現在進行形で変わりゆく下北沢の姿を捉えながら、その街で生きる人々の様子を描いた今泉力哉監督によるオリジナル作品・映画『街の上で』。主人公の荒川青を演じるのは、本作が初主演となる若葉竜也さん。そして、古着屋で働く青と関わる4人の魅力的な女性たちを、穂志もえかさん、萩原みのりさん、古川琴音さん、中田青渚さんが、それぞれ個性豊かに演じています。今回は、今泉監督と、プロデューサーの髭野純さんに、企画のはじまりからロケ地やキャスティング、そして街の映画をつくることへのこだわりなどについてお話を聞きました。
(※この取材は東京都の外出自粛要請が発表される前に実施しました。)

ーーなぜ下北沢を舞台に映画を作ろうと思ったのでしょうか?『街の上で』の企画のはじまりについて教えてください。

髭野純(以下、髭野):下北沢駅の南口が廃止されるという象徴的なニュースが一番のきっかけでした。風景が変わりゆくなかで、今の下北沢を切り取った映画を作りたいと思い、企画しました。自分は下北沢の近くに9年ほど住んでいて、下北沢映画祭にも4年ほど携わっていたので、下北沢映画祭が第10回を迎える2018年のタイミングで記念に映画を作れないかと。

ーーもともとお二人はお知り合いだったのでしょうか?

髭野:そうですね、今泉監督とは以前から面識がありました。今泉監督に企画の打診をしたのは2017年の年末で。こちらが当初希望した2018年は、『愛がなんだ』(19)と『アイネクライネナハトムジーク』(19)の撮影を控えられていて。その年の映画祭では製作発表を行い、翌年に撮影とお披露目を行う形であれば引き受けられるかも知れないというお返事をいただきました。

画像: 髭野純プロデューサー

髭野純プロデューサー

ーー今泉監督は下北沢と所縁があったのでしょうか?

今泉力哉(以下、今泉):監督デビューする前の2009年に、下北沢トリウッドで自分の短編作品8本を上映をしていただいたことがあったり。でも今回は、お世話になっていた下北沢映画祭からオファーをいただいたという経緯が大きかったです。

もともと地方出身者なので、シモキタという街への漠然とした憧れはありました。実際に東京へ出て来てからも、一番好きな街というわけではないけれど足しげく通っていましたし。でも、飲み屋に詳しくなったり、飲み歩くようになったりしたのは、ここ2~3年ですね。撮影で朝が早い時とか、よく髭野さんの家に泊まることが多かったので(笑)。

画像: 今泉力哉監督

今泉力哉監督

ーーロケーションも、下北沢といったらココという場所と、ちょっと穴場的な場所が混在しているバランスがとても良かったです。ロケ地はどう決めていったのでしょうか?

今泉:自分がよく行く飲み屋、古着屋、古本屋、スズナリ前などの下北っぽい場所や、自分が知っている場所、行ったことがある場所で撮ろうという意識はありました。ヒッコリー(古着屋)や珉亭は撮影前に行ったことはなかったのですが、もちろん知ってはいたので。

ーースズナリの前からの山角へ抜けていく青の後ろ姿とか、ああ、いいなと思いました。

今泉:フィクションなので、ストーリー上では導線を無視することもできるのですが、街の映画なので、正しい道順でいけるといいなとは思っていました。下北で生活をしている人にとっては、やっぱり頭にある道ですし。

髭野:フィクションだとしても「その場所へ行くのにその道は通らないのでは…?」っていうシーンに気付くとちょっと寂しくなってしまうことがあって。ラーメン屋じゃなくて珉亭、喫茶店じゃなくてCCC(City Country City)、古着屋じゃなくてヒッコリー、古本屋じゃなくてビビビ(古書ビビビ)というような、設定に留まらずに「場所」は意識しました。どこも営業しているお店なので、半ば無理を言って時間をとっていただいた感じでしたが、ラインプロデューサーの鈴木徳至さんが交渉を重ねて決めてくれて、ロケを行うことができました。

ーーその場所の印象が残るような、各所で起こる会話の内容も絶妙でした。場所と会話はどう組み合わせていったのでしょうか?

