腐れ縁のダメ男を捨てて金持ちに乗り換える女 

睡蓮 『洲崎パラダイス 赤信号』は風営法で赤線が廃止されて売春が禁止になろうとする頃の話ですね。戦後の活力に溢れた作品です。

森下 わたしは主演の新珠三千代さんが好きなのね。新珠さんは小津安二郎監督の『小早川家の秋』とか、岡本喜八監督の『結婚のすべて』とか、山ほどある出演作の中で「貞淑」「品がある」「旦那に尽くす」ってイメージがあったから、『洲崎パラダイス 赤信号』で演じた役があまりに良くて驚いたんだよね。調子のいい尻の軽い女の役なんだけど、高峰秀子さんと若尾文子さんの間くらいのちょうどいい芝居だと思う。

『洲崎パラダイス 赤信号』あらすじ
両親に結婚を反対され栃木から上京してきた義治(三橋達也)と蔦枝(新珠三千代)。行くあてもなく浅草吾妻橋附近を歩いていたところ、州崎遊郭入口にある一杯飲み屋「千草」を見つけ入店。女将・お徳に働き口を相談したことで、蔦枝はそのまま住み込みで飲み屋を手伝い、義治も近くの蕎麦屋で働き始める。しかし二人の生活は上手くはいかず……。

睡蓮 新珠さんは宝塚出身ですしね。影がない感じが嫌味じゃなくて本当にいい。改めて、昭和の女優さんって美人ですね。

森下 そう、どの表情も美しいよね。

睡蓮 完成度が高すぎて、非の打ち所がない。

森下 顔に「映したらマズイ角度」がないなんてあり得る?照明さんや撮影カメラマンの力もあっただろうけど……美の崩れる瞬間が見つからなかった。反対に、義治は実に情けない男として描かれてる。

睡蓮 ああいう男の人、現代でもそこらにゴロゴロいそうですけどね。二人一緒になったはいいけどお金がなくなってしまって……。

森下 そのせいで義治はすっかり自信を失くしてて、蔦江はめちゃくちゃ気が強くなってるの。

睡蓮 橋のたもとの飲み屋で女中として働き始めた蔦江が、義治に見切りをつけて、お金持ちの男にサッと乗りかえたじゃないですか。あの軽やかさは見ていて楽しくて仕方がなかったですね。なんというか、大人じゃないんです。なんにも成熟してない。

森下 男と一緒に去っていくときが、遊園地に行くちっちゃい女の子みたいに嬉しそうだった(笑)

睡蓮 計算以前に、楽しそうな方にパーっと行っちゃった、という感じでわたしの中では蔦江は「悪女」ではないんです。あっさり男を乗り換えて、また戻って来たとしても。

森下 ただ、義治にとって蔦江はまぎれもなく「悪女」だと思うのね。冒頭から共依存な空気がむんむん出てて、生かすも殺すも蔦江しだいって感じだったから。悪女レベルは「予備群」かな。前回の『蜘蛛女』のモナみたいな女とはくらべられないけど。

睡蓮 義治から乗り換えた小金持ちのラジオ屋さんとかも、愛人にしておいて彼女が出て行っちゃっても怒らず飄々としているし、雇ってくれた女将さんも勝手にやめてっても全然文句言わないし、本人もまさか言われるとも思っていない。あの調子の乗り方、好きだなあ。

森下 可愛いよね。そこそこ悪い女なのに、中途半端だから男を騙すまでには至らない。

睡蓮 周りの人たちが恐ろしくいい人たちだっていうのもあるんだけど、結局、蔦江ってなんだかんだ人から好かれているんですよね。

森下 面倒くさい女だけど、間違いなく「魅力的」。

画像1: 腐れ縁のダメ男を捨てて金持ちに乗り換える女

睡蓮 彼女が欲していたのは刹那的に欲を満たすお金ではなくて、生きることに対してのお金だったと思う。しかもズル賢く男から金品を巻き上げるんじゃなくて、その瞬間は相手のことを本気でいいなと思ってるような切実さもあって。

森下 と考えると、人間臭い人だよね。血の通った悪女?

