不倫は文化?

睡蓮 今回のテーマは悪女と愛欲です。『失楽園』からいきましょうか。原作は渡辺淳一さんで、日本経済新聞で連載していた小説です。

森下 こういう言い方は失礼だけど、まずは「ああ、流行ったよねえ」という印象なんだよなあ。

『失楽園』あらすじ
出版社に勤める編集者・久木祥一郎は、ある日編集の第一線から閑職の調査室配属を命じられた。仕事への意欲を失った久木の前に、友人・衣川が勤めるカルチャーセンターで書道の講師をしている松原凛子という美しい人妻が現れる。彼女に心惹かれた久木は、既婚者という立場でありながら凜子に思いを伝え続け、やがて恋仲となる。逢瀬を重ねる2人の関係は、やがて互いの家族にも知られてしまうが……。

睡蓮 97年は『もののけ姫』や『モスラ』や『ドラえもん』観て喜んでたけど『失楽園』は当時観なかったなぁ。まあ10歳だったしR−15指定だからダメか。とはいえ、後で観たときの正直な感想はなぜ流行ったのだろうという感じでしたけどね。森田芳光監督なら『家族ゲーム』『メイン・テーマ』の方がずっと好き。

森下 元宝塚歌劇団月組トップ娘役の黒木さんは、1986年に渡辺淳一著『化身』でヌードになったときに「宝塚の名が汚れる」って騒がれたくらい人気があって、『失楽園』はその10年後の出演なのね。役所広司さんの方は『Shall we ダンス?』のヒット後だったし、テーマは不倫、濡れ場も満載、下世話な話、どうやったって話題にはなるよな……というのがわたしの見解。

睡蓮 石田純一さんの「不倫は文化」発言が96年か。なんか今思うとほのぼのした時代ですよね。誰か忘れちゃったけど、朝に新聞でこの連載を読むのが楽しみだったと言ってる知り合いがいたなあ。本当に割とそんな感じだったんでしょうね。

森下 全国の働くお父さん達は期待と興奮しながら新聞読んでたと思うよ。映画の方は、男女の純愛を提示しつつも、トレンディドラマの空気が漂ってたのが気になったけど。

睡蓮 今観ると妙な古っぽさを感じてしまいました。

森下 妻と娘のいる敏腕編集者が、美人の人妻に恋して綺麗に死にゆく話だからなあ。「永遠」とかそういう言葉がチラつきそうな。

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睡蓮 なんだかやたら美化してる感じが鼻についてしまって……。黒木瞳さん演じる凛子は「楷書の君」と呼ばれていて、「清楚っぽいのにエロイ」「奥ゆかしい喋り方」みたいな、男の理想を凝縮したかのような女性でしたけど、完全にファンタジー。

森下 凛子が医者の夫に丁寧過ぎる言葉遣いで接してるところで、「えー」って引いちゃった。江戸時代の将軍の妻じゃないんだから、って。

睡蓮 ほんと、このヒロインはどこに自分があるんだろうと思いました。ドラマで流行って映画にもなった上戸彩さん主演の『昼顔』が最近受け容れられたのは、斎藤工さん演じる不倫相手の教師が割とフェミニンな雰囲気だったっていうのは大きいと思う。

森下 そうだね。公開から20年以上が過ぎて、世の中の価値観がずいぶん変わってしまったのもあって、疑問だらけなのよ。

睡蓮 最初のプチ不倫旅行で薪能を観に行きますよね。「これがワンランク上の大人のデートだ」って雑誌の特集風でなんか面白いんですけどね。まあ、観ている男性は役所さんに自分を重ねてアバンチュールを楽しんでいたんだろうな。

森下 そういう人も多かっただろうし、逆に、役所さんのような色気のある男性にいっぺんでもいいから誘われてみたいわぁって、鼻息荒くしていたご婦人方も山ほどいたと思う。ドキドキするって楽しいじゃない?わたしもそうだし。

睡蓮 ドキドキはしたいんだけど、なんか違うというか。役所さんはカッコいい人ですけど、映画のあのキャラクターにはちょっと惚れないかな。それにすごく嫌だなと思う部分があったんですよ。

森下 どこだろう?

