原作『屍者の帝国』(河出文庫)は伊藤計劃の第三長編小説となるはずだったが、冒頭の30ページ分を書いたところで、作者が肺癌のために34歳の若さで死亡、親交のあった円城塔が遺族の承諾を得て2012年に完成させたスチームパンクSF。

画像1: (C)Project Itoh & Toh EnJoe / THE EMPIRE OF CORPSES

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伊藤計劃は2007年に『虐殺器官』でデビューして脚光を浴び、二作目の『ハーモニー』が2010年に刊行されて第40回星雲賞、第30回日本SF大賞を受賞した。ちなみに『屍者の帝国』も第33回日本SF大賞特別賞、第44回星雲賞を受賞している。

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 ヴィクター・フランケンシュタインによって屍体の組成技術が確立され、19世紀末には屍者が労働者として産業を支える時代がやってきた。
医学生ジョン・H・ワトソンは親友フライデーとの約束により、死亡した彼を屍者化する。
この違法行為は諜報機関の知るところとなり、投獄の代わりにフランケンシュタインの手記の入手を命じられる。
手記には生者のように意思を持ち、しゃべることが出来る最初の屍者ザ・ワンの製造過程が記されていると言う。ワトソンはロシアの司祭にして屍者技術者カラマーゾフがそれを所持していると聞き、彼のいるアフガニスタンの山奥に行き、大勢の屍者軍に攻撃される。
以後、美女、英露それぞれの護衛役とともに、アフガニスタンから日本、アメリカ、そしてロンドンへと冒険の旅は続いていく。

画像3: (C)Project Itoh & Toh EnJoe / THE EMPIRE OF CORPSES

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 スチームパンクとは、SFにファンタジー、ホラーを交錯させたもので、1970年代末期に現れたSFのサブ・ジャンルである。
第一号は1978年にジェームズ・ブレイロックが発表した短編「エイペックス・ボックス・アフェア」とも、あるいはK・W・ジーターの「モーロック・ナイト」が最初という説もある。ともあれ、カリフォルニア州に住んでいたブレイロック、ジーター、そしてティム・パワーズの三人の作品によってSFの一分野としての地位を確立することになる。
名称はジーターが87年に「これからはヴィクトリア朝ファンタジーがいけるんじゃないかな。僕らがぴったりくる総称を考え出したら、そうスチームパンクのような」とSF誌の編集者に出した手紙に由来する。

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 ヴィクトリア朝という科学文明の黎明期に、SF的要素を挿入し、その意外性・時代錯誤が読者の興味をひきつける。
想像・推測するしかない未来と異なり、知識のある過去の社会を舞台に近未来的な要素を持ち込むことで、ユニークなストーリーが展開できる。有名な小説に登場する人物が特別出演するのも特徴の一つで、本作でもワトソンが名探偵シャーロック・ホームズの事件捜査に協力している場面がラストで紹介されて微笑まずにはいられない。

画像: ジョン・H・ワトソン (C)Project Itoh & Toh EnJoe / THE EMPIRE OF CORPSES

ジョン・H・ワトソン

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 もっとも、スチームパンクが広く認知されたのは21世紀に入ってからで、パワーズは「小説、映画、劇画、衣服、宝石……、あとは神のみぞ知るというくらい、広がっている」と述べている。
アニメでは大友克洋監督の「スチームボーイ」(2004)が先行しているが、同作では少年を主人公にして明るくスピーディな展開で、善と悪のせめぎあいをアクションたっぷりに描いていた。
一方、「屍者の帝国」は“人間の生と死”あるいは“人間の本質”といったテーマも織り込んで、大人向けの内容になっている。
もともとこの映画は2014年3月に伊藤計劃の三作品を連続劇場アニメ化するProject Itohが発足し、その第一作として製作されたもので、監督は牧原亮太郎。
引き続き11月13日より「虐殺器官」、12月4日より「harmony/」が公開される。

                                  北島明弘

「屍者の帝国」 WEB限定ファイナルPV

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北島明弘

長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。
大好きなSF、ミステリー関係の映画について、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。

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