睡蓮 とにかく可愛いんですよ。わたしが男の人だったら蔦江に騙されたいかなぁ。

森下 「裏切ったら殺すわよ」なんて言うタイプじゃないし、「一生添い遂げましょう」って切羽詰まったりもしないから男性には好かれるよ。

睡蓮 悪いことをしても反省しないですからね。わたしはどっちかっていうと、細かいことぐちぐち考える方なんで、こういう風に生きられる人がちょっと羨ましいですよ。それと、蔦江と逆のタイプの女性として「蕎麦屋の玉ちゃん」が出てきますよね。

森下 ああ、芦川いずみさんが演じた玉子っていう若い店員さん。義治の働き始めた蕎麦屋の子ね。

睡蓮 そう、いつも義治のことを心配して、堅実で、めちゃくちゃいい子。この流れだと彼は玉ちゃんの方にいきそうなものですよね。でも義治は蔦江の方に戻っていく……。何で?って思うけど、映画を観ると納得しちゃうんです。

森下 ダメ男に見えた義治も、蔦江と同じくらい根っから素直なんだろうな。川島雄三監督は、共依存するような弱い男女を肯定したいんだと思うよ。ダメな人をダメだって言うんじゃなく、彼と彼女の生き方として認めてあげてる気がする。

睡蓮 戦後の活力が、ってことをさっき言いましたけど、生活のため、生き延びるためだけに貯めるお金は希望にならないのかもしれない。根本から生きようってエネルギーとは反比例するのかなと。刹那的とも言えるんだけど、太陽のようだなと。堅実にお金を貯める玉ちゃんは月。そう思うと、月みたいな女性は極めて悪女になりにくいのかも。

森下 月は悪女のイメージとは結びつき辛いね。

睡蓮 この環境で義治が太陽を求めた気持ちはわかるような気がします。生きるためにお金は必要だけど、生きるそもそもの根源が必要、みたいな。

森下 腐れ縁の蔦江と義治は、あの後どう生きたんだろう?二人で飲み屋でも開いて慎ましく生きたのかなあ。想像しかできないけど……。女の逞しさと男の情がたっぷり描かれてる、前向きな映画だったよね。

睡蓮 活力を目の当たりにして体の奥底から元気が出ますね。生きるエネルギーがこの映画からみなぎってくる。

森下 人間が、せっせと身体を動かして汗かいてる。機会があったらスクリーンで隅々まで観たいなあ。街並みや人々の生活風景、時代の空気をね。

画像2: 腐れ縁のダメ男を捨てて金持ちに乗り換える女

年下男のために巨額横領する女

森下 改めて考えるとお金って偉大だよね。力を持っているというか。

睡蓮 簡単に勘違いするのに、手っ取り早いものですよね。すごくお金が欲しいなって思ったことあります?

森下 わたしは超現実的だから、漠然と大金が欲しくなったところで、「どうやって稼ぐ?」「何につかう?」「貯金?」って夢のないことを考え始めちゃうのよねー……。

睡蓮 あはは。わたしは逆というか、お金が死ぬほどあったら「こんな映画に投資しよう」とか「美術品集めて趣味の部屋作ろう」とかかなり非現実的なことばかり考えてしまいます。

森下 欲しい物と金額が決まってからだね、お金が欲しくなるのは。次に取りあげるのは『紙の月』なんだけど、まさに女と男と金、3つのバランスの取れた良作だった。

画像1: 年下男のために巨額横領する女

睡蓮 バランスね、良すぎる感じもしましたけど。でも、主演の梨花役の宮沢りえ、美人なのに枯れてる具合がすごいよかったなぁ。

森下 これはごく個人的な意見になるけど、美人だからこそ、少し痩せ過ぎでは……。いや、余計なお世話だね、ゴメンナサイ。

『紙の月』あらすじ
バブルがはじけた直後の1994年、銀行の契約社員として働く平凡な主婦・梅澤梨花は真面目な仕事ぶりが評価され、上司や顧客の信頼を得ていた。幸せな生活を送っているかに見えたが、梨花は夫が自分に無関心なことに空虚感を抱いていた。そして年下の大学生・光太と出会い不倫関係になると、顧客の預金を無断で引き出したのをきっかけに金銭感覚が麻痺、横領へと手を伸ばし始める。

睡蓮 原作(角田光代著)でもそうだけど、梨花ってもともとかなり裕福な家に育っているんですよね。で、ミッションスクールに通っていた。わたしもそういう「完全に守られてる世界」で子供時代を過ごしたので、なんとなくあの空気感がわかるんです。厳格で閉鎖的。思えばまともに社会と接点ができたのは大学に入ってからで、ある意味「大学デビュー」して、それまで世間知らず過ぎたせいか悲惨な目にいっぱい遭いました(苦笑)、梨花の場合、大学を卒業して早くに結婚したから、何のデビューせず40歳近くまで世間知らずな感覚できちゃって、実は社会との接点が薄い。