睡蓮 この「純愛」物語は、精神だけでなく肉体も強烈に惹かれ合っていくわけで、当然セックス描写が多いですよね。その流れで久木が凛子の肉体を賛美する描写があるんですけど、服の上から股間にそっと触れて「君のここが素晴らしい」みたいに言うんです。

森下 あったね(笑)「君のあそこは最高だ」的セリフって官能小説なら当たり前だけど、映像で見ると「キ、キザーーー」ってズッコケた。笑うところだよね?

睡蓮 あれがぞわーっとして、ドン引きしちゃったんですね。どんな好きな人でも、あんなことされたら気持ち悪い。なんだか全身でセクハラを受けてるような気分になりましたよ。凛子はこっちが嫌だと思う言動をにこにこ受け止めてるわけだから、それもまた気持ち悪い。

画像: japaneseclass.jp
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森下 でもね、凛子自体は悪女ではない気がした。悪い女じゃなくて、「か弱い女」の方がしっくりくる。

睡蓮 確かに悪女としてはパンチが弱い。いつも言いなりだし、一歩下がって男の人について行くって感じだし。

森下 1997年にはまだ「可憐」「古風」「貞淑」は美徳だったから……。

睡蓮 悪女的な要素満載なのに、凛子が悪女に見えないのはなぜなんだろう?って考えちゃうんですね。そこがこの映画を好きになれない理由かもしれない。前は「あんまり好きじゃないなー」なんてぼんやりしていたのが、今は「凛子のどの辺が気に食わないか」がよりはっきりと見えるというか。30代になった今、女に生まれてたことに意見を持つようにもなったから、言葉が辛辣かもしれないけど……。

森下 凛子は本当に受け身に徹してるもんね。不倫する前は、深く愛してない夫や自分を縛る実母に従順で、不倫関係になったら今度は久木に対して従順な態度を取り始めるでしょう。恋すると人はのぼせ上がってバカみたいなこともしがちなんだけど。でも、久木にどうしてもとせがまれて義父の葬式のあとに会いに行くのには、ダイジョウブかよ、この人……って思った。

睡蓮 ちなみに、凛子の母親は娘の不倫を知って「みだらで可哀想」なんて言葉を吐きますよね。自分には夫に出て行かれた過去があるから。

森下 うーん。親というか、しがらみになってたよね。

睡蓮 「そんな子に育てた覚えはない!」って激高するならまだわかるけど、「可哀想」って言い方の陰湿さに「うわー」ってなりましたね。娘を惨めなものとして扱うような。凛子のセリフにはあまりグッとこなかった分、逆に「みだらで可哀想」発言が際立って、これは本当に極悪ですよ。

森下 その言葉は最悪だけど、凛子の母親みたいな保守的な人はいっぱいいる。わたしの叔母さんがまさにそう。家のことは女がやるべき、給料の安定している夫なら人生安泰、女がセックスの話をするのは下品、とか。もし凛子に子供がいて、久木に出会ってなかったり口説かれてなかったら、自分の母親と同じく「不倫なんてみだらな女のすること」って言うような人になってたかもしれないよ。だから凛子にしろ母親にしろ、リアルな人物像として成立してるんだけど、時代を越えられない退屈さはあったかな……。

睡蓮 それから会社のメンバーで鍋を食べているとき「誰が一番モテそうか」みたいなどうでもいい話していて、女子社員に「女性の意見を聞いてみよう」と聞くシーンとか、すごい感覚がおじさんぽいって思った。まあ、リアルといえばリアルですけどね。ただ、女を描いているようで描いてないとも言えます。悪女映画にはやっぱり女性をちゃんと描くということが必要で、それなのに細かいところにいちいち突っ込まざるを得なかった。ラストも正直、死ななくてもいいんじゃないの?って。こう言っちゃうと身もふたもないけど。

森下 死でしか成立しない恋愛、というわけでもなかったもんね。

睡蓮 最高な瞬間に死にたかったんだろうけど、あまりに虚構の物語に依存しすぎというか。心中なんてズルいですよ。

森下 今や「心中」は死語化してるし、凛子も「男性の妄想が生んだ女性」にした方がいいのかも……。

睡蓮 もう、全部が久木の妄想だったことにしませんか?凛子なんて美しい人妻も存在しない上に、仕事がなくて妻に離婚を突き付けられたのち、ひっそり自殺した男の話。そっちの方が断然面白い。

