cinefil連載【「つくる」ひとたち】インタビューvol.5
映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』

前田哲監督×石塚慶生プロデューサー対談インタビュー

筋ジストロフィーを患いながらも風変わりな自立生活をしていた鹿野靖明さんと、鹿野さんの元に集まるボランティアの人々や家族との暮らしを描いた、笑いと涙の感動実話、映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』が2018年12月28日(金)より公開となります。

「エンターテインメント!」を合い言葉に、長年に渡って企画と脚本を練って走り続けてきた前田哲監督と、プロデューサーの石塚慶生さんに、企画が動き出すまでのお話や、脚本作りやキャスティング、映画作りで大切にしていることなどのお話をお聞きしました。

画像1: 左より 前田哲監督×石塚慶生プロデューサー

左より 前田哲監督×石塚慶生プロデューサー

『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の企画が走り出すまで

ーーまずはじめに、お二人の出会いの切っ掛けを教えてください。

前田:デビュー作の『ポッキー坂恋物語・かわいいひと』(98)の脚本家でもある、
松竹のプロデューサーだった榎望さんから「これからの若手のプロデューサー」ということで石塚さんを紹介していただいたのが最初の出会いでしたね。松竹入ってすぐの頃ですよね?

石塚:そうですね。そう考えると、ずいぶん前ですね。松竹入って15年位なんで。

ーー結構長いお付き合いなんですね。

石塚:僕が35歳くらいの時じゃないですかね。もうあっと言う間ですね(笑)。

ーー前田監督はなぜ今回の原作(企画)を石塚プロデューサーに持っていったのでしょうか?

前田:簡単に言うと、違う企画を石塚さんと進めていたんですけど、それがダメになってしまったんです。その後、石塚さんが「勝負しないとですね」って言ってくれて、企画を30本、原作を漫画でもリメイクでも良いから企画を出すことになったんです。色々相談したんですけど、最終的に
難しいってなったんです。1度目が頓挫して、そんな中、石塚さんから叱咤激励をいただきまして。

画像1: 前田哲監督

前田哲監督

ーー愛のムチ的な(笑)。

前田:逆に言うと、ちゃんとメジャーをやれる人だろうと思ってくださっていたんですよね。石塚さんが「メジャーじゃなきゃダメだ!」「ヒットするものを作らなきゃダメだ!」「人の心を鷲掴みにするものを!」「感動するものを!」って言ってたところに、「感動もの」っていう言葉がなんか引っかかったんですよね。実は「こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」の単行本が発売されたタイミングで、タイトルが面白いから買っていたんです。その単行本はどこかにいってしまったんですけど、2013年に文庫本が出たときにまた買ったんですよ。感動を売りにしている作品だと勘違いしていたので、中々手を付けられなかったんです。「もうこれは勝負だ!」と思って読んだら、「全然違うじゃん!」「鹿野靖明
すごい!」ってなって、2015年明けてから、石塚さんに「読んでください」って渡したんです。

ーー原作を読んですぐ、石塚さんに共有されていたんですね。

前田:そうです。石塚さんも読んで「これは凄い!面白い!これで行こう!」ってなったのが2015年の3月か4月かな?そこから企画が始まったという感じです。

ーー石塚さんが原作を読んで惹かれたポイントはどこだったんですか?

石塚:1番はタイトルじゃないですかね。原作が厚かったので読むのが大変だったんですけど、読み始めたら単なる難病モノでは全くなかったことに気づきました。
見事に考えがリバースしたんです。それは鹿野靖明という人間と、周りの人間たちの面白さですよね。あともう一つは90年代のお話だったので、自分の青春時代と近くて、ボランティアをやっている側の人たちに気持ちがシンクロするところがあった事も大きかったです。

脚本作りとキャラクター形成へのこだわり

ーー原作から、どうやって脚本にしていったのでしょうか。

前田:脚本は原作とは全く違います。最初に作った脚本は、原作に近い脚本でした。1年くらいかけて作ったのですが、結局、メジャーでやるには難しいという判断が出たんです。これで大泉洋は口説けないぞ、と。その後、一度仕切り直しになり「鹿野靖明という人物を映画にする」という原点に戻ろうってなったんです。それから半年くらい待って、誰に頼もうかと考えた時に、知り合いだった「ビリギャル」の橋本(裕志)さんという脚本家に連絡したという流れでしたね。