森下 映画は宮沢りえが演じたからドロドロした雰囲気にはならなかったけど、現実の女性に置き換えると中の下くらいのルックスで、生々しさ全開なのかなあ。

睡蓮 その辺の現実のリアリティは不明なんですけど、もともと小説でも綺麗な人って描写なんですよね。単純なコンプレックスの上に成り立ったものではないような……。

森下 そっか、自意識過剰でもなくて、とにかく平凡な女性だったっていう。

睡蓮 何というか、毒されてなさすぎるなと。まだ自分が何者だかよくわかっていない少女みたいな。安定した職業の夫と結婚して何ら不自由もないのにいつもどこかで不満がある。ま、亭主関白ぶりをちょいちょい発揮して嫌な夫だなとは思ったけど。

森下 どこにでもいそうな平均的な夫とのコミュニケーション不足は不倫につながったし、不倫がきっかけで横領に発展して……。

睡蓮 不倫相手が大学生っていうひねくれ方は単純ではないですね。若くて夢がある風に見えた光太(池松壮亮)と出会ってデビューしちゃったんだろうな。それまで「はっきりノーと言えなかった」みたいなちょっとした積み重ねが、犯罪に手を染める引き金になったのかもしれない。でも、痛々しくもあるけどすごく楽しそうで、彼女の人生の転落が不幸だとは決して言い切れないなぁと。

森下 そうだね、犯罪者だとあっさり切り捨てたらいけないし、悪女なのか聖女なのかもグレーゾーンだし。ただとにかく、彼女はキラキラしてた。恋人の喜ぶ顔が見たかったんだろうなあ。優越感に浸るのってものすごく幸せな気分だもんな……。

睡蓮 そうそう、そのささやかな優越感というやつが毒ですよね。それで得られるのはお金と交換できる以上のものではないとしても。

森下 大金を得ることに興奮するんじゃなくて、お金で男を愛すことに気持ち良くなってたってことだよね。結果として億単位までつぎ込んで、恋人に裏切られるまで自分の愛情の注ぎ方の歪みに気がつかなかったのが哀しい。

睡蓮 薄々気づいてはいるけど、お金がある限りはまだなんとかなるんじゃないかとすがっているようにさえ見えましたね。逆に同僚の大島優子さんの演じたキャラクターは、彼氏がいながら上司と不倫してて、あからさまに愛とかじゃなくてお金。同性から嫌われる典型的なタイプでしたね。

森下 適度な「小物感」が漂ってた。大島優子さんは良い女優さんだと思う。

睡蓮 ロレックスとか買ってもらってるけど、たかが知れているし、彼女にとって高級時計の額以上の価値はない。

森下 まぁ、億単位の横領には敵わんよ。

睡蓮 そう、小さい欲望を満たす程度。人が狂うような額じゃない。どのくらいのお金になると人は狂い始めるものなんですかねぇ……。 

画像2: 年下男のために巨額横領する女
画像: 紙の月(予告編) www.youtube.com

紙の月(予告編)

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目的実現のための結婚詐欺

森下 この流れで、「お金」の問題がもっとシビアになったケースとして『夢売るふたり』を語ろうと思うんだけども。

睡蓮 いきましょう。

『夢売るふたり』あらすじ
市澤里子と貫也は小料理屋「いちざわ」を経営する夫婦である。しかし、常連客に恵まれた賑やかな店は、ある日、調理場から出た火で全焼してしまう。命からがら逃げだした夫婦は、ただ茫然とするしかなかった――。時が経ち、駅のホームで店の常連客だった玲子に再会した貫也は、酔った勢いで彼女と一夜を共にする。貫也の浮気を見抜いた里子は店の再建資金のための結婚詐欺を思いつき、夫に実行させるのだが……。

森下 松たか子さんの演じた里子という女性も、ごく平均的な、働き者で健康的な「一般女性」なのよ。

睡蓮 ひょんなことからお店が燃えてすべて失っても「大丈夫だよ、なんとかなるよ」って健気に明るく気丈に振る舞ってて。

森下 この先どうしようって悲観することもなく、ギリギリのところで踏ん張れたのも、夫という同士がいたからだろうけど……。

画像: 目的実現のための結婚詐欺

睡蓮 阿部サダヲさんの演じた貫也が一夜の浮気をして帰って来てから豹変しますよね。夫を熱湯風呂に入れて、浮気相手から手渡された札束を燃やそうとして、挙句は冷笑的な目で「あんたこういう才能あるじゃん」って結婚詐欺を思いつく……。

