前田司郎さんのワークショップで出会った伊藤智之監督と、役者の田中爽一郎さんが中心となって作られた短編映画『悪魔の舞を手に入れし者』、『優しいシャツ ~カナタソウタロウの旅~』、『エモーショナルレモン ~旅立ちはいつもレモンの味がする、あなたはどんな味がする?~』が8月3日(土)より池袋シネマ・ロサにてレイトショー上映となる。『エモーショナルレモン』で田中さんと共演した中山求一郎さんに、本作への想いや、共演して感じたこと、役者を志したキッカケなどについてお聞きしました。

◆『横道世之介』に魅せられた19歳

ーー役者を目指したキッカケを教えてください。

田中爽一郎(以下、田中):簡単に言うと、大学生の時に映画『横道世之介』(13)を観たことがキッカケです。あんまり映画を観てこなかった人生だったんですけど、なんかもうすごい衝撃を受けて。

ーーどのような部分に衝撃を受けたのでしょうか?

田中:僕、特にこれといった取り柄も無かったんですけど、映画を観て「こんな自分でも良いな」って思えたんですよ。そこから横道世之介みたいになりたい、こういう映画に出たい、沖田(修一)監督の映画に出たいって思うようになったんです。映画の中のセリフで「世之介に出会えたってだけで、お前よりちょっと得してる」みたいなセリフがあるんですけど、僕はそういう風に感じてもらえる人になりたいって。

ーーなぜ作る側ではなく出る側になりたいって思ったんですか?

田中:親もあまり映画を観ない家庭だったし、友達も観る人がいなかったので映画に触れるきっかけがなくて。生粋のテレビっ子だったんです。ただドラマなので同世代の人たちが活躍している姿を観て「なんで俺が出てないんだ」みたいな気持ちになってきたんです。なぜか(笑)。

ーーもともと人前に出たり、目立つのが好きだったんですか?

田中:本当は出たいんだけど、出たいことを言えないタイプでしたね(笑)。好きな人とかも言えない、すごく恥ずかしがり屋だったので。「みんなが言ってくれるなら・・・出たい!」みたいないやらしい感じでした(笑)。

画像: 左より、中山求一郎、田中爽一郎

左より、中山求一郎、田中爽一郎

◆友達と劇団を立ち上げ、そこで初めて人とぶつかることが出来た

ーー中山さんが役者を志したのはどんなキッカケだったのでしょうか?

中山求一郎(以下、中山):僕は大学時代に、美大に通っていた高校時代の友人から「劇団を旗揚げしないか?」って誘われて、参加したのがはじまりでした。それまでは僕も、ドラマや正月映画、夏休み映画を観るくらいだったんですけど、三谷幸喜さん脚本のNHK大河ドラマ「新選組!」(04)がすごく好きだったんです。その作品には演劇の人がいっぱい出ていたので、そこからいろいろ知るようになりましたね。

ーー劇団を立ち上げてみてどんな変化がありましたか?

中山:大学ではいくつかのサークルに入ったんですけど、あまり上手に馴染めなくて続かなかったんです。でも、劇団で演技をするとなると、必然的に人と関わるじゃないですか。しかも生々しくぶつかり合ったり、喋りあったりすることもあって。中高生時代にそういう経験をあまりしてこなかった、初めて人とちゃんと関われたと感じたのが演劇だったんです。

ーーその経験が中山さんの中で芝居の方へ進んでいくキッカケに繋がったのですね。

中山:昔からあまり上手く本心とか思っていることを自分の言葉で語ることが出来なくて、半分くらい気持ちを隠しながら生きてきたんです。でも劇団で、初めてちゃんと思ったことや考えていることを口に出していけるようになって。たぶんそれが自分の中で強烈な経験だったんです。その時、集団でいることはあまり得意ではないんですけど、「人と関わるのは好きかも」って思いました。同じ時期に、2000〜2010年代の日本映画に出逢い、衝撃を受けたのも大きかったです。

ーーもともと将来なりたかった職業とかあったんですか?