ーーストーリーもキャラクターも細かな部分までこだわりと愛を感じました。

前田:13稿、1年かけてますからね。2016年の半ばでまた再開して、そこからまた1年かけて作り始めたんです。

石塚:大泉さんを口説けるほど自身が持てる脚本にするまでは結構時間はかかりましたね。特に高畑充希さん(安堂美咲役)と三浦春馬さん(田中久役)のキャラクターは、原作の本物のボランティアの人たちから空想した別のキャラクターですし、その人たちの物語にもしたかったので、人物造形にはかなり時間をかけました。

前田:鹿野靖明は実在してましたけど、美咲と田中はフィクションですからね。

石塚:男の子と女の子をどういう性格にしていくのかというのは時間がかかりました。

前田:とはいえ、最初の設定から、石塚さんと「三角関係だよね」って話していて。

石塚:三角関係が1番面白くなるだろうなと思っていて、男二人と女一人というのはある種定番じゃないですか。『明日に向って撃て!』(69)とか『冒険者たち』(67)とか、全部そうですよね。

前田:そのフォーマットを生かして王道をいくっていうのは、最初からコンセプトとして持っていたんです。「監督が作りたいものじゃなくて、エンターテインメントで観客にちゃんと届くものにしましょうね」と。

画像1: 石塚慶生プロデューサー

石塚慶生プロデューサー

ーー鹿野さんを演じるのは「大泉洋さんしかいない」と心に決めていたとのことですが。

石塚:最初に原作を読んだ時に、もう「大泉さんですよね?」って脚本を作る前から二人で考えていました。

前田:どっちが先にとかではなくて、二人で「大泉洋!」って重なったんです。「大泉洋さんじゃなかったら暴動起きますよ」って手紙にも書きました。クレーム来ますよって。

石塚:たまたま二人とも以前仕事をしていて、またいつかお仕事をしてみたい一人だったんです。本当の鹿野さんはもう少しクールな人だったようですが、大泉さんが演じることによって、コミカルさが盛り込まれた感じはあるかもしれません。

前田:鹿野さんをそのままコピーして物真似をするわけではないので、鹿野さんの本質は変えずに、面白い映画にするためには何かということを選択していきました。迷ったら「映画として面白い方向に行きましょう!」というのは作品全体の合い言葉でもあったんです。新しい事実とか出てくると、そっちに寄っちゃうんですよね。事実って凄いし、重いから。でも「そうじゃないだろ、面白くするんだろ」って石塚さんが言い続けてくれたから、僕もブレずに進められたんです。

ーーこの作品のエンタメ感は、前田監督と石塚さんだったからなんですね。

前田:二人三脚であり、橋本さんが加わった後は三人四脚でしたね。現場に入ってからはどうしても監督は孤独になってしまうので、横で(石塚さんが)「エンターテインメントー!!」って言ってくれたのはありがたかったです。だから走りきれたところもあります。

ーー大泉さん、高畑さん、三浦さんはもちろんのこと、出てくるキャラクターが本当にみんな魅力的でした。

前田:原作に出てくる実際のボランティアの方々の立場や言葉を参考にしつつ、どういう人が鹿野の周りにいたら面白いかと、(脚本の)橋本さんと三人でいろんな案を出しながらディスカッションしてキャラクターを作っていきました。

画像1: © 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

© 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

ーーだから作品の中でそれぞれの役が生きていたんですね。

前田:役にはそれぞれプロフィールが作られているんですよ。大学生は自分探しにしようとか、美咲は夢を諦めているとか。そして、それぞれの役にちゃんと俳優さんたちが反映してくれたので、豊かな人物に育っていったんです。

