「ゾンからのメッセージ」

 映画美学校の講師、生徒らが中心になって製作された、製作期間四年のSF仕立ての人間ドラマである。製作・脚本は「一礼してキス」「青夏 君に恋した30日」といった商業作品の監督としても知られている古澤健。彼が講師をしている映画美学校のアクターズ・コース第2期高等科修了制作作品で、2014年に映画美学校映画祭で上映されている。今回はポレポレ東中野で公開され、一般へのお披露目ということになる。映画美学校を始め、大学の映画科で学んだ若い人たちの作品を試写で見ることが少なくないが、映画はやはり一般観客に見られてなんぼである。金を払った観客の目にどう映るか、シビアな批判こそが製作サイドを育て上げるのだ。

 とある田園地帯を舞台に展開される不思議な物語で、論理性よりもさまざまな実験を試みた映像による夢想譚というべきか。
20年前、謎の現象ゾンによって外界との交流を絶たれた夢間町。
境界にそびえる壁の内側で、人々はさほど嘆くでもなく、淡々と暮らしている。向こうに行った人はいても、帰ってきた人はいないので、いったいどうなっているのか知る由もない。

画像1: ©️不写之射プロ

©️不写之射プロ

画像2: ©️不写之射プロ

©️不写之射プロ

画像3: ©️不写之射プロ

©️不写之射プロ

 枯れた林の中に女性が入っていき、地面にかぶせてあったトタン板をはぐと、穴があり、中は砂嵐のようになっている。中にビール瓶を落とすと、なぜか上からそのビール瓶が落ちてくる。
こうした奇妙な現象がその後もいろいろ描かれるのだが、理由が解明されることはない。
一歩少年が「この先ゾン危険」と書かれた警告を無視して廃屋に入っていくと、奥の方からVHSテープが飛んでくる。ゾンからのメッセージなのか? ビデオテープの存在も知らない世代らしく、ようやく探し出したプレイヤーで再生しても砂嵐状態だ。
人々はBAR湯に集まり、よもやま話をし、その会話から我々の世界と似ているが、違うところの方が多い世界の様子が垣間見える。やがて、一歩と幼馴染の麗実は思い切ってゾンの方へ入り込み、電車に乗って生まれて初めて海を見たりする。

画像4: ©️不写之射プロ

©️不写之射プロ

 監督は鈴木卓嗣。鈴木監督は2010年に「ゲゲゲの女房」というメジャー作品を手掛けているが、2013年には映画美学校アクターズ・コース第1期高等科実習作品「ジョギング渡り鳥」も演出している。この作品には宇宙人が登場するのでSF作品と言えるのだが、稚拙な特殊効果にあきれつつも、不思議なドラマ世界、手作り感に魅せられたものだった。
BAR 湯のママに律子、店員晶に飯野舞耶、「ゾン以後世代」の羽佐間一歩に高橋隆大、安藤麗実に長尾理世が扮している。

 試写後に古澤氏と話をしたが、時間の余裕がなくてじっくり聞けなかったので、後日、メールで質問を送り、いただいた返事を以下に紹介しよう。

会場であった古澤健氏

Q 映画の製作意図は? なぜゾンという現象を大前提にしてストーリーを構築されたのでしょうか?

「越境」というテーマが最初にありました。若い俳優たち(俳優志望者たち)と一緒に映画を作る、というのが企画の前提としてあったので、彼らがなにかを乗り越えるイメージを作ろうと思いました。そこからスタートして、僕自身のテーマがありました。
当初(いまでもですが)興味があったのは、カメラの前と後ろ(俳優とスタッフ)の関係性とその越境でした。ですので、念頭にあったのはバックステージものであったり、映画の撮影現場を題材にしたフェイクドキュメンタリーでした。ですので、最初は鈴木卓爾監督には「劇中劇」を演出していただくつもりで、「ゾン」の台本を渡しました。
 入れ子構造、というわけではないのですが、上記のようなテーマがあったので、劇中劇であるフィクションの「ゾンからのメッセージ」にも「越境」のテーマを含ませました。そのときに念頭にあったのは2本の映画です。1本はタルコフスキーの「ストーカー」、もう1本はデニス・ホッパーの「ラストムービー」でした。前者からは「ゾーン」という概念(と、その言葉の響き)を、後者からは映画が壊れていく様を、受け取りました。

Q初のプロデューサーということですが、監督業との違いはなんですか。なぜプロデュースをしようとされたのですか。監督とのかかわりについても、エピソードがありましたら、教えてください。

 監督業をしているときには、作品世界をどう実現するか、という一点にのみゴールを設定しています(非常に単純化した言い方ですが)。今回プロデュースをしてみて痛感したのは、その作品世界をどう観客に届けるか、というさらに広い視点を持つことがプロデューサーには必要だ、ということでした。監督が作り上げる世界観とは別に、作品に新しい「顔」や「声」(キービジュアルやキャッチコピー)を与えることが必要で、今にして思えば、それを踏まえて監督の撮ってくるものに対して注文をつける、というのもプロデューサーの仕事なのかもしれません。
まあしかし、自主映画であれば、そこは後付けのほうがいいのかな、とも思います。まずは監督にのびのびやってもらうことが、僕自身監督ですので、望ましいことだと考えていました。