中山:僕はサッカーをやっていて、すごく好きだったんですけど、あまり上手じゃなかったのもあって途中で挫折しちゃったんです。でもサッカーに関わる仕事がしたいなと思っていて、スポーツジャーナリストを目指して、大学は新聞学科に進みました。あとは父親がマスコミの仕事をしていたので、父親に対するコンプレックスみたいなのもありましたね。

画像: 中山求一郎さん

中山求一郎さん

◆「役者になる」という決意

ーーお二人とも大学生の時に「役者になろう」と決めていたのですね。

中山:僕は大学2~3年生くらいの時に、橋口亮輔監督の映画『恋人たち』(15)のワークショップオーディションを受けたんです。

ーー大学生の時だったんですね。

中山:まず自己紹介からはじめるんですけど、その時に初めて、家族へのコンプレックスとか、人と上手に関われなくてどうしたら良いのかわからないこととか、秘めていたことを素直に話すことができて、この作品との関わりを通して、初めて自分で選んでやりたいと思ったのが“役者”だということに気付けたんです。

ーー田中さんはどれくらいの時期でしたか?

田中:大学1年生の時ですね。養成所に入るために上京したので、大学も辞めたんです。

ーー大学を辞めて上京するのは、すごく大きな決断だったのではないでしょうか?

田中:自分の道を初めて自分で選んだ時でした。親に対して反抗期とかも無かったので、結果的に初めての反抗期みたいになっちゃってましたね(笑)。だから親の説得は結構大変でした。僕も高いお金を払って大学に行かせてもらっている身だったので、強く言えなくて。でも、結果的に認めてもらえて、今はすごく応援してくれています。

画像: ◆「役者になる」という決意

◆どんな人で在りたいか、どんな役者で在りたいか

ーー役者って歩んできた人生が、芝居や人柄に滲み出ている感じがします。

田中:僕は、良い人が良い芝居をするって信じてるんです。そうであって欲しいという願いでもあるんですけど。あと、誰にでも優しくありたいって思っています。でもそれが中々難しいんですよね。やっぱり人って、疲れていたり、イライラする時とかもありますし。だども、優しく在りたいんです。そういうことが、お芝居にも通づることがあると思っているので。

中山:僕は『ギルバート・グレイプ』(94)という作品が好きなんですけど、ジョニー・デップさんが演じるギルバートに、女性が「あなたの望みは何?」って聞くシーンがあるんです。そこでギルバートは「良い人になりたい」って言うんですよね。僕はその言葉に、“こう在りたい”という祈りみたいなものを感じたんです。そこに強く共感しました。技術も勿論大切だと思うんですが、何より大事なのは、やはり人柄だと思っています。いつだってそうは生きられないけど、祈るような気持ちがあります。

田中:僕もエドワード・ヤン監督の『カップルズ』(96)の話して良いですか?(笑)。

ーーどうぞ!

田中:『カップルズ』にはすごく人に騙される男性が出てくるんです。その人は奥さんからも「なんであなたそんなに騙されるの?バカじゃないの?」って言われるんですけど、その男性は「騙されるのは信じた人だけなんだよ」って言うんです。

ーー騙されることよりも、信じたいと。

田中:騙されるというのは嫌なことだけど、信じたことで騙されるということは、僕は素敵なことだと思ったんです。信じた結果騙されたのなら、僕が傷つくだけだからそれで良いかなと思っているんですよね。

画像: 田中爽一郎さん

田中爽一郎さん

◆ワークショップが出会いのキッカケになって作品が生まれる

ーー最近は、自ら動いて映画の企画をしている役者の方も多いですよね。

田中:『悪魔の舞を手に入れし者』も、はじめはそういう感じだったんです。

ーーそのはじまりの話をお聞きしたいです!

田中:監督の伊藤さんとは、前田司郎さんのワークショップで出会ったんです。伊藤さんも以前前田さんのワークショップを受けていたという繋がりもあって。不思議な雰囲気がある方だなって思っていました(笑)。

ーーそのワークショップで知り合って、仲良くなっていったのでしょうか?

