コングシへ

 今回は、ブルキナファソの首都ワガドゥグから北に100kmほどまっすぐ北上したところにあるコングシというエリアの村落を訪れたときの話。相変わらず乾燥がすごいので、水分補給を忘れないように、大量の水を買い込んで車に積んで、小腹が空いたら道沿いに並んでいる小売店で、元フランス領の名残りを感じさせるフランスパンを購入し、車中で頬張る。そうこうしながら、ようやく昼過ぎにコングシに到着しました。
 また今年もブルキナ渡航を計画しているところですが、とりあえず今回でブルキナの話は最後です。おなじみの人類学者 清水貴夫さん※1と農学者 宮嵜英寿さん※2と一緒です。

画像: 買い込んだ大量の水を運ぶドライバーのアブドゥルさん

買い込んだ大量の水を運ぶドライバーのアブドゥルさん

画像: 幹線道路を100kmほどまっすぐ北上する

幹線道路を100kmほどまっすぐ北上する

画像: コングシ2日目の朝食。バターをたっぷり挟んだフランスパンに、コーヒーのネスカフェ なぜかブルキナでは、コーヒーのことを「ネスカフェ」と称する

コングシ2日目の朝食。バターをたっぷり挟んだフランスパンに、コーヒーのネスカフェ
なぜかブルキナでは、コーヒーのことを「ネスカフェ」と称する

博識で村人に慕われてるチルメンガさん

 今回は、3日間に渡って清水さんの旧友チルメンガさんの暮らす村落を訪れました。この村は、ワガドゥグとも前回のカッセーナともまた雰囲気が違い、外部者の訪問にとても慣れているようでした。
 車で土手沿いを走っていると、土手下の木陰で休んでいるおじさん・おばさんと子どもたちに遭遇、ささっと土手を駆け上がってくるおじさんがひとりいて、車の窓から笑顔で手を差し入れてくる。このおじさんがチルメンガさんでした。
 実は、チルメンガさんの名前はあだ名で、本名はジュリアン・サワドゴさんです。「チルメンガ」とは、ブルキナファソ最大民族のモシの言葉で「伝統医」の意味だそう※3。滞在中には、畑や家畜をたくさん持っている、お酒なんかも作る篤農家のような方だと思っていたのですが、あとから清水さんに聞いたところ、チルメンガさんは薬草師でもあるそうです。だから「伝統医」というあだ名がついていたんですね。

画像1: チルメンガさん

チルメンガさん

画像2: チルメンガさん

チルメンガさん

西アフリカの酒、チャパロ

 チルメンガさんの暮らす村落訪問の目的は、前回訪問したカッセーナでも登場していた発酵食品であるチャパロやスンバラの聞き取り調査です。チャパロはモロコシなどの穀物でできたお酒で、スンバラはざっくり言うと西アフリカの納豆です。
 初日は、清水さんが前回コングシを訪問してから約1年が経つということで、まずはゆるりと食事などの歓待を受けました。食事をいただいているあいだも、ニワトリやホロホロ鳥がその辺をずっとうろついていて、妙に近い距離で鳴き声が響いていたり、カメラを向けると威嚇して吠えちぎる犬もいました。ウマに、ヤギ、ブタなどの家畜もたくさんいました。
 土手沿いの村人が集まる木陰の近くに、電信柱と電線が見えていたので、おそらく村の近くまでは電気が来ていると思うのですが、携帯の充電は太陽光電池でしてるのかな?訪問中もたびたびチルメンガさんの携帯のピロピロした電子音が、コケコケしている家畜の声に混じって鳴り響いていました。ついでに、誰が聞いているというわけではなかったのですが、ラジオからニュースや音楽も流れてました。

画像: チルメンガさんが飼っているたくさんの家畜

チルメンガさんが飼っているたくさんの家畜

画像: 植物をニワトリから守る網カゴ?

植物をニワトリから守る網カゴ?