森下 悲惨(笑)その孤独さ、惨めさの方が、心中よりもドラマティックで今の時代にピタっとはまったかもしれないね。

睡蓮 そうですよ!ラストシーンが久木という男たったひとりのショットだったら、わたし、すごく感動してたと思う。ロマンポランスキーに撮ってほしい。

画像: 失楽園 youtu.be

失楽園

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チャーミングな悪女にしてくれる男

森下 不倫と心中の『失楽園』に対して、『愛のコリーダ』は不倫と殺人がテーマだね。

睡蓮 『失楽園』のなかでも久木が阿部定のこと調べていましたね。『愛のコリーダ』は昔からずっと好きで、好きな邦画ベスト10には絶対入る。しかし何でこんなに名作なんでしょうね。

『愛のコリーダ』あらすじ
昭和11年。東京中野の料亭「吉田屋」に女中として働いている阿部定(松田暎子)は、主人・吉蔵(藤竜也)に一目惚れしてしまう。吉蔵もまた女郎上がりの定に興味を持ち、2人は吉田屋の中で密会を続けるようになる。吉蔵の妻・トクに関係を知られた翌日、駆け落ちを決行した定と吉蔵。待合の一室に入り浸って酒を飲み、芸者をよびつつ、昼も夜も関係なく貪るように体を求め合うのであった。

森下 恋愛と死、なによりも性に対して気取ってないからじゃないかなあ。なんにもカッコつけてない。だから阿部定は底抜けに切なかったし、死んだ吉蔵は尊かった。

睡蓮 藤竜也さんと松田暎子さん、素晴らしいですよね。役者の表現する細かい心理、ふとしたことから読み取れるセリフもいい。最初観たときは阿部定の恋愛を理想だなと、これくらい惹かれ合ってみたいなって観てました。

森下 そうだね。吉蔵はヒモで女たらしだけど女心を丸ごと呑みこんでくれて、あれは泣ける。

睡蓮 定が子供みたいにわーっと取り乱しても、吉蔵が大きな懐を広げて待っててくれるじゃないですか。本当にイイ男なんですよ。大好き。

森下 こんなに重たい女を相手してるのに、イライラしたり、殴りかかってきたり一切しないもん。DV要素がない男性はわたしも大好き。

睡蓮 藤竜也さんが本当に色っぽいんですよねぇ。この人に抱かれたいと思う定の気持ちもわかるなぁ。定はそれまでも多くの男たちと関係があったし、この時も主人がいたけど、利害関係とか超えて吉蔵一色になってしまったんですね。

森下 定が雑巾がけしてる時、着物に手を突っ込んで「おまえがどういう事情で女中をやってるのか知ってるぞ」ってチラっと言ってたね。定に夫がいても全然気にしない吉蔵(笑)

睡蓮 ちなみに急に定の着物に手を突っ込んできても、あれはセクハラじゃないです!あと、最初の方で包丁振り回している定の手を取って「可愛い手だな」っていうとことか、すごくいい。

森下 えー!『失楽園』の久木のことはセクハラセクハラ言ってたのにー。

睡蓮 いや、だって……。吉蔵には心を持って行かれますよ。

森下 まあねえ……あれだけ余裕を持った男性も珍しいよね。

睡蓮 定も吉蔵と恋仲になってどんどん魅力的になっていくじゃないですか。

森下 そー、確かに。久々に観返したら松田暎子さんがかなり美人に見えたのね。20代の頃は顔の造形だけを見て美人かどうか判断してたんだろうな。30後半になったら、阿部定の顔が整っているかいないかよりも、彼女の退廃的な雰囲気や気の強さを含めた人間味の方が重要になってた。

睡蓮 作品数少ないけどいい女優さんですよ。もともと「天井桟敷」出身なんですよね。定は全然尽くすタイプでもないし、気性の激しい人だし、すごい女っぽいのに嫌味がないのはやっぱり松田さんが演じたというのは大きいと思う。私も実は演劇で阿部定の役演じたことあるんですが、とても及ばない。

森下 吉蔵と関わるようになって可愛くなったけど、基本的にはわがままでクソ生意気、不器用って感じ?

