった人は配信版を観るともっと面白くなると思います。足立さんが書かれたシナリオが、すごく生かされていますし。(※配信版は最終的に全8話)

--面白い作品展開の仕方ですね。映画版でも、女性や家族との関係など一人の人間である部分が細部まで描かれていたので、ドラマとしてすごく引き寄せられました。

足立:人間にはそれぞれ「食欲・睡眠欲・性欲」というものがありますし、普通に人間として在る部分を、その人たちの生活を書いていこうというところは意識していました。女性たちも、支えるというよりは彼らのことを押し上げている感じだったと思います。

武:日常を描くことによってドラマに繋がっていくんですよね。本作は俳優陣がボクサーとして表に出ているけれど、周りに居る四人の女性たちも存在としてとても素晴らしかったです。あの女性たちが居なければ、映画にはなっていなかったですし、彼らはボクシングもできていなかったと思います。あとやっぱり、ボクシングは一人ではできないということもありますよね。殴り合っても二人が倒れずに立っていられたのも、そこに相手が居たからで。相手が居てくれたから試合になったし、あのようないい瞬間を作れたのだと思います。

画像: 武正晴監督

武正晴監督

--なるほど。ボクシングの「立ち上がればOK」というルールや、リング上に立つのは一人だけれど、セコンドたちの存在がいるところなども、三人の人生や生き様とリンクしていたように感じました。

武:結局、ボクシングは周りが居ないとできないんですよね。『百円の恋』では、「ハングリー&アングリー」という寺山修司さんの言葉を掲げていたのですが、今回僕の中では「スタンディング&ファイト」という言葉を意識していました。有名なセコンドのエディ・タウンゼントという方が残した「立ってそこで闘え」という言葉なんですけど、今回の映画では、その言葉を残せたらいいなと。

--セコンドとの関係も、ひとつひとつ丁寧に捉えていましたよね。特にリングへ戻る前に選手の髪をなでるように整える、あのやり取りが選手への愛情を感じてとても好きでした。

武:あれは、髪の毛が前に垂れてこないように顔が切れないように塗ったワセリンを髪まで伸ばしているんですけど、本当にボクシングをやっている松浦(慎一郎)さんのような方でないと、あの感じは出ていなかったと思います。『百円の恋』のときも「さあ行くぞ」って一子の髪の毛を整えているんですけど、本当に選手に気持ちを入れているというか…。

足立:普通のボクシングの試合でもやっているんですけど、あのやり取りは、やっぱりどこか愛情みたいなものは感じますよね。セコンドから選手への、親子関係みたいな。聞いたことはないですけど、もしかしたらそういう意味もあるのかもしれません。

画像2: (C)2020「アンダードッグ」製作委員会

(C)2020「アンダードッグ」製作委員会

--そして、試合での観客の熱気もすごかったです。あの空気はどう作り上げていったのでしょうか。

武:あの場に居た1000人の観客のおかげで、あの二人は立っていられたんです。最後の試合のときは本当に厳しい撮影をしていたので、ちょっとでも周りの気が緩んだらあの二人は倒れてしまっていたかもしれません。それくらいの状況下で撮影をすることは『百円の恋』のときもありましたし、こちらも一緒に戦わないとと思っていましたね。

--先ほどお話されていた「ボクシングは一人ではできない」という部分にも繋がってきますね。実際にリング上で対峙している姿を見ていていかがでしたか?

武:『百円の恋』のときの安藤サクラさんとは違って、森山さんはボクシングをずっとやっているプロボクサーという設定なので、ボクシングの試合の組み立て方や、日常などの練習風景などは特に気を付けました。

--役者の方々とは、どのようなコミュニケーションをとられていたのでしょうか。

武:俳優として一流の方々がそろっていますが、今回はそこに“ボクシング”という要素が入っているので、彼らは「やるからには本当のものを見せたい」という俳優としての欲望から、その部分を取り入れようとするわけです。なので、コミュニケーションというよりは、練習のときに一緒に居るようにしました。僕はじっと見ているだけでしたけど、時々声を交わすこともあっただろうし、向こうから話しかけてくることもあったと思います。彼らがボクシングの練習をしているときに、どんな感じでやっているのかというのを少し離れたところから見て、一番キツイところに一緒に居るようにしていました。そして、そのときの練習方法やちょっとした仕草などを撮影の中に取り入れていくということが、僕らがやるべきことだと思っていたので。

足立:それこそ武さんが横で練習を見ているということが、先ほどお話したセコンドが髪を整えるのと同じような作用があったと思います。

画像: 足立紳

足立紳

--なるほど。素敵な形ですね。今回の撮影は順撮りではない中、細かな心情の変化なども細やかに描かれていました。現場で生まれたものをどのように作品へ取り込んでいったのでしょうか?

武:今、その質問を聞いて思い出したのですが、今回の撮影で一番キツかったのが、明美を送迎する車のシーンでした。撮影スケジュールでいうと、晃が明美を車で送って、車から降りるというシーンの撮影が延々と繰り返し続いていて…。

足立:映画ではそこまで回数が多くないのですが、配信版では特にそのシーンが描かれているんです。

武:車で明美を送り届けるというだけのシーンなんですけど、1回目に送ったとき、2回目に送ったとき、二人の関係が変わっていくときなど、いろんな変化があるんです。チラチラ明美を見ているところとか、少しずつ気持ちが動いていくところとかの小さな変化まで、足立さんは脚本にしっかり書いてくれていたので、この日はどういう心理なんだろうとか、森山さんと二人で脚本を読み深めていました。ところが撮影するスタッフたちは現場を進めなければならないので、「はい、次のシーンはこれです」「次のシーンはこれです」という感じで撮影が進行していき、「ちょっと待って、ちょっと待って」という感じで(笑)。