森下 自分の中に眠っていたプライドが出てきたんだなあ。信じてた気持ちが消えたら里子の腹の中に真っ黒な意地が現れて、あとはもう信じられるのはお金だけだ、と。

睡蓮 第三者の女が介入したことで悪女スイッチが入ったわけです。やさぐれる気持ちもわかりますよ。彼女の場合は自分でやるんじゃなく、夫を使ってお金をひっぱろうとする。人の好さに付け込んでね。

森下 里子が怖いのは、やってることは結婚詐欺なのに、夫に「お店を再建するためだから」って目標と誇りを持たせていること。洗脳じゃん(笑)

睡蓮 彼女は気のいい女性から恨みの塊みたいな人になっちゃった。後半、詐欺でどんどん稼ぐようになりますよね。でもわたしは里子が本当にお金を必要としているようには見えなかった。お金よりも、積み重なった「許せないもの」を他人から奪い去ろうとしてる感じ。

森下 許せないものか……。

睡蓮 二人に騙される女の子のひとりに、ウェイトリフティング選手のひとみちゃんって子がいますよね。彼女は表面的にだけ言えばルックスは女性的ではないけど、健気な笑顔で、びっくりするくらい心がピュア。おまけに里子に対しても心底優しい。

森下 うん、ウェイトリフティングやってるから太った男の子みたいな外見だけど、素直で素朴な女の子だった。

睡蓮 で、里子がひとみちゃんのことを見下すようなことを言ったとき、貫也がけっこう本気で怒るんですよね。「おまえの見ている世界の方が気の毒だよ」って。共犯関係のはずなのに、「気の毒」なんて言われたら……心が死にますよ。「わたしだけが悪いの?」って。

森下 一緒に「毒を食らわば皿まで」の精神でやってきたのに、急になんだよって思うよねえ。

睡蓮 貫也のピュアさ、あれも罪だな。誰も救わない優しさだから。

森下 その無責任なレベルの優しさを、一部の女性は無条件の愛情だと勘違いしてたわけで。

睡蓮 だんだん里子が嫌な女になっていく、あのやさぐれ方が本当に気味が悪くてよかったです。貫也も結局、ハローワークで出会った美人のシングルマザーの滝子(木村多江)にのめり込んでいって、八方美人のずるい男になっていくし。「お店建てるためなんだ」って理由をつけて他人からお金とる罪悪感から逃れていたはずが、どこか自分を騙しきれなかったんだなって感じましたね。結局、里子はお金では狂えなかった。まともな部分が最終的には勝ったんだなあって。

森下 そうだね。完全な悪人になれなくて、あと一歩のところで崩れちゃった。それもまた人間の不可思議なところだよねえ。

画像: 映画『夢売るふたり』予告編 www.youtube.com

映画『夢売るふたり』予告編

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男も愛も信じない、お金一筋の女

森下 横領、結婚詐欺ときて、今度は遺産狙いの詐欺、通称「後妻業」なんだけども。

睡蓮 現実には「後妻」って言葉にあまりいいイメージはついてませんよね。「継母」とかもそうだけど。

「後妻業の女」あらすじ
資産を持つ独身男性の後妻に収まり、多額の金品を貢がせる「後妻業」を生業にする竹内小夜子、63歳。結婚相談所主催のパーティに参加した小夜子は、のちに80歳の中瀬耕造と結婚。結婚相談所所長の柏木亨と共謀し、中瀬の遺産をすべて巻き上げようと画策したが、被害者遺族の中瀬朋美や探偵の本多に身辺調査をされ始め……。

森下 「お金目当ての結婚なのかな」って疑われやすいよね、歳の差があればなおさら。

睡蓮 年の差じゃなかったり、別にお金持ちじゃなかったら単に「再婚」ですもんね。わざわざ「後妻」って言葉使わないというか。大竹しのぶさんが演じた小夜子という女性が主人公ですが、あの人、見事なくらいまったく罪悪感がないですね。

