『ザ・レセプショニスト』(接線員)が台湾で公開された2017年は、豊作の年であった。メガヒットと呼ばれる1億台湾ドル(約3億7千万円)超えはホラーの『紅衣小女孩2』1本のみだったが、終盤でグングン数字を伸ばした“色と欲”の裏にある人間ドラマを見事に描いた『血觀音』や、格差社会をシニカルな笑いと斬新な映像で表現した『大佛普拉斯』がロングランヒットでベスト10に食い込むなど、興味深い現象が多々あった。『目擊者 闇の中の瞳(原題:目擊者)』の成功でジャンル映画の成長も著しく、『報告老師!怪怪怪怪物!』や『盜命師』という佳作も生まれた。また、台湾は早くからLGBTを扱った数多い秀作を産んできたが、ジェンダーと原住民をからめた『アリフザ・プリン(セ)ス(原題:阿莉芙)』では、笑いと涙の中に愛と台湾人の生活が見事に浮き彫りにされている。

画像1: (C) Uncanny Films Ltd

(C) Uncanny Films Ltd

この中で、小品ながら強い印象を残したのが『ザ・レセプショニスト』だ。全台湾で12館という小さな公開規模のインディペンデントだが、海外での評価は高く各国で数々の受賞やノミネートを果たしている。先述の作品群に混じって、娼館で働く女性を演じた名女優チェン・シアンチー(陳湘琪)が金馬奨の助演女優賞にノミネートされた。主演のテレサ・デイリー(紀培慧)がノミネートに到らなかったのは、豊作ゆえの厳しさだったと言えよう。ジェニー・ルー(盧謹明)監督がクラウドファンディングで資金を集めるため、オファーからクランクインまでの8年をひたすら待っていたというテレサのこの映画にかける思いは強く、自身のターニング・ポイントとなった作品でもあるそうだ。

「私の役は受付なので、店で働く娼婦たちと距離を持っています。でも、もしかしたら自分もそちら側に行く事になるかも知れないという恐怖と、さまざまな心の変化を表現するのがとても難しかったです」

と、役作りについて当時のインタビューで語っていた。娼婦のササ役のチェン・シアンチーの演技を見た時、その役への入り方に度肝を抜かれたそうだ。エドワード・ヤン(楊德昌)監督やツァイ・ミンリャン(蔡明亮)監督作品の常連女優だけに、共演のプレッシャーも大きかっただろう。

「とっても近寄りがたかったです。きっと実際もこういうクールな方なんだろうなぁと思っていたら、クランクアップした瞬間にかわいらしいお姉さんになりました」

このギャップの衝撃、そして相当な刺激を受けて以来すっかり親しくなり、チェン・シアンチーが教鞭を執る大学の演技の授業にも参加し、先輩女優から色々アドバイスをもらったと言っていた。

画像: 監督:Jenny Lu(ジェニー・ルー)

監督:Jenny Lu(ジェニー・ルー)

監督のジェニー・ルーはロンドン芸術大学で映像制作を学び、2009年から多くの作品に関わりながら短編映画を撮り、本作が初の長編作品になる。実際にあった友人の死をきっかけにこのテーマで本作の製作をしたそうだが、アジア系の移民達の生活と人生を鋭く描き出している。移民問題という社会的な問いかけだけでなく、そこに生きる女性達の魂の叫びが、見る者の心を掴んで離さない。中国語タイトルの『接線員』は、英語と日本語タイトルの『レセプショニスト』=受付という意味だが、「線」には登場人物たちそれぞれが自分の過去や故郷を繋ぐことも表している。ティナは、ネットで見た台湾の八八水災と呼ばれる中南部と南東部に起きた台風による水害で故郷を想い、ササもまたメイクとネイルを落とし懐かしい地へ思いを馳せる。イギリス在住の監督ならではの、台湾へ寄せる思いがテムズ川のさざ波の間に間に感じられる。

画像2: (C) Uncanny Films Ltd

(C) Uncanny Films Ltd

ここ数年の台湾映画は、緊迫する社会情勢の中で“台湾アイデンティティ”を色濃く出した作品が増えている。それは急増するサスペンスやホラーなどのジャンル映画でも同じである。エドワード・ヤンや侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督らによる台湾ニューシネマから脈々と流れる、台湾映画の神髄とも言える“人間を見つめる確かな目”が若手クリエイターに継承され、海外在住のジェニー・ルー監督による『ザ・レセプショニスト』もまたこのDNAを受け継いだ。
映画コーディネーター/ライター
江口洋子

『ザ・レセプショニスト』(THE RECEPTIONIST)予告

画像: 『ザ・レセプショニスト』(THE RECEPTIONIST)予告編 www.youtube.com

『ザ・レセプショニスト』(THE RECEPTIONIST)予告編

www.youtube.com

『ザ・レセプショニスト』

監督:Jenny Lu
出演:Teresa Dailey、Josh Whitehouse、Chen Shiang Chi

2017年|イギリス・台湾 合作|102分|
配給・宣伝:ガチンコ・フィルム
配給協力:イオンエンターテイメント

10/26(土)~11/15(金)新宿K's cinema
10/25(金)~イオンシネマ板橋、名古屋茶屋、茨木

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