睡蓮 『失楽園』の久木は女を悪女にできないタイプの人で、逆に吉蔵は定をチャーミングにすると同時に、良いさじ加減で悪女にもしたんですね。

森下 定の一途さはちょっと怖かった。宿に篭って働きもしないから、当然お金もなくなるでしょう。だから定が昔のパトロンに生活費をもらいに行くんだけど、パトロンのおじいちゃんに「ネズミの腐ったような臭いがするぞ」って言われていたのがけっこう引っかかって、『愛のコリーダ』における2人だけの世界というのは美しいようで、実のところは墓場に近かったのかなって。

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睡蓮 お酒を飲んでお風呂も入らず朝から晩までセックスして、そりゃあねえ。宿の人にも怪訝そうな顔されてますしね。本人たちは気づいてないけど、実際に異臭を放っていたわけで、精神的にもきてたんでしょうね。不思議なことに、それでも2人が幸せそうで。

森下 ほんと不思議。異世界にいるようなもんでしょ。凛子も定も、それぞれの男によって社会の通念から外れたところで生きていて、でも末路は全く違う。凛子は鴨とクレソンの鍋を最後の晩餐にワインに毒を入れて心中、定は吉蔵を絞殺して局部を切り取る。この差……!

睡蓮 当時、報道で阿部定事件が世に知れ渡ったあと、彼女の罪を非難するどころか賛同する人が多かったみたいです。

森下 賛同というのはどの辺に?

睡蓮 気の狂った猟奇的な女が不倫相手の性器を切り取って持ち歩いた……じゃなく、「2人が愛し合った結果そうなった」というのが伝わったのか、そこまでしてでも一緒にいたいという定の切実な気持ちが共感されたのかも。

森下 普通なら奇人扱いされて終わりなのにね。

睡蓮 この上ない純愛映画ですもん。やっぱり羨ましいな、2人の関係性。好きな人ができても現実は実生活とか他人の目に遮られて貫くのは難しい。なにかあったらどちらかが急に現実的になって、お金がないとかでやさぐれたり怒ったりね。しかも吉蔵には帰る家があるんですよ。

森下 同じ状況になったら逃げる人の方が多いと思うんだよね。だって首絞められて死にそうになったら、さすがに「やべっ」ってなるよ、お互い。

睡蓮 でも、性器を切り取りたくなる気持ちはわかるなあ。

森下 え、そう?

睡蓮 あんまり思わないですか?わたしは好きな人に対しては性器に限らず、たとえば髪の毛とか、細胞とか色々と欲しいですけどね。

森下 ああ、それはあるけどね。

睡蓮 ですよね(笑)骨とかじゃなくて、ホルマリン漬けでもいいし、ああやっぱり皮膚がいい。痛いのは好きじゃないけど。変なのかなあ?

森下 別に変じゃないよ。こっそり男性の身体の一部を持ってる女の人、いっぱいいるんじゃない?ただ、そういうのは好きな気持ちが溢れているからこそで、気持ちが覚めれば「うわ、なにこれキモ」のひと言でソッコー捨てちゃう。男性の皮膚片を持ってて金運が上がったなんて話も聞いたことないしさ。

睡蓮 あの、実はですね……。

森下 うん。

睡蓮 好きな人の精液を、取っておいたことがあって……。

森下 ほんと?

睡蓮 はい。捨てるのがしのびなくて。

森下 すぐ乾いて臭くなるでしょうが(爆笑)

睡蓮 引き出しに大事にしまっておいたんですが、カピカピになってよくわからない物体になって、やがてなんの臭いもしなくなりました。

森下 そうだよね、アンジェリーナ・ジョリーは夫の血液を小瓶に密封して首からぶら下げてたらしいけど、あれも最終的にはカラカラに乾いたんだろうな。ちなみに、わたしは布団に付着していた好きな人の髪の毛3本ほどを半紙に包んで神棚に祀ってたことある(笑)

睡蓮 そっかあ。みんなやるんだあ。よかった……。

森下 みんなカッコつけて言わないだけだよ。

睡蓮 好きな人の身体の中で触ってない部分があるのも嫌なんですね。かと言って眼球グリグリ触ったりしないし、そういう風に思える相手はごくごくわずかですけど。

森下 いやいや、そういう行動したくなるくらい好きになるなんて、よほどのことだから。

睡蓮 本当に、そこまでの相手は一緒に一度会えるかどうか。経験人数とも関係ないですもんね。

森下 残念ながら経験人数を増やしたところでどうにもなんないのよ。

睡蓮 『愛のコリーダ』は、セックスの相性なんて単純なものを軽々越えてました。

森下 セックスうんぬんもだし、「愛」のひと言で語れるものでもないし、でも愛ってなんだろうって考える。また10年後に観てみようかな……。

画像: L'Empire des sens ( bande annonce VOST ) www.youtube.com

L'Empire des sens ( bande annonce VOST )