 なぜプロデュースをしようか、ということについては、僕自身の監督としての脚本への向き合い方と関係があると思います。僕はもともと自分で脚本を書き、監督をする、というスタイルをとっていました。その後、自然の流れで、他人が書いた脚本を演出する機会に恵まれました。そのときに痛感したのは、自分でホンを書くとわかったつもりになってしまう、ということでした。どんなに他人の意見に耳を傾けようと意識しても、どこかで自分のホンの最大の理解者は自分である、という驕りが出てしまう、と感じました。逆に他人のホンであれば、謙虚な姿勢で、最後の最後まで探究心を失わずにいられる。おそらくそういう関係性が、僕には必要なのだと、近年は考えています。
 ですので、「ゾンからのメッセージ」は僕が脚本を書く、というところから出発したので、自然と他人に任せたい、という気持ちになり、そこから鈴木卓爾監督へ託す、という考えになりました。
あまり大げさに「プロデューサーをする!」と意識したわけではないのですが、自分のホンだからこそわかったつもりにならない人に監督してほしい、と思っていた、ということです。

 鈴木卓爾監督とは、実は20年ほど前に、PFFの出品者と一時審査員という関係性で出会っています。その後、僕の自主映画「怯える」に主演していただき、というような感じで、ずっとべったりとした付き合いではないですが、ゆるやかに付き合いが続いていました。僕とは演出の仕方がまったく違う方で、僕自身はエンターテインメントとして画面をコントロールしがちな監督であるのに対して、 鈴木監督はフレームの作り方や舞台の作り方が非常に緩やかで、対象というより世界と向き合っている感じがします。画面の中で同時多発に、物語と一見無関係な出来事が起きてしまう、という感じでしょうか。そのあたりに期待した、というところはありました。そして結果として僕の想像以上の作品ができあがったと同時に、脚本を書いた僕自身が「これは僕が書いたキャラクターたちの物語だ」と実感できる手応えがありました。
 製作の期間中、まあ今回は非常に長かったわけですが、喧嘩などすることもなく、和やかな関係を維持していました。完成の打ち上げのときには、思わず20年を振り返ってお互いに涙ぐんだりもしました。これだけの大きい規模の作業が初めてで、そして手応えとしては大きなものを感じたので。

Q 製作日数、ロケ地は?

 脚本開発に3ヶ月ほど(2013年の秋)、撮影日数はのべ10日と少し(深谷と三浦での撮影は2014年の4月、その後2015年の初頭に追加撮影がありました)。メインのロケ地は埼玉県深谷市。ここは鈴木監督が「ゲゲゲの女房」でロケして以来、深い関係になっており、「ジョギング渡り鳥」「駄洒落が目に沁みる」なども深谷で撮影されています。
ラストの海のシーンは三浦半島で撮影されました。追加撮影は都内の井の頭線沿線で撮影されました。

Q 2014年に映画美学校映画祭で上映されていますが、この作品との違いは?

 映画美学校映画祭のときには、合成が未完成でした。というか、そのときには編集ソフトで仮に合成したもので、合成というよりは単にシネカリ映像をハーフで透かして上に乗せた、という程度のものでした。またそのときのバージョンでは、当初のバックステージものにしよう、という狙いが中途半端に残っており、メイキング映像などもかなりの分量で含まれていました。ですので、現行のバージョンよりもずっと「ゾン」の世界に入り込むのが難しい印象でした。それらの改善を目指して、追加撮影や本格的な合成(After Effectsの導入)、ドキュメンタリーパートの使い方の見直し、などがありました。
 

北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。

『ゾンからのメッセージ』予告編

画像: 8月11日公開『ゾンからのメッセージ』予告編 youtu.be

8月11日公開『ゾンからのメッセージ』予告編

youtu.be

[STORY]
20年前から謎の現象「ゾン」に囲まれ、誰もその外へ出られなくなってしまった町、 夢問町。
常本道子が住み込みの店員・狩野晶と営む飲食店「BAR 湯」には、夢問町でワークショップを主催する二宮賢治や、ゾンに囲まれた世界しか知らない世代の羽佐間一歩と安藤麗実ら、街の住人達が立ち寄り、日々さまざまな人間模様が繰り広げられている。
ある日、町の境界線に住む永礼貫太郎の家へ、ゾンから VHS テープが飛来した。
一歩は「これは何らかの、ゾンからのメッセージに違いない」と、ゾンの向こう側へと興味を持ち始めのだが……。
不条理なフレーム設定を縦軸に、境界の向こう側の世界への不安や願望に揺れる 6 人を横軸に描かれる、群像SF劇。

出演:高橋隆大 長尾理世 石丸将吾 唐鎌将仁 飯野舞耶 律子/古川博巳 山内健司(青年団)

監督:鈴木卓爾
脚本・プロデューサー:古澤健
撮影:中瀬慧 音響:川口陽一 照明:玉川直人 編集:浜田みちる 鈴木卓爾
音楽:澁谷浩次(yumbo) 撮影助手:大橋俊哉 制作担当:五十嵐皓子 大城亜寿馬 助監督:石川貴雄
監督助手:磯谷渚 本田雅英
現場ドキュメント撮影:深田晃司 星野洋行
ロケーションマネージメント:強瀬誠
予告編ディレクター:内藤瑛亮
製作・配給・宣伝:不写之射プロ

8/11よりポレポレ東中野にて公開!

This article is a sponsored article by
''.