画像: 聞き取り調査のあいまの雑談

聞き取り調査のあいまの雑談

画像: ラジオからはニュースや音楽が流れている

ラジオからはニュースや音楽が流れている

 で、歓待と言えばここではチャパロ、真っ昼間でもチャパロです。巨大なひょうたんの器になみなみと注がれるこのチャパロというお酒、ワガドゥグのレストランの水をそのまま飲んでも腹を壊さないというツワモノ清水さんでも腹を下すという代物(普通は新しいペットボトルを注文します)、僕などがまともに飲んで腹をこわしたら撮影どころではなってしまう・・。
 とはいえ歓待の酒を断るのは礼儀に反する、ということで恐る恐る、でもにこやかにチャパロをひと口いただくと、思った以上に飲みやすい印象で、さほどアルコールを感じない雑味の多い甘いビールみたいな感じでした。

画像: ひょうたんの中に注がれたチャパロを回し飲み

ひょうたんの中に注がれたチャパロを回し飲み

画像: チャパロを飲む宮嵜さん

チャパロを飲む宮嵜さん

画像: おいしそう

おいしそう

ざっくりと、チャパロの作り方

画像: チャパロの製造過程を聞き取り中

チャパロの製造過程を聞き取り中

画像: チャパロの製造工程などをメモする清水さん

チャパロの製造工程などをメモする清水さん

画像: もろこし(赤ソルガム)の穀物片

もろこし(赤ソルガム)の穀物片

画像: 濾過したあとの液体

濾過したあとの液体

画像: これを釜に戻して、酵母を入れて煮立てるとチャパロが完成

これを釜に戻して、酵母を入れて煮立てるとチャパロが完成

現地の人々を生き生きとさせる清水さん

画像: 村人のたまり場

村人のたまり場

 訪問した3日間、畑などを見せてもらいましたが、チルメンガさんだけでなく、彼の家族や近所の人たちも、特に農作業などを行っているわけではなく、昼間から割とのんびり過ごしていました。乾季の日中は暑さと乾燥で作業するには過酷すぎるからなのか、はたまた我々珍客を招き入れるための特別な日だったからなのか。もしかすると、すでに早朝から一仕事済ませていたのかもしれません。
 医者だと呼称されるくらいなので、チルメンガさんはもとより、村人たちも真っ昼間から酒をたしなんではいるけど、退廃的な雰囲気はかけらもなく、燦々とした太陽のもと、孤独とは縁遠い牧歌的な団らんを楽しんでました。

画像: 現地の人々を生き生きとさせる清水さん
画像: 老若男女問わず、みんなでのんびり過ごす

老若男女問わず、みんなでのんびり過ごす

 で、そんなのんびりした時間の中、聞き取り調査もゆるりと進められます。食事をいただきながら、チャパロを飲み、ときには村人たちと楽しく雑談したりして過ごす。(こんなことを書いたら怒られるかもしれませんが、)酒豪の清水さんにいたっては、酒の席をよく心得たもので、僕がずうっとカメラで追いかけているのを知りながら、優雅な時間を存分に堪能すべく、ひとりウトウトしてたりもしました(笑)。ワガドゥグでクルアーン学校に向かうバイクでもウトウトしてましたし、他にもその辺で拾ったボロボロのタクシーの車中でもユラユラ揺らめいてました。

画像: 優雅な時間を堪能する清水さん

優雅な時間を堪能する清水さん

 なんでわざわざこんなことを書いているかと言うと、カメラにも怖気づくことのない清水さん、そんな風に泰然自若としているから、彼と関わる現地の人たちもとてもリラックスして生き生きしてるんですよね。
 だから、今回のチルメンガさんも、ワガドゥグで登場したラミンさんや屋台のおばちゃんも、ドライバーのアブドゥルさんも、他にも今回の連載では紹介できてない人物がたくさんいましたが、清水さんと一緒にいると、カメラを介しても彼らの「顔」が引き立って見えてくるんです。なので、撮ってる側も楽しいですね。

画像: 清水さん

清水さん

酒と夜とイメージの力

 優雅な酒の時間というものには、きっと「夜」がつきものなんじゃなかろうか?と酒もロクに飲めない僕が語るのもおかしな話だけど、日本から遠く離れたアフリカの大地に降り立つと、まるで地球の裏側にでも降り立った気分になって、真っ昼間のささやかな宴にも「夜」が香ってきそうな気がしないでもない。
 コングシでは、ことさらに取り上げるような出来事は何もなかったんだけど、一日の終わりが延々間延びしたような時間の流れをウツラウツラと漂うのはなかなか心地の良いものだな、と書きたくなるようなうつろいがそこには感じられたんですね。
 ビビってチャパロのひとつも嘗められないくせに、なんとなく酒の香る雰囲気だけは大好きで、チャパロと優雅な時間を過ごしたことで体内に耽美なほろ酔いが浸透したのか、数日間のコングシ滞在からワガドゥグに戻ったある日のこと。旅の疲れと気怠さと、黄砂で黄ばんだ思い出と、なんだか感傷的な気分で孤独を頬張るホテルの宵でひとり。