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肉体に溺れあう二人 

睡蓮 男女がお互いの肉体に惹かれ合うという点で、『ラストタンゴ・イン・パリ』にいきましょうか。

『ラストタンゴ・イン・パリ』あらすじ
パリのアパルトマンの空室にいた中年男・ポール(マーロン・ブランド)は、部屋を探して入室してきたブルジョア系の若い娘・ジャンヌと偶然出会う。彼は衝動に駆られてジャンヌ(マリア・シュナイダー)を凌辱するが、事が終わると2人は何ごともなかったように別れる。ジャンヌはトムというTVディレクターの恋人がいて、ポールは妻が自殺したばかりで人生に絶望していた。2人はアパートの一室で会い続け、互いの肉体に溺れていく。

森下 マーロン・ブランド演じるポールという中年男性とマリア・シュナイダーの演じたジャンヌ、この2人の関係性は恋人同士とはいえなくて、なんというか、観ていて奇妙な感じなの。

睡蓮 ジャンヌが借りようとしたアパートの誰もいないがらんとした部屋にポールが先にいて、偶然出会っちゃったんですよね。年も離れていて、お互いに心を揺さぶられるようなことがあったわけでもないのに、ジャンヌはレイプされちゃう。でもポールを受け入れるじゃないですか。あの急展開っぷり……。

森下 簡単にセックスしちゃうけど、予定調和な感じがなにもなくて、出会ったのが運命であるかのような、そういう匂いが画面に漂ってる。ベルトルッチの映画は空気がエロいよね。

睡蓮 「えっ?」って感じじゃなくて、すごーく自然に進行していくのがすごい。

画像: www.mondofox.it
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森下 20歳そこそこかな、初めて観たときは、「中年男が恋に狂ってストーカー化した」って大雑把な印象だけが残ったのね。そんな乾いた映画ではないんだけど。観直してみたら色々と面白いなと思って、まずはポールが自分の名を言わない、相手の名前も素性も頑なに聞かないところ。お互いのことなんにも知らないのにユーモアを含んだ会話をしたりしてて、そういうのも官能的だった。

睡蓮 わたしは年齢的にも性別的にもジャンヌよりの気持ちになるのが自然なんだろうけど、中年男のポールに感情移入して観てしまいました。なぜか彼の立場になって翻弄される、映画を観ていてのめり込んだのはそこです。やっぱりベルトルッチってすごい変態ですね。

森下 変態。あ、腑に落ちた(笑)変態紳士監督。

睡蓮 若くて美しいジャンヌと、奥さんが自殺して落ちぶれてる中年男、身体の関係だけでどんどん惹かれ合っていく描写があって、でもそこに恋愛的な、うっとりするようなものはないんですよね。それなのにガトー・バルビエリのジャズが最高にロマンチックにしてくれる。

森下 さすが変態。ジャンヌって女の子は映画監督の彼氏がいて、ポールとのシーンと対照的に、その人と仲良くやっているシーンは微笑ましいし、可愛らしくて。

睡蓮 とにかくジャン・ピエール・レオが若い!あの夢見がちなジャンは子供っぽくは見えますね。だからなのか、ジャンヌには彼氏をすごく好きな感じがなかった。冷めてる女の子なんだなって印象を受けましたね。

森下 若い時には何をしてもアンニュイな時期があるのよ。期間は短いけど。ジャンヌは彼氏の映画でヒロインを演じてあげてたし、自分の人生を楽しんでいるように思えたけど、どこか非情な部分を隠し持ってたんだね。

睡蓮 自由奔放でいながら現実的。燃え上がりつつもどっかで冷めてる。ジャンヌはけっこうな悪女だと思いますよ。というか、ポールと出会ったことで悪女的な素質が表出したんでしょうね。彼の人生を狂わすことに快感を覚えているわけじゃないのに、自然とそうなってしまった。

森下 若い男性にとっては、「掴みどころのない女の子」だろうなあ。

睡蓮 ジャンヌが彼氏の方と結婚すると言って、ポールとの関係が終わるのかと思ったら、ポールの魅力が急激に低下していく……。はは、笑っちゃうくらいに急にただのおじさんになっちゃった。

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森下 惨めだったよね。女に執着した上、自己中心的な愛を押し付けて、自分も相手も見えてなくなって……。半笑いのポールがアパートの階段を登りながら全力で追っかけてくる、あれって名シーンだけどむちゃくちゃ気持ち悪いもん。