森下 ない、全然。

睡蓮 あっけらかんとして、悪びれない。

画像1: 男も愛も信じない、お金一筋の女

森下 序盤の婚活パーティのシーン、白いワンピース着て控えめに振る舞いつつ、男に話しかけられれば芝居がかった声で貞淑な女アピールしたり、ずいぶん手垢のついた遣り方だなって思ったけど、めちゃくちゃ釣れるのよ、男が。

睡蓮 『夢売るふたり』の貫也の逆バージョンだなって思いました。小夜子の何が面白いかというと、あそこまでピュアに欲望を追及するってところかな。

森下 欲望……お金のことだよね。『夢売るふたり』の里子と貫也はお店の再建資金を貯めるのが目的だったけど、『後妻業〜』の方は遺産を得るのが目的で、何に使うのかは不明だった。小夜子も単独犯じゃなくて、豊川悦司さんの演じた結婚相談所の柏木とのコンビで「後妻業」が成り立つという……。

睡蓮 本物のカップルじゃないけど、良い組み合わせですよね。あれで普通に男女の仲だったらちょっとえぐすぎたかも。

森下 柏木の女性関係に小夜子は全く興味ないし、変な色気も出さない。だからこそ完全な共犯関係になれたし、次々に遺産を手にできたんだなあ。密着してるのに隔たりがある、不思議な関係。

睡蓮 面白いですよね。だって「男を本気で好きになっちゃった」ことが皆無だから。そんなことあるのかな?って思うけど、大竹さんが演じるとある気がする。

森下 仮に柏木と男女関係になっても、人としての距離感とか、「遺産で食っていく」って野心とか、別に何も変らないと思う。

睡蓮 通常の男女なら、癒着して依存しそうなのに、ドライというか。ある意味、あらゆる欲望に忠実なのに「心から愛し愛される」という欲望だけには拒否反応を示しているようにも見えました。

森下 愛情だけでは食っていけないもん。小夜子はすっごく正直で、素直な人だと思うの、お金にだけ(笑)後半で笑福亭鶴瓶の演じた人物と恋仲になったけど、お金の貸し借りの話がこじれて男が一方的にキレるでしょ。でも小夜子はどこまでも醒めてて、修羅場の状況を客観視し続けてる。金のためなら形振りかまわなくなる男をずっと観察して、心の中で冷笑してるの。わたしはあそこがすごくリアルに感じた。お金が絡むと冷たいよ、人って。

睡蓮 あ、リアルなんですね……。わたしはあんまりお金と向き合わずに生きてきたのかもなあ。

森下 お金と向き合わなかった?

睡蓮 もともと固定給っていう概念のない世界に生きてきたのもあるけど、所詮お金は何とかなるってどこかで思っていて、気づいたら全財産200円しかなかった時代とかありましたよ。あと騙されてお金取られたり。それでも何とかなるってあまり悲観的にならなかった。昔、占いで、35歳すぎたらあなたはお金持ちになりますって書いてあって今でも信じてます(笑)

森下 何とかなってきたのは強運だね。所持金200円なんて、わたしにはただの絶望と恐怖なんだけど(笑)ともかく、小夜子は金が好きなんだよ。お金を持っていれば単純に選択肢が多くなるし、選ぶ自由が与えられる。ストレスなく好きに生きられるから。

睡蓮 そうなんですよね。自分のお金であればね。

森下 それに、「どうしても幸せになってやる」なんて気負ってないから見ていて清々しかった。男への恨みとか、情念を出されても興醒めだもの。

睡蓮 やっぱり、欲は純度が高くピュアなものであってほしい。 

森下 騙された男性も、「余生は本当に質の良い女と過ごすぞ」と思って、30代40代の若い女性じゃなくて50代後半の小夜子を選ぶじゃない?「質」といっても、演技じみた清潔感だったり、ツイスト踊って自由奔放にしてる姿に惹かれてるんだけど、まあ、「いいな」って思うとすぐに飛びつくあたり、おじいちゃんになっても男は男だよなあ。

睡蓮 男性側も欲深いんだけど、所詮底が浅い欲というか、ダメダメなのがよかったです。だからお互い罪悪感なくいられるんでしょうね。わたしね、ずっと得体の知れない罪悪感を抱えて生きてきたんです。

森下 うんうん。

睡蓮 『紙の月』の梨花を否定できないのは、わたしこそが、生きているだけで罪悪感を持ってる人間なんですね。『洲崎パラダイス 赤信号』の蔦江とか、『後妻業の女』の小夜子みたいに、罪悪感と無縁で生きてる人は好きだし、羨ましいです。虚構の世界のことだから許せてるのかもしれないけど……。

