殺されるか、自殺するか

睡蓮 さて、今回のテーマは「悪女と悲劇」です。まずは『危険な情事』からいきたいと思います。1度観たら忘れられないトラウマ映画の一つです。で、ここから話すべきか迷いましたが、ラストシーン。最初予定していたものと違うんですよね。DVDの特典映像に別バージョンが入ってるんですが、観ました?

森下 うん、観たよ。

『危険な情事」あらすじ
 ニューヨークで働く有能な弁護士のダンは、美しい妻・ベスと6歳になる娘・エレンと幸福な生活を送っている。ある日、出版記念パーティにベスと出席したダンは、自らが顧問を務める出版社の編集部員・アレックスと出会う。彼女の魅力的に惹きつけられた様子のダン。パーティの翌日、ベスとエレンは郊外にある実家に泊まりに行き家を留守にする。一方、ダンは出版社の会議に出席し、そこで再びアレックスと出会い食事を共にする。セクシーな雰囲気を持ち、なおかつ積極的なアレックスに誘われ、ダンは迷いもなく彼女と肉体関係を持つが、一夜の情事と割り切っていた。しかしアレックスにとっては特別な関係の始まりとなり、態度が変化していく……。

睡蓮 「自殺するか」「殺されるか」と大きく変わるわけだけど、率直にいって、どっちが好きですか?

森下 作品になっている方かな。「殺される」方が映画の出来としては好みだった。

睡蓮 奥さんのべスが浮気相手のアレックスを銃殺する方ですね。

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森下 最後の最後で「ラスボス(悪)を倒した」って感じが、ホラー映画のラストとダブったのね。そういうオチだと物語としてはすっきりするじゃない?気分的にも。別バージョンは、個人的にはしっくりこなかったんだよね。

睡蓮 自殺する方、あれは試写会の時の反応が悪くて、わざわざ撮り直したみたいです。

森下 あれだけ周囲を恐怖に陥れた人物が、ドラマチックに自死するラストってどうなんだろう。何の呪いなの?宗教くさくて嫌だな。

睡蓮 アレックスの根本的な精神状態だと自殺してもおかしくないだろうなという説得力自体はあるんだけど、自殺してしまうと、観てるこっちが彼女を追い詰めて殺したみたいな妙な罪悪感が芽生えてきちゃって。あと映画としての盛り上がりには欠けるってのはあるけど。

森下 わたしはひとつの娯楽として観ていたから、浮気相手の女でもエイリアンでも、敵意むき出しで向かって来るものに対しては、「おまえ、早くやっつけられろよ!」って思うのよ。

睡蓮 モンスター級の悪女として描かれてて、だんだんこっちもアレックスの圧からどうにか逃げたくなってくるんですね。そういう時に、自殺という自己完結な、ある意味で綺麗な死に方をすることを観客が許すのかどうか。まあ、結局許されなかったから撮り直したわけですが。銃殺されて死んだかと思いきやガバッと蘇ってくるシーンとかすごい怖かったです(笑)

森下 あれは完全にホラー映画だよ(笑)

睡蓮 アレックスは設定としてセクシーな女性として描かれていて、妻子ある男性が、ダメだとわかりながら美女にのめり込んでいくサスペンス系のドロドロ不倫ドラマになる要素があるのに、アレックス役のグレン・クローズが凄まじすぎてホラーになっちゃうんですよねぇ。

画像: www.headstuff.org
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森下 アレックスは仕事も出来るし、大人の遊びも知ってるイイ女としてダンの前に現れて、積極的に誘惑するでしょ。あの、わたし物分かりのいい女よ、うふふって振る舞いは本当に「あー、悪い女だなあ」と思ったけど、そのあとさっそく精神病んじゃってるのを見せるあたりが……何なんだろうね、悪女の闇の深さって。

睡蓮 そうそう。「あたしが遊んであげてるのよ」って態度かと思いきや、寝たら「遊ばれた!責任とってよ!」ってぎゃーっと大騒ぎ。まあ、恋愛話としてはよくある感情の流れ方なんですけどね。

森下 そう、何ら珍しくない。ラストの殺す殺されるシーン以外は、誰にでも起こり得るんじゃないかな。

睡蓮 異常者なのか、そうじゃないのか、そのさじ加減が……。とにかくグレン・クローズが強烈すぎて、そういう普通っぽい流れをスコンと飛ばしてしまうんですよね。

森下 グレン・クローズが特典映像でアレックスのキャラクターを「典型的な性的被害者よね」って言ってたのが気になったけど。

睡蓮 ああ、性的なというよりも、根っから被害者意識を強く持っていないとああならないですよね。

森下 いきなり手首切るなんてこともあれが最初じゃないはずで、つまりは、愛されたかったんだなあって……。

出会ってはいけない二人

睡蓮 マイケル・ダグラスの演じたダンという男性も、無駄な優しさをみんなに振りまいて勘違いされる厄介でずるい人だし、一番出会っちゃいけない組み合わせの二人(笑)アレックスはセクシーでキャリアもあるけど付き合ってる人がいない状態だけど、それなりにモテる風に描かれている。男性経験豊富っぽいのにまるで初めて恋したみたいな行動をとるのが不思議な気もしましたね。あれはどちらかというと本気の時になる行動というか。

森下 もともと依存症の性質はあっただろうけど、そこに幸せな家庭への執着が加わって、暴走してしまった。

睡蓮 ダンに完璧な家族がいることでより一層許せなくなったんでしょうね。車燃やすとか電話かけまくるとか、わかりやすくダメな方に走っちゃう。例えを出すと、『ゴーン・ガール』のエイミー(ロザムンド・パイク)は完璧を追及して徹底的になるけど、アレックスは全然完璧じゃない。

森下 形振りかまわずボロだしまくるって人間味があって面白いけど、そこに時代を感じるよね(笑)。

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睡蓮 だからラストシーンに話し戻すと自殺してしまったらあまりに切ないな、と。うまくやれそうなのに全然うまくない。狭い回路でしか考えられなくなってる状況で、自分から社会に対して包囲網を作ってしまう。

森下 能力の高い女性編集者だったのに、中盤からはもう社会不適合者だもん。

睡蓮 たかが一人の男によって崩れていく……そういう見方すると結構な