石塚:原作もいろんな人がたくさん出て来て、それぞれが語っていくという構成になっています。各々がいかに鹿野さんに惹き付けられたのかっていうバックグラウンドとか。一人一人に物語があるのは、健常者と障がい者の関係性を描く上で必要なことでした。あとは悩んでいる人が(鹿野の元に)集まってくる、吸引力があるっていうプラスとマイナスの関係性も原作の面白い部分だったので。そして、いろんなキャラクターをちゃんと丁寧に描くというのが、前田監督の持ち味でもあるし、その部分の技術もすごいある方なので。

ーー確かに。『ブタがいた教室』(08)や『極道めし』(11)もそうでしたよね。

前田:役者が好きなんだと思います。今、技術とかって褒めていただきましたけど。隠れてるものを全部表に出して、観客に届くようにしてくれるのが役者の力ですからね。

画像2: © 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

© 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

映画作りで大切にしていること

ーーお二人が映画作りで大切にしてること、心掛けていることは何でしょうか?

前田:僕がいつも心掛けていることは、「役者が気持ちよく演じてくれること」ですね。ちゃんと納得して、自分の言葉として、自分の声として出してもらうということ。もちろん追い込んだりしなきゃいけない設定や場面のときもあるけれど、基本的には彼らが、気持ちよく自由に、本当に力を出すことが出来る場を作るってことが一番。だから現場でも、現場以外でも「大丈夫ですよ~!今日もいけますよ~!」って絶えず気にはしていますね。

ーーそれは役者さんにとっても、より作品に入っていきやすい素敵な環境ですね。

前田:大泉さんと電話で4時間半かけて、1ページ目から本読みをやったんです。高畑さんとも、三浦くんとも。「本当にこのセリフで良い?」「これ言える?」「こんな感じどう?」「この時の気分はどうかな?」って。一緒に映画を作っていることを感じる作業で、面白いし、4時間半というのが「こんな夜更けに電話かよ」って笑い話になるくらい。それが好きだし、僕はそこが映画作りの
醍醐味だと思います。

画像2: 石塚慶生プロデューサー

石塚慶生プロデューサー

ーー石塚さんはいかがですか?

石塚:この業界に入るまで、(映画を)卸して売る人がいるっていうのを知らなかったので、企画制作と、宣伝・営業とは両輪だなって思ったんですよね。会社という組織に入って、売りやすいもの、お客さんが求めているものを開発して、その商品(作品)をお客さんにどう届けるかっていうのも非常に大事で。今回みたいに、障がい者の映画を松竹メジャー配給で行うというのも、実はまだ誰もやってなかったけどお客さんのニーズはあるんじゃないかなと。そんな風に作品を、どう観客に届けることができるかを常に意識しています。どう予告編を作ったり、ポスターを作ったら良いのかを考えたり。

前田:僕は映画を良くすればいいだけって考えなんだけど、最終的な出口を考えなきゃいけない方だから。だからいつも伴走して「エンターテインメント!」って声をかけてくださっていたんだなって思います。

画像2: 前田哲監督

前田哲監督

この映画は「観た人の人生を変える」映画

ーーでは最後に、本作を通して伝えたいことや届けたいことを教えていただけますか?

前田:映画にはいろんな要素がいっぱい入っているので、観ていろいろ感じてもらいたいですね。映画を通して鹿野靖明を蘇らせたかったんです。鹿野靖明っていうこんなに生命力溢れる人間が居たんだよって。

石塚:受け入れられる「ファミリー映画」になれば良いなと思います。

前田:鹿野靖明はボランティアの人生を変えたんです。自分探しに来た大学生が、今は福祉の世界で頑張っていたりとか、医者になろうと思ってなかった人が医者を目指したりとか。「観た人の人生を変える」映画だと思うんです。映画としての力もあるけれど、それは、鹿野靖明という人間を描いているからで、元々は鹿野靖明のパワーなんです。生きてるうちもあれだけ影響を与えていたのに、亡くなって、映画になってからもまだ影響してるんですよ。鹿野靖明は生き続けてるんです。

石塚:自分の見方が変化するのはやっぱり映画を観る理由の一つというか。世界が豊かになるし、勇気や元気をもらえる。毎回毎回集大成のつもりで作っているんですけど、本作は監督やキャスト、スタッフ一人一人の総合力が十二分に発揮できた作品ではないでしょうか。