睡蓮 もうシャイニングですよねー。怖かった。ジャンヌもポールからお金もらっているとかじゃないし、2人の間に利害関係なんて全然ないんですよ。それでも会うと求め合ってしまうから、状況や精神よりも肉体に惹かれ合ってはいるのに、恋愛感情のようなものをチラつかせてきたポールにジャンヌは態度を変えるでしょ。

森下 うん、拒絶してた。「心と身体は別」とでもいうように。あのあっさりしたラストは素敵だったけど……って一応ネタバレ避けておこうっと。

睡蓮 あのラストシーンは最高の悪女だった。しかしジャンヌと結婚する男性は大変ですよ。あの夢見る彼氏もこれからどんどん魅力なくなっていくんだろうな。あの二人の10年後が観てみたい。

森下 相手の男性も、ジャンヌ自身も上手に悪女性と付き合っていけたらいいけど……。バランスを取るのって簡単じゃないもんね。

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今回取り上げた3本

『失楽園』
製作年 1997年/ 製作国 日本/ 配給 東映/ 上映時間 119分
監督 森田芳光/ 製作総指揮 角川歴彦/ プロデューサー 原正人 、 永井正夫/ 原作 渡辺淳一/ 脚本 筒井ともみ/ 撮影 高瀬比呂志/ 視覚効果 大屋哲男/ 音楽 大島ミチル/ 音楽プロデューサー 石川光/ 美術 小澤秀高/ 編集 田中愼二
キャスト/ 役所広司、黒木瞳、星野知子、柴俊夫、寺尾聰、平泉成、木村佳乃、岩崎加根子、中村敦夫、小坂一也、あがた森魚、石丸謙二郎、原千晶、金久美子、速水典子、村上淳 他

『愛のコリーダ』
原題 L'Empire Des Sens/ 製作年 1976年/ 製作国 フランス、日本/ 配給 東宝東和/ 上映時間 104分
監督 大島渚/ 製作 若松孝二/ 製作総指揮 アナトール・ドーマン/ 脚本 大島渚/ 撮影 伊東英男/ 音楽 三木稔/ 音楽演奏 日本音楽集団/ 美術 戸田重昌/ 装置 下石坂成典/ 編集 浦岡敬一/ 録音 安田哲男
キャスト/ 藤竜也、松田暎子、中島葵、芹明香、阿部マリ子、三星東美、殿山泰司、藤ひろ子 他

『ラストタンゴ・イン・パリ』
原題 Ultimo tango a Parigi / 製作年 1972年 / 製作国 イタリア/ 配給 ユナイト / 上映時間 130分
監督 ベルナルド・ベルトルッチ/ 製作 アルベルト・グリマルディ / 脚本 ベルナルド・ベルトルッチ 、 フランコ・アルカッリ/ 撮影 ヴィットリオ・ストラーロ/ 音楽 ガトー・バルビエリ / 編集 フランコ・アルカッリ/ 字幕監修 清水俊二
キャスト/ マーロン・ブランド、マリア・シュナイダー、ジャン・ピエール・レオ、マッシモ・ジロッティ、マリア・ミキ、カトリーヌ・アレグレ、ミニ・パンソン、マリー・エレーヌ・ブレイラ、カトリーヌ・ブレイ

★前回の対談はこちら

森下くるみ(もりした・くるみ)
1980年生まれ。秋田県秋田市出身。文筆家。「小説現代」2008年2月号に短編小説「硫化水銀」(のちに電子書籍化)を発表。著作に『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)、『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。季刊誌『東京荒野』に旅エッセイ「中国回遊録」を寄稿。「食べびと。」連載中の、ポエジィとアートを連絡する叢書『未明02』が発売中。

睡蓮みどり(すいれん・みどり)
1987年生まれ。神奈川県横浜市出身。早稲田大学第二文学部中退。在学中より映画を中心に女優として活動を開始。主な出演作は『恋の罪』(園子温監督)、『青春群青色の夏』(田中佑和監督)、『断食芸人』(足立正生監督)、『第九条』(宮本正樹監督)など。その他、「月刊デジタルファクトリー」で写真モデルを務める。文芸誌「文學界」や「群像」にエッセイを発表。図書新聞に「シネマの吐息」連載中。著作には『溺れた女 渇愛的偏愛映画論』(彩流社)。

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