足立:(変化が)本当に微妙に、微妙にでしたもんね。

武:でも、そういう細やかな気持ちでないと、ただ車を運転して明美を送っていくというだけのシーンになってしまうということを、たぶん森山さんはわかっていたのだと思います。そうなってはいけないという恐怖感を、ちゃんと知っていたんです。だから実際映像を繋げて観たときに、晃の気持ちがちゃんと繋がっていたのは、やっぱり森山さんだからこそだなと思いました。そして撮影の後半戦、これからボクシングの試合のシーンを撮影するという頃に森山さんと、「あのシーンが一番辛かったですよね」と話をしました(笑)。そのときに、お互いようやく言えたみたいな感じがありましたね。

画像3: (C)2020「アンダードッグ」製作委員会

(C)2020「アンダードッグ」製作委員会

--お二人は数々の作品でタッグを組まれていますが、足立さんは本作での武さんの演出を見ていかがでしたか?

足立:毎回そうなのですが、「この文字面をこう撮ってやる!」というような、脚本と格闘しているのが画面にほとばしってくる感じがあるんですよね。そういうシーンを観れるのは、脚本家としてとても嬉しいですし一番の喜びです。試合のシーンは、もちろん迫力のあるものになるだろうという想像はありましたが、その想像を越えてくるというところもあって、脚本家冥利につきますね。

--では最後に、本作を『百円の恋』のチームでつくるにあたり、どのような想いや意気込みがあったのでしょうか。

足立:またボクシング映画ってなんだよと、かなりハードル高く見られてしまうなと思ったので、プレッシャーのようなものも少しありました。でも、“なんだよ”と言われないように、『百円の恋』に負けないものにしようという想いはありましたね。

武:『百円の恋』は、映画を作るということはこんなに素晴らしいことなんだということを体感させてもらった作品で、たぶん何をやっても越えられないと思います。なので、「同等のものを」ですかね。この6年間一緒に映画を作り続けてきて、後楽園ホールでの試合の撮影のとき、6年前では撮ることができなかったものになっているなと思いました。今回はじめて参戦した方々が「この組、何なんですか?このチームじゃないとこの作品は撮れないですよね」と言ってくれていたので、着実に熟成してきていると思いますし、このチームは本当にすごいなと感じました。足立・武連合軍って言っていましたし(笑)。

『百円の恋』からの6年間、キャストもスタッフも常に何かをやってきているわけです。その結果、もう一度同じところに行きたいよねという想いも生まれてくる。じゃあ次どうしていこうか、というのがやっぱり映画づくりの面白さだと思います。そして、森山さん、北村さん、勝地さんの三人も安藤サクラさんに負けたくないという想いや、あそこに向かって俺たちもやるんだという気概がボクシングの練習に出ていて、俳優って本当にすごいなと思いました。そして多分、この作品を観た俳優の方々が、またあの三人に影響されていくるのだと思いますし。それでいいと思うんです。

画像2: 左より脚本:足立紳、武正晴監督

左より脚本:足立紳、武正晴監督

プロフィール

武 正晴
1967年生まれ、愛知県出身。明治大学在学中に映画研究会へ所属し、自主映画を多数制作。卒業後、映画業界へ。工藤栄一、崔洋一、石井隆、中原俊、井筒和幸など、数々の名監督の助監督を務める。2007年『ボーイ・ミーツ・プサン』で監督デビュー。2014年、唐沢寿明主演の『イン・ザ・ヒーロー』を監督。同年、安藤サクラ主演の『百円の恋』を監督し、第39回日本アカデミー賞優秀監督賞、最優秀主演女優賞など、国内外で数多くの賞を受賞した。近年の主な監督作品は『嘘八百』(18)、『銃』(18)、『嘘八百 京町ロワイヤル』(20)、『銃2020』(20)、『ホテルローヤル』(20)がある。Netflixドラマ『全裸監督』(19)では総監督を務め大きな話題を集める。

足立 紳
1972年生まれ、鳥取県出身。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作『百円の恋』が2014年映画化される。同作にて第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。同作と『お盆の弟』で第37回ヨコハマ映画祭脚本賞受賞、NHKドラマ『佐知とマユ』で第38回創作テレビドラマ大賞受賞、第4回市川森一脚本賞受賞。その他の脚本作品に『デメキン』(17)、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(18)、『嘘八百』(18)、『こどもしょくどう』(19)、『嘘八百 京町ロワイヤル』(20)など多数。16年『14の夜』で監督デビュー。原作、脚本、監督を手がけた『喜劇 愛妻物語』(20)が第32回東京国際映画祭最優秀脚本賞受賞。著書に『それでも俺は、妻としたい』(新潮社)、『喜劇 愛妻物語』(幻冬舎)、『弱虫日記』(講談社)などがある。

画像: cinefil連載【「つくる」ひとたち】インタビュー vol.17「あの場に居た1000人の観客のおかげで、あの二人は立っていられた」
映画『アンダードッグ』武正晴監督×脚本:足立紳さん対談インタビュー

劇場版『アンダードッグ』

2020年11月27日(金)より前編・後編同日公開

https://underdog-movie.jp/

(C)2020「アンダードッグ」製作委員会

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cinefil連載【「つくる」ひとたち】
「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想いなど、さまざまなお話を聞いていきます。

edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

photo:岡信奈津子(Okanobu Natsuko)
宮城県出身。大学で映画を学ぶ中で写真と出会う。
取材、作品制作を中心に活動中。
https://www.nacocon.com

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