画像3: © 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

© 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

ーーほんとうに、老若男女幅広い人たちにお薦めしたくなる作品だなと感じました。「みんな、観て!」って。

石塚:あともう一つ嬉しかったのは、障がい者の方々が観て喜んでくれたことですね。鹿野さんのことを憧れていた方とか、本を読んでいた方が、この映画を観て「自分たちのことをちゃんと描いてくれた」って言ってくれたんですよね。それは本当に報われた気がしましたね。

ーーあと、公開時期も良いですよね。年末年始は家族と過ごしたり、地元に帰って映画を観に行く人が多いのかなと思うので。

石塚:そういう意味では、松竹映画『男はつらいよ』シリーズとかもかつては年末年始にやってましたもんね。

ーー家族に会いたくなる人もいるかもしれませんね。

前田:会いたくなると思う!

石塚:Twitterを見ていて、(試写で)観た人が「もう1回鹿野に会いたくなる」って書いてあるのがすごい嬉しかったです。

前田:僕は鹿野の人生、鹿野の生き方から希望と勇気をもらったんで、それを映画でもっと広げて届けていきたいです。

画像2: 左より 前田哲監督×石塚慶生プロデューサー

左より 前田哲監督×石塚慶生プロデューサー

前田哲監督
フリーの助監督を経て、98年に相米慎二監督のもと、CMから生まれたオムニバス映画『ポッキー坂恋物語・かわいいひと』で劇場映画デビュー。
《主な作品》『sWinG maN』(00)、『パコダテ人』(02)、『棒たおし!』(03)、『陽気なギャングが地球を回す』(06)、『ドルフィンブルー フジ、もういちど宙へ』(07)、『ブタがいた教室』(08)、『猿ロックTHE MOVIE』(09)、『極道めし』(11)、『王様とボク』(12)、
2019年春に、初のドキュメンタリー映画『ぼくの好きな先生』が公開。

石塚慶生
1969年鳥取県米子市生まれ。早稲田大学を卒業後、1992年に東北新社に入社し、テレビコマーシャルの制作に関わる。2003年に松竹に入社し、映画プロデューサーとして『一週間フレンズ。』(17)、『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』(16)、『ディストラクション・ベイビーズ』(16)、『わが母の記』(12)などを手がける。

あらすじ

札幌で暮らす鹿野靖明(大泉洋)は幼少から難病の筋ジストロフィーを患い、車いす生活。体で動かせるのは首と手だけで、介助なしでは生きられないのに病院を飛び出し、ボランティアたちと自立生活を送っていた。夜中に突然「バナナ食べたい」と言い出すワガママな彼に、医大生ボラの田中(三浦春馬)は振り回される日々。

しかも恋人の美咲(高畑充希)に一目ぼれした鹿野から、代わりに愛の告白まで頼まれる始末!最初は面食らう美咲だが、鹿野やボラたちと共に時間を過ごす内に、自分に素直になること、夢を追うことの大切さを知っていく。そんなある日、鹿野が突然倒れ、命の危機を迎えてしまう…。

画像4: © 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

© 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』予告

画像: 映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』予告 youtu.be

映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』予告

youtu.be

大泉洋

高畑充希 三浦春馬

萩原聖人 渡辺真起子 宇野祥平 韓英恵 ・ 竜雷太 綾戸智恵 / 佐藤浩市 / 原田美枝子

監督:前田哲 脚本:橋本裕志 音楽:富貴晴美 

原作:渡辺一史「こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」(文春文庫刊)

主題歌:「フラワー」ポルノグラフィティ(SMEレコーズ)

配給:松竹  
製作幹事:松竹・日本テレビ
© 2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

2018年12月28日(金)より、全国公開中

連載【「つくる」ひとたち】
「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。時々、「つくる」ひとたち対談も。

矢部紗耶香(Yabe Sayaka)

1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。TAMA映画祭やDo it Theaterをはじめ、様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティ・ブランディングなども行っている。また、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

写真:金山 寛毅
https://www.hirokikanayama.com/

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