田中:僕が伊藤さんに「映画を作りましょ!」って言ったんです。そうして、前田さんのワークショップに居たメンバーで映画の企画がはじまって、僕の家で撮ることになったんです。撮影は『優しいシャツ』『悪魔の舞を手に入れし者』『エモーショナルレモン』という順番でしたね。「ライフワークみたいに撮ろう!」というはじまりでした。

ーー伊藤さんに会って、「この人と一緒に何かを作りたい!」という想いが生まれたのでしょうか。

田中:そうですね。楽しんでやりたいという気持ちも大きく、「みんなでお芝居やってみようよ」という感じではじまったのが『優しいシャツ』でした。あ、勿論楽しみながらもみんな真剣ですよ(笑)。伊藤さんは、脚本の展開がすごく優れているんです。同じ場所で、全く違う3つのお話の三部作というのもあまり無いので、面白いなと思いました。

画像: ◆ワークショップが出会いのキッカケになって作品が生まれる

◆共演してみて改めて感じたお互いの印象

ーー三部作の中の『エモーショナルレモン』で、お二人は共演されたんですよね。

中山:そうですね。田中くんとは以前あるオーディションの時に相手役で一緒で、その後、今回の前田司郎さんのワークショップでまた出会ったんです。そして、撮影後も「盆栽」という小路(紘史)監督が脚本の、倉本朋幸さん(オーストラ・マコンドー)演出の舞台でも同じチームだったんです(笑)。その後も『突き射す』という映画で共演しました。

ーー実際共演をして、一緒に作品作りをしてみていかがでしたか?

田中:求さんの芝居は『恋人たち』などで観ていたので、どんな感じなんだろう?どこかカチっとしてるのかな?思っていたんですけど、すごく柔らかくて、伊藤組の世界にすっと入ってこられたのが印象的でした。それがすごいなって感じましたし、だから求められるんだろうなとも思いました。サラっとしてるけど気概がすごくて、他の人がやらないような結構すごいことをしだすんですよ(笑)。

ーー中山さんから見た田中さんはどうですか?

中山:田中くんと居ると楽しくてしょうがないです(笑)。伊藤さんもそうですけど、人を緊張させない人なんですよね。柔和だし、優しいし、人当たりも良いし。人が入っていきやすい空気を作ってくれるんです。そういう人柄に惹かれて、周りの人たちはついていってるのかなって思いますし、僕は田中くんと一緒だと安心します。

画像: ◆共演してみて改めて感じたお互いの印象

◆奇跡的に決まった劇場での上映

ーーシネマ・ロサで上映されることが決まった経緯を教えてください。

田中:はままつ映画祭で、『悪魔の舞を手に入れしもの』を上映させていただいた時に、シネマ・ロサの勝村さんが観て声をかけてくださったんです。そこから、『優しいシャツ』と『エモーショナルレモン』も観ていただいて、上映していただけることが決まりました。

ーー映画祭で上映されて、そこからのご縁だったんですね。

田中:あとは、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭でも上映していただけて。その時に審査員だった沖田修一監督がスペシャルメンション賞を『悪魔の舞を手に入れし者』にくださったんですよ。そこから作品へコメントもくださって。だから『横道世之介』がキッカケで上京して役者をしている僕にとっては「なんという奇跡・・・!」という感じです(笑)。

画像: ◆奇跡的に決まった劇場での上映

◆こういうカタチの映画があっても良い

ーー『悪魔の舞を手に入れし者』はお二人にとってどんな作品になりましたか?

中山:今まで、こういう集まった好きな人たちでゼロから作品を撮るっていうの
ことをしたことがなかったんです。『恋人たち』も『何者』(16)もワークショップオーディションでしたし、いくつかワークショップに行ってきましたが、こうやって縁が実際に作品作りに結びつくのは初めてでした。

ーー現場の楽しさは作品からすごく伝わりました。

中山:ワークショップから繋がって、伊藤さんにも出会えたし、田中くんや共演者のみんなにも出会えたし。この作品から、個性的で魅力的な人たちがこんなに沢山いるよって伝わっていくキッカケになれば良いなと思っています。

ーー素敵ですね。田中さんはどうですか?