今泉:頭から最後まで順番に脚本を書いていくことができないので、いつもパーツごとに作っていくんです。CCCのシーンは、ヴィム・ベンダースが日本に来たらCCCに寄るみたいなことを噂レベルで聞いたことがあったので盛り込みました。そして魚喃(キリコ)さんのシーンは、どこかに「この街に憧れて来た若い子」を入れたかったので、入れるならやはりあのシーンかなって思ったんです。

髭野:一番最初に今泉監督と打ち合わせをした時、いろんな場所で2対2のシーンを撮る「下北沢版コーヒー&シガレッツ」みたいなことができたら面白いですね、ということを話していたんです。

今泉:言ってたね!(笑)。喫茶店7か所とかでいろんなエピソードをやろう、みたいな。

画像: メイキング写真

メイキング写真

ーー個性豊かな役柄や細かな演出も、隅々まで語りたくなる面白さがありました。今回のキャスティングのこだわりについてもお聞かせいただけますか?

髭野:主演に若葉さんが決まってから、一気にいろんなことが動き出していきました。でも、自由度の高い形で進める約束だったこともあって、今回ご出演いただいたのは、今泉監督が何かしらの形でお会いしたことがある方たちなんです

今泉:会ったことのある人、または憧れていた人が多いですね。全員、自分で好きにキャスティングするというのは実は久しぶりでした。

髭野:個人的にご一緒したかった方々にも恵まれ、ベストな布陣で臨めたと思います。

ーー女優の皆さんそれぞれ素敵でしたが、長回しの会話や青との距離感などから、イハ役の中田青渚さんがとても印象に残りました。中田さんとの出会いを教えていただけますか?

今泉:とある作品のオーディションに参加されていた時に芝居を見て、めちゃくちゃ良かったんです。その後、髭野さんと今回のキャスティングの話になった時に「こないだオーディションですごく面白い子がいて、中田青渚さんって言うんだけど…」って話をしたら、髭野さんが「知ってますよ、今やっている作品(坂本欣弘監督『もみの家』(20))に出てます!」って言って、え、そんなことある?って思って(笑)。

髭野:その時はテンション上がりましたね。

今泉:女性4人の配役も、実は誰がどこにハマるのだろうって、ずっと考えていたんですけど、中田さんにイハ役をお願いをしました。全体でホン読みをする前、若葉さんと二人での読み合わせを行った時に、全部関西弁にした方が本人の魅力が出るかもと思い、台本を直しました。

画像: 『街の上で』場面写真 ©『街の上で』フィルムパートナーズ

『街の上で』場面写真
©『街の上で』フィルムパートナーズ

ーー長回しのシーンなど、今泉監督作品の会話の面白さはどう生まれているのか、こだわりなどありましたら教えていただきたいです。

今泉:人のことを引いて見ているという感覚もあまりないですし、自分ではあまりわからないですね。ただ、基本、自分が知らないことやわからないことは書かないです。自分が経験したことだけではないですけど、考えたことがあることとか、妄想だったとしても、こういうやり取りだったらこうなるかなとかは意識してつくっています。経験に基づくやりとりも多いですね。

ーーなるほど。だから会話の間や反応にも惹き込まれていくのですね。

髭野:下北沢映画祭としても開催させていただいたのですが、今泉監督のワークショップが面白くて。テーマや設定を渡して役者さんに即興で芝居をしてもらったのですが、芝居の途中で監督が役者さんに耳打ちをするんです。そこからまた展開が広がるんですよ。見守りつつも言葉を添えることによって物語が更に転がっていく、今泉映画の魅力を垣間見ることができました。

今泉:セリフへの意識やこだわりはめちゃくちゃあるので、原作があって、脚本家が別にいる際にも、一回持ち帰って好きに書く時間をもらっています。今回は、書いているうちに“友達”という言葉がキーになってきたので、“異性だけど友達の距離感”について考えていました。セリフを考える時間をもらえると、精度があがる自信はあります。でも、上映時間も伸びてしまうんですがね、言葉のノイズを足すので(笑)。