画像: 絵画のある部屋

絵画のある部屋

 部屋の壁をふと見ると、昨日おそるおそる口をつけたチャパロが注がれていた、ひょうたんを抱えた女の絵が壁面に飾られている。その絵画はチェックインのときからもずっとそこにありながら、今のいままで僕の視界にも意識にも入り込んでくることはなかった。
 でも、チルメンガさんらと優雅な時間を過ごしたあとだからなのか、おそらくブルキナ各地でたくさん描かれているであろう風の絵画に心をいっとき奪われる。
 僕は野暮なことに、その絵画を写真におさめたのだけれども、帰国後、時間がたつとその絵が僕の心を惹きつけたものは、思った以上にすっかりはぎ落ちて薄れてました。どうやらイメージの力は、その土地の風土と無関係ではなさそうです。

画像: チャパロのモニュメント

チャパロのモニュメント

 以上、ブルキナファソのコングシでの出来事でした。次回は、タンザニアを訪れたときのことを書こうかと思っています。その前にブルキナでの映画製作についても触れるかも。

---
※1 清水貴夫さんの専門は、文化人類学・アフリカ地域研究。総合地球環境学研究所・外来研究員、一般財団法人 地球・人間環境フォーラム・フェロー。アフリカの都市社会で進む「近代化」が、ムスリム師弟の成育過程に及ぼす影響について研究されてます。最近、清水貴夫・亀井伸孝編『子どもたちの生きるアフリカ: 伝統と開発がせめぎあう大地で』(昭和堂、2017年)を出版。
清水さんのウェブサイトは、http://shimizujbfa.wixsite.com/shimizupage

※2 宮嵜英寿さんの専門は、境界農学、環境土壌学。一般財団法人 地球・人間環境フォーラム フェロー、国立民族学博物館 外来研究員、宝塚大学 非常勤講師、タミル・ナードゥ農業大学 外来研究員。京都大学大学院農学研究科博士後期課程単位取得退学(2007年)。現在は、インドやブルキナファソにて家畜糞を介した牧農共存のあり方に関する研究などを行っているそうです。
宮嵜さんのウェブサイトは、http://miyahide.wixsite.com/2016

※3 清水貴夫「アフリカの知恵と私たちが今すべきこと」, 田中樹編『フィールドで出会う 風と人と土』, 総合地球環境学研究所. pp.20-23, 2017年

澤崎賢一
1978年生まれ、京都在住。アーティスト/映像作家。一般社団法人リビング・モンタージュ代表理事。現代美術作品や映画を作っています。近年は、主にヨーロッパ・アジア・アフリカで、研究者や専門家たちのフィールド調査に同行し、彼らの視点を介して、多様な暮らしのあり方を記録した映像作品を制作しています。現在、撮影した映像素材を活かした新しいプロジェクト「暮らしのモンタージュ」を準備中。
初監督作品であるフランスの庭師ジル・クレマンの活動を記録した長編映画《動いている庭》は、劇場公開映画として「第8回恵比寿映像祭」(恵比寿ガーデンシネマ、2016年)にて初公開され、その後も現在に至るまで、立誠シネマ(京都、2017年)、第七藝術劇場(大阪、2017年)、神戸アートビレッジセンター(神戸、2018年)で劇場公開、アート・フェスティバル Lieux Mouvants(フランス、2017年)などでも上映されました。

・映画《動いている庭》上映情報
 ・深谷シネマ 〒366-0825 埼玉県深谷市深谷町9-12
  期間:2018年9月9日(日)-15日(土) ※毎週火曜休館 ※時間未定
 ・ほとり座 〒930-0044 富山市中央通り1-2-14 三笠ビル2F
  期間:2018年9月29日(土)-10月5日(金) ※時間未定
・映画《動いている庭》公式サイト:http://garden-in-movement.com/

・旅先の写真をインスタにアップしています。
 Instagram:https://www.instagram.com/kenichi_sawazaki/
・個人サイト:http://texsite.net/
・映像制作・記事執筆など、お仕事のご依頼なんなりと
 texsite1206(アットマーク)gmail.com

This article is a sponsored article by
''.