森下 あれだけ性根の腐った女性に、最後は男どもがみんな屈してしまうよね。結婚相談所の所長・柏木の台詞に「(小夜子には)敵わんわ~」っていうのがあるけど、短い言葉ながらこの映画を象徴する言葉なんじゃないかな。「女の欲深さに敵うわけないよ~」って意味にもとれる、森崎東テイストな愛嬌ある演出で、そこに監督の優しさを感じた。

睡蓮 ああ、そうやって小夜子というキャラクターは無限に無敵になっていくんですね。

森下 伊丹十三監督の映画を観ているときの気持ちになったよ。映画の中に「愚かさ」はいっぱい見るけど、「罪人」はいないって思えた。

睡蓮 伊丹十三の映画で魅力的じゃない人いないですもんね。デフォルメの仕方一つ一つに愛情を感じる。小夜子って人殺しでもあるし、かなりの悪女だとは思うんですけど、不思議と周りを照らすような、女神でもあるんだなって思いました。

画像2: 男も愛も信じない、お金一筋の女
画像: 後妻業の女 youtu.be

後妻業の女

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今回取り上げた4本

『洲崎パラダイス 赤信号』
製作年 1956年 製作国 日本 / 配給 日活 / 上映時間 81分
監督 川島雄三/ 脚色 井手俊郎/ 寺田信義
原作/ 芝木好子 製作/ 坂上静翁/ 撮影 高村倉太郎/ 美術 中村公彦/ 音楽 真鍋理一郎/ 録音/ 橋本文雄/ 照明 大西美津男
キャスト/ 新珠三千代/ 三橋達也/ 轟夕起子/ 植村謙二郎/ 平沼徹/ 松本薫/ 芦川いづみ/他 

『紙の月』
製作年 2014年/ 製作国 日本/ 配給 松竹/ 上映時間 126分
監督 吉田大八/ 原作 角田光代/ 脚本 早船歌江子/ 製作総指揮 大角正
撮影 シグママコト/ 照明 西尾慶太/ 美術 安宅紀史 / 衣装 小川久美子 / 編集 佐藤崇 / 主題歌 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ
キャスト/宮沢りえ/池松壮亮平/大島優子/小林聡美/田辺誠一/石橋蓮司

『夢売るふたり』
製作年 2012年 / 製作国 日本 / 配給 アスミック・エース/ 上映時間 137分
監督 西川美和 / 製作 大下聡/ 齋藤敬 他/ 原案・脚本 西川美和
撮影 柳島克己 / 音楽 モアリズム / 美術 三ツ松けいこ/ 編集 宮島竜治
キャスト/ 松たか子/ 阿部サダヲ/ 田中麗奈/ 鈴木砂羽/ 安藤玉恵/ 木村多江/ 伊勢谷友介/他

『後妻業の女』
製作年 2016年 / 製作国 日本 / 配給 東宝 / 上映時間 128分
監督 鶴橋康夫 / 原作 黒川博行/ 脚本 鶴橋康夫/ 製作 市川南/ 共同製作 新開恒平
キャスト/ 大竹しのぶ / 豊川悦司/ 尾野真千子/ 長谷川京子/ 水川あさみ/ 風間俊介/ 余貴美子/ 笑福亭鶴瓶/ 永瀬正敏/他

★ 前回の対談記事はこちら

森下くるみ(もりした・くるみ)
1980年生まれ。秋田県秋田市出身。文筆家。「小説現代」2008年2月号に短編小説「硫化水銀」(のちに電子書籍化)を発表。著作に『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)、『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。季刊誌『東京荒野』に旅エッセイ「回遊録」を、ポエジィとアートを連絡する叢書『未明』に「食べびと。」を連載中。『未明02』は4月26日発売予定。

睡蓮みどり(すいれん・みどり)
1987年生まれ。神奈川県横浜市出身。早稲田大学第二文学部中退。在学中より映画を中心に女優として活動を開始。主な出演作は『恋の罪』(園子温監督)、『青春群青色の夏』(田中佑和監督)、『断食芸人』(足立正生監督)、『第九条』(宮本正樹監督)など。その他、「月刊デジタルファクトリー」で写真モデルを務める。文芸誌「文學界」や「群像」にエッセイを発表。図書新聞に「シネマの吐息」連載中。著作には『溺れた女 渇愛的偏愛映画論』(彩流社)。

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