髭野:(笑)。『街の上で』も、最初は70~80分くらいの長編にできたらいいですよねって話をしていたんですけど、気付いたら130分になっていて。

ーーでも130分に感じないですよね。ずっと観ていられる感じがあります。

髭野:最後、129分表記にするか130分表記にするかで議論になって。正確には129分40秒くらいなんですよ。でも、“9”という数字は政治的なことを感じると(笑)。

今泉:119分という映画がいくつかあるんですけど、それはプロデューサーに「2時間以内にしてください」って言われた匂いがするので、“9”はダメなんです(笑)。

髭野:お互いに主張しましたが、今思うと130分で良かったと思います。

今泉:この映画を長く感じたという人は、もう根本から俺の映画は無理だと思います(笑)。

髭野:セミオールの時に今泉監督から「物語を繋げるだけだったら、映画という表現である必要はない」というようなことを言われたんです。例えば、青が水蓮への階段を登る時間。あのシーンは切ろうと思えば切れるし、自分も「このシーン要るんですか?」って言っていたと思うんですよ。でも今泉監督は、その時間や間は必要だし、その他の人には見えない時間が大切、と言っていて。

今泉:ストーリーだけを追うのであれば、言葉だけで良いじゃないですか。動いてる時間だけ、会話している時間だけ、展開があるところだけ紡いでいけば良いのですが、そうじゃない時間、退屈な時間、伸びている時間が大事な気がするという話をしましたね。『街の上で』は、元々が自主的なスタンスではじまったので、わがままにやらせてもらいました。結果、作品がつまらないものになったら、自分の責任でいいという意識でやっていましたし。だからすごく満足度の高い作品になりました。

画像1: cinefil連載【「つくる」ひとたち】インタビュー vol.14「その場所が在るということは、この映画の強さだと思います」映画『街の上で』今泉力哉監督×髭野純プロデューサー 対談インタビュー

ーー先ほども少しお話に出ましたが、誰も見ていないような「一人の時間」へのこだわりについてもお聞きしたいです。

今泉:今回は群像劇でもありつつも、一人の時間についての意識がいつもよりあったかもしれません。一人の時間や、相手との距離や変な行動の時間に関しては、大橋さんが脚本で入ってくださったことが大きかったと思います。例えば、映画の出演オファーがあったあと、青が部屋で自撮りをするシーン。あれは大橋さんのアイディアなんですよ。あとは、萩原みのりさん演じる高橋が、古着屋で服をうろうろ探ったふりをした上で、青に声をかけるみたいなところも、大橋さんのアイディアで。そういう一人のちょっとした時間は、大橋さんの漫画にあるエッセンスや良さなんですよね

ーーそうだったんですね。自撮りのシーンはすごい面白い視点だなと思いました。大橋さん以外のスタッフィングは、どう決めていったのでしょうか?

髭野:撮影の岩永(洋)さんと録音の根本(飛鳥)さんは、今泉監督と初期からずっと一緒に組まれているお二人だったので絶対にお願いしたくて。プロデューサーとしては迷惑をかけてばかりだったのですが、今泉監督と旧知のスタッフが多かったので、今泉監督が急に無茶なことを言ったりしても「また何か言い出したよ」みたいな感じで対応してくれたり…。

今泉:他の方だったら、怒られて現場が止まっていたと思います。未だに今回の現場は大変だったとは言われますけど(笑)。

ーーお二人は『街の上で』を撮影してから、下北沢の印象に変化はありましたか?

今泉:印象はそんなに変わってはいないです。でも、もともと生活している場所やよく行く場所で撮っているので、その後も普通に飲みに行くわけですよ。そうすると、「あっ、撮影した場所だ」とはなりますね(笑)。

髭野:なりますね(笑)。

今泉:普段映画を撮る時って、その為にセットを組んで作るんですけど、その場所って撮影と同時に消えてなくなるので、撮影後にその場所に行ってももう残っていないんですよね。だけど『街の上で』は、自分たちが生活している場所で撮っていたので、その場所に行くと今も在るんです。その場所が在るということは、この映画の強さだと思います。