田中:僕は、ライフワークみたいにこうやって伊藤組の皆さんと映画を撮っていけたら一番幸せなカタチなんじゃないかなって思っています。この体制で、無理をせずに、みんなで楽しんで作っていく。こういう映画のカタチもあっていいんじゃないかなって思うんです。

中山:“無理をしない”っていうワードは良いよね。伊藤さんの映画は、「気楽にいこうぜ!まあ人生は甘くないけど」って言われているような気がしているんです(笑)。

田中:僕はその感じがすごく心地よいし、他には無いなって思うんですよね。その中にも、人との別れとか、いろんなものが含まれているし、いろんな映画がある中で、僕はこういう映画があってもいいな、こういう映画こそあるべきだなって思っています。

ーー鑑賞後の帰り道、なんかちょっといい気分になるような作品ですよね。

田中:観終わったあと、ゆるく優しい気持ちになって帰ってもらえたら嬉しいですね。でも、伊藤さんの脚本の中には“パンチライン”みたいな言葉が随所にちょこちょこ含まれているので、そういう所に気付いてくれたら更に嬉しいです。あと、ちょっとカルト的な要素もある気がしているので(笑)。

画像: ◆こういうカタチの映画があっても良い

田中 爽一郎
1994年長野生まれ。愛知育ち。フリーランスで活動中。映画 『悪魔の舞を手に入れし者』(伊藤智之監督/19)がゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映。沖田修一監督によるスペシャル・メンションを受賞。他の出演作品に、舞台 倉山の試み『盆栽』(作・小路紘史、演出・倉本朋幸/19)、『ヴァニタス』(内山拓也監督/16)、TVCM「CYURICA」(17)などがあり、Filmusic in中川運河・春 内短編 『Canal try』主演(岩崎賢作監督)、『魔法少年☆ワイルドバージン』(宇賀那健一監督)、『左様なら』(石橋夕帆監督)、『ゆうなぎ』(常間地裕監督)、『the believers』(平波亘監督)、『花に問う』主演(猫目はち監督)などの公開が控えている。

中山 求一郎
1992年5月16日生まれ。埼玉県出身。『恋人たち』(橋口亮輔監督/15)で映画初出演。以降、映画『何者』(三浦大輔監督/16)、『少女邂逅』(枝優花監督/17)、『闇金ぐれんたい』(いまおかしんじ監督/18)、『らぶたんコバトン散歩でドン』(堀江貴大監督/18)、『寝ても覚めても』(濱口竜介監督/18)、『止められるか、俺たちを』(白石和彌監督/18)、『つま先だけが恋をした』(猫目はち監督/18)、『ランチボックス』(中神円監督/18)、『映画 賭ケグルイ』(英勉監督/19)、『女の機嫌の直し方』(有田駿介監督/19)、ドラマ『潤一』(北原栄治監督/19)、『カフカの東京絶望日記』(加藤拓也監督/19)『ランウェイ24』(松本花奈監督/19)、舞台『貴方なら生き残れるわ(作・演出・加藤拓也)』、『盆栽』(作・小路紘史、演出・倉本朋幸)など、数々の作品に出演。
現在、ドラマ『あなたの番です』準レギュラー出演中のほか、オムニバス企画「平成最後映画」のうちの一篇『決まった?』(小池匠監督)、『お嬢ちゃん』(二ノ宮隆太郎監督)などの公開が控えている

『悪魔の舞を手に入れし者 -四畳半三部作-』ポスター

画像: 『悪魔の舞を手に入れし者 -四畳半三部作-』ポスター

映画『悪魔の舞を手に入れし者 -四畳半三部作-』

2019年8月3日~9日池袋シネマ・ロサにてレイトショー上映

出演:田中爽一郎、大田恵里圭、今井慶、大條瑞希、森皓平、貴玖代、菅原雪、中山求一郎、服部容子、鈴政美穂

音楽:jimmerman

監督/脚本:伊藤智之

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cinefil連載【「つくる」ひとたち】

「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。時々、「つくる」ひとたち対談も。

矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。TAMA映画祭やDo it Theaterをはじめ、様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

photo:Kohe Asano

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