ヨーロッパやアジア、果てはアフリカまで

 はじめまして。初回ですので、多少自己紹介をしておきますね。僕はこれまで現代美術作品を作るアーティストとして活動してきたんですけど、紆余曲折と偶然が重なって、最近はドキュメンタリー映画や記録映像作品をたくさん作っています。

 僕は幼少期から親の転勤で移住が多く、それが長じてか、どこに行ってもどんな場面に出会っても、なんとなくよそ者感が拭い去れなくなって、あるときからビデオカメラを手にして以来、よそ者のまんま外側から現場にアンガジェする手法を体得して、他人の生を覗き見つつ、映像の時間の中でそれを自分のものにしていくスリリングな生き方を見出しました(笑)。
 ここ数年、さまざまな分野で活躍する研究者を被写体にするようになって以来、彼らの特異な生き方が僕をヨーロッパやアジア、果てはアフリカにまで連れて行くようになってきました。

各地域での撮影の主たる目的は、「研究者たちのフィールド調査に同行し、彼らの活動を現地の人々の暮らしと共に記録していくこと」です。これからどういう順序になるかはわかりませんが、これまで僕が撮影で訪れたアジアやアフリカの撮影現場での出来事、そこで僕が感じたこと、気づいたこと、考えたことなどを綴っていきます。初回は、ケニアのナイロビから北西100kmほど離れたオルカリアという地域に暮らすマサイの集落を訪問したときの話です。

マサイの集落で観光??

 オルカリアでは、ジェレミーさんという方の家族が暮らすマサイの集落に、研究者の皆さんと一緒に宿泊させてもらいました。このジェレミーさん、格好は伝統的?というのかな、典型的なマサイの服装を身にまとい、昔ながらの牧畜をしつつ農業や、さらには観光にまつわる仕事もやっているみたいなんです。
都市部で暮らすマサイが観光客相手に商売する、なんて構図はテレビやネットで見たことがありますが、ここはジェレミーさんの集落以外、360度見渡す限り遮るものもない大平原。まさかこんな地で観光??実際は観光なのかどうかは定かではないのですが、ジェレミーさんは2ヶ月ほど前に依頼を受けてヨーロッパから来た友人を案内していると言っていました。まあ、いずれにしろ、ヨーロッパからこんな僻地にもすでに観光気分で人が訪れる時代になっているんだなと感じたものです。

画像: ジェレミーさん、口に加えているのは木の枝?彼はこれで歯を磨いてました。

ジェレミーさん、口に加えているのは木の枝?彼はこれで歯を磨いてました。

画像: 左は土壌学が専門の田中樹先生。現地の言葉を教えてもらう様子。

左は土壌学が専門の田中樹先生。現地の言葉を教えてもらう様子。

ディート98%の虫除けスプレー

 ジェレミーさんの集落では、牛糞でできた家に泊めさせてもらったんですけど、日本にいる妻が、僕がマラリアにかかるのを心配して虫除けスプレーを用意して、それを持って行ってたんですね。僕の妻は現代美術作品を作るアーティストをやっておりまして、少々過激なところがあるんですけど、この虫除けスプレーがまあ、強力なこと強力なこと。
 虫除けスプレーにはディートという成分が含まれていて、日本製だと濃度に制限がかかっていて、だいたい12パーセントが上限のところ、妻がアメリカの軍隊で利用されているらしいディート98パーセントの虫除けスプレーをネットでアメリカから直輸入して、僕に持たせたんです。この虫除けスプレーをひと吹きすれば、ハエやらよくわからない虫やらがポトポト落ちて来る。もう、吹き付けながら、これ人が死ぬんじゃないかと思ったくらい。
 で、実際、一緒に牛糞でできた家に泊まっていた人類学者の溝口大助さんから、かつてホントにこの虫除けスプレーを寝袋の口のところに大量に吹き付けて寝たら、朝になって冷たくなっていた人類学者がいた話を聞いて、オイオイ落ち落ち寝てられんなとスプレーを押す手元が緩んだのを覚えています。
 ちなみに溝口さんは、かつて西アフリカのマリ共和国で単身3年間、妖術の研究のため、村人と生活を共にされていたそうです。帰国して日本の生活習慣に戻ってくるために、その倍の6年くらいかかったとおっしゃっていました。僕なんかは想像もできない体験ですね・・。

画像: 牛と暮らすマサイ

牛と暮らすマサイ

画像: 朝早くから牛の乳をしぼる

朝早くから牛の乳をしぼる

画像: 牛糞でできた家

牛糞でできた家

画像: 家の中の様子。右は人類学者の溝口大助さん

家の中の様子。右は人類学者の溝口大助さん

アナクロニズムの非を犯す

 ジェレミー一家の暮らしも想像以上に不可思議で、牛糞の家に暮らしているのに、ジェレミーさんの息子はシャツにジーンズと洋服を来ていたり、牛糞の家の屋根に太陽電池を置いて、それでスマホを充電したりしている。
 夜になると、周囲に遮るものがないもない、生まれて初めての広大な宇宙を感じるような丸い星空に感動しているところ、息子のデイビットだったかな?彼がスマホで撮った写真を僕に見せてくる。こう、ひゅいっひゅいっと指先でスイングする感じ。
 いやあ、何なんでしょうねえ。アナクロニズムの非を犯す、なんて言葉を澁澤龍彦が小説『高丘親王航海記』の中で使っていたけれど、まさにそんな感じで、牛糞の家で暮らしている村人がスマホを持っているはずがない、君のその指先スイングは時代を錯誤しているぞ、と言いたくなるような、こっちの常軌を軽々と逸する出来事に、笑いながら綺麗な写真だね〜、なんて答えるしか仕方がない。
 この集落では、さすがにインターネットはまだ整備されておらず、通信エリアはどこか別のところにあるみたいで、必要ならばそこまで30分だか1時間だかかけて歩いて行くらしいです。

画像: 太陽光電池

太陽光電池

画像: 洋服を着た若者たち

洋服を着た若者たち

画像: 遮るものが何もない平原

遮るものが何もない平原

成人儀礼の地を目指す、が・・

 さて、そんなスマホで見せてもらったのは、若者の成人儀礼を行う聖地の写真だったんですが、翌日その聖地を目指してジェレミーさんの案内で研究者の皆さんと一緒に向かったんです。はじめは平野をどんどん歩いていって、そこまでは良かったんですが、あるところでパッと火山でできた巨大なクレーターが目の前に広がる。

 そこからがもう大変。そのクレーターの真ん中の島の部分がどうやら目的地のようで、もちろん山道のようなものはない。さて、と岩場をまっすぐ下り始めるジェレミーさん、そのまま岩石のあいだを縫うようにクレーターの溝の底部分まで下ることになるのですが、片道2時間半くらいで目的の聖地に着くというジェレミーさんの言葉とは裏腹に、4時間たってもまだ片道の半分も進まない。
 ほとんどロッククライミング状態のなか、僕より二回りくらい年齢の違う田中樹先生に岩場の歩き方を指導いただきつつ、僕は重い撮影機材を抱えて、彼らにどうにかこうにかくっついて撮影していました。
 が、ああ情けないやら不甲斐ないやら、研究者の皆さんは余裕矍鑠と先を目指しているのに、僕がリタイア第一号・・。ジェレミーさんに機材バックを背負ってもらい、撮影もままならぬままヨロヨロと途中で引き返すことに。最短ルートで戻るために、ジェレミーさんが刀を振り回して枝を刈り、道を切り開きながら引き返すのも、それはそれで大変だったのですが・・。己の体力不足を心の底から反省する出来事でした・・。

 ところで、くだんの田中先生は土壌学が専門なんですが、ケニアはもとよりタンザニア、ベトナム、インドなどの幅広い地域で開発支援などに関わってこられた方です。僕にアフリカ渡航のきっかけを作って下さった方でもあります。田中先生の造詣の深さはおそるべきもので、例えばこのときも、クレーターの地形や岩石などをふわりと眺めつつ、噴火がいつ頃起きて岩石がどのように堆積しているのかなど、これがマサイの聖地かあ、と僕が安穏に眺めている風景をまったく異なる視点で分析していました。

画像: 火山でできたクレーター、ここが聖地への入り口

火山でできたクレーター、ここが聖地への入り口

画像: 道なき道をゆく、左はフランスの人類学者Benoit Hazardさん

道なき道をゆく、左はフランスの人類学者Benoit Hazardさん

画像: 岩場を下る田中樹先生

岩場を下る田中樹先生

画像: クレーターの溝の底

クレーターの溝の底

水場をめざしてひたすら歩く

 どうにかこうにか汗だくで集落まで戻ったんですけど、この集落には当然ながら電気も水道も整備されていない。ゆえに、風呂もない。数日間風呂に入っていなかったので、シャワーを浴びようということになって、水場まで歩いて行くことになりました。

 が、何もない平原をいったいどれくらい歩いたでしょうか。30分か40分くらい?ずいぶん歩いてようやく水場に到着。そこはもともと、地熱による水蒸気が湧き上がっていた場所でした。オルカリアには、いくつもの火口からなる火山体があるため、このエリア近辺にはたくさんの水蒸気の噴射口があって、ここはそのひとつです。この水蒸気を冷やして水を作り、その水を生活用水として利用しているそうです。この貴重な水を今回は水浴びに利用させていただいたというわけですね。
 それにしても、風呂に入るだけでも僕たちが日本で暮らすのとは、まるで生活の時間感覚が違う。そのために、身体のコンディションも異なれば、生活のサイクルもずいぶん異なる。こういった異なる慣習に身を置くことに慣れている研究者の皆さんと違って、不慣れな僕は身体が現地のリズムに慣れるだけでも結構体力を使いました。

画像: 水場をめざしてひたすら歩く

水場をめざしてひたすら歩く

画像: 貯水タンクの水を利用

貯水タンクの水を利用

画像: 地熱の蒸気から作られる水

地熱の蒸気から作られる水

画像: 水浴び中

水浴び中

画像: 水浴び後、一息つく田中先生と地理学が専門の手代木功基さん

水浴び後、一息つく田中先生と地理学が専門の手代木功基さん

 以上、今回はマサイの集落での出来事をいくつか紹介しました。
 ところで最後に、この記事のタイトル「暮らしのモンタージュ」について少しだけ。これは僕がいま準備しているプロジェクト名でもあります。この記事の冒頭にも少し書きましたが、アジア・アフリカ地域の多様な文化・社会・人々の活力などを、研究者の視点を介して、人々の暮らしと共に映像で記録し、それら記録映像を活かしたプロジェクトになります。このプロジェクトについては、また折をみて触れさせていただきますね。

澤崎 賢一
1978年生まれ、京都在住。アーティスト/映像作家。現代美術作品や映画を作っています。近年は、主にヨーロッパ・アジア・アフリカで、研究者や専門家たちのフィールド調査に同行し、彼らの視点を介して、多様な暮らしのあり方を記録した映像作品を制作しています。現在、撮影した映像素材を活かした新しいプロジェクト「暮らしのモンタージュ」を準備中。
初監督作品であるフランスの庭師ジル・クレマンの活動を記録した長編映画《動いている庭》は、劇場公開映画として「第8回恵比寿映像祭」(恵比寿ガーデンシネマ、2016年)にて初公開され、その後も現在に至るまで立誠シネマ(京都、2017年)や第七藝術劇場(大阪、2017年)で劇場公開、アート・フェスティバル Lieux Mouvants(フランス、2017年)などでも上映されました。

・映画《動いている庭》公式サイト:http://garden-in-movement.com/
2018年2月10日(土)-23日(金)に神戸アートビレッジセンターで映画《動いている庭》が上映されます。https://www.kavc.or.jp/cinema/1610/

・旅先の写真をインスタにアップしています。
 Instagram:https://www.instagram.com/kenichi_sawazaki/
・個人サイト:http://texsite.net/
・映像制作・記事執筆など、お仕事のご依頼なんなりと
 texsite1206(アットマーク)gmail.com

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