ーーいつも行っているお店で撮るということも、中々できることではないですよね。

今泉:でもそっちの方がいいですよね。今回、その辺も初期の自分の映画と近いことをやらせてもらえた気がしています。セットをつくらずに撮っていくというのは、美術部や制作部がどれだけ頑張ってもできない、その場所の空気が映るんですよね。本当はそういう風に映画をつくりたいと思っているんですけど、本当に難しい。大きな作品だと、制作部がどれだけ場所を探してくれても、予算次第でできないことが多すぎて…。

髭野:『街の上で』は下北沢という街の映画だから場所を具体的にイメージして物語を築けましたが、映画は脚本ありきでロケーションを探すことが多いから、難しい問題ですね。

画像: 『街の上で』メイキング写真

『街の上で』メイキング写真

ーー『街の上で』は2019年の下北沢映画祭が初お披露目で、公開前ですが既に何度か有料上映をされていますよね。その展開方法も気になっていました。

髭野:宣伝費が潤沢でないこともあり、口コミを大事にしようという今泉監督のアイディアなんです。

今泉:『サッドティー』(13)の時がそうだったんです。小さな映画だったので、公開が決まるかどうかもわからないまま月1くらいで上映していた時、毎回チケットが即完売していたんです。「面白いらしいから観たいけど、観れない!」という話題だけが広がるみたいな状態で。

髭野:配給に関しては、その街に根付いてお客さんを育てている、ミニシアターの劇場さんを大事にしたいという気持ちがあります。ミニシアターは、支配人の方や編成の方の顔が見えますし、直接お話ができる。だから、あの人に相談すればこういう企画が出来るんじゃないかとか、劇場の方も面白がって提案をしてくれることもあるので。そうやって劇場と一緒に作品を盛り上げていくことは、映画をちゃんと届けるという意味でも大事なことだと思っています。

今泉:いろんな劇場が興味を持ってくださっているみたいなんですけど、まずは今あるところを大事にしたうえで、お互いに一番いいところをとって進めていきたいですね。

髭野:『街の上で』は観る場所によっても印象が変わりそう、というか、どこでどういう時に観たかによって感じ方が変わることもあるのが、映画館で観るという体験の魅力のひとつだと思います映画と共に色んな街に行けたらうれしいです。そして、トリウッドさんとかでずっと上映していただいて、もう自分の街ではやっていないけれど、トリウッドさんに行ったらこの日はいつもやってるから、この日めがけて行こうとか(笑)。上映を短い期間で終わらせない方法も考えていきたいです。

今泉:『街の上で』を越える映画をまたつくるには、時間がかかるんじゃないかなって思います。

髭野:しばらく越えないで欲しいですね(笑)。あと10年くらい越えないでください(笑)。

画像: 左より今泉力哉監督、髭野純プロデューサー

左より今泉力哉監督、髭野純プロデューサー

今泉 力哉
1981年生まれ、福島県出身。『たまの映画』(10)で長編監督デビュー。主な監督作に『サッドティー』(14)、『愛がなんだ』(19)、『mellow』(20)、『his』(20)など。公開待機作に本作『街の上で』と『あの頃。』(21年予定)がある。

髭野 純
1988年生まれ、東京都出身。アニメ会社勤務を経て、インディペンデント映画の配給・宣伝業務に携わりながら、フリーランスの映画プロデューサーとして活動。配給を担当した作品に『ひかりの歌』(19/杉田協士監督)、主なプロデュース作品に『太陽を掴め』(16/中村祐太郎監督)、『もみの家』(20/坂本欣弘監督)など。

画像2: cinefil連載【「つくる」ひとたち】インタビュー vol.14「その場所が在るということは、この映画の強さだと思います」映画『街の上で』今泉力哉監督×髭野純プロデューサー 対談インタビュー

映画『街の上で』近日公開

https://machinouede.com/

©『街の上で』フィルムパートナーズ

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cinefil連載【「つくる」ひとたち】

「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。時々、「つくる」ひとたち対談も。

edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

photo:岡信奈津子(Okanobu Natsuko)
宮城県出身。大学で映画を学ぶ中で写真と出会う。
取材、作品制作を中心に活動中。
https://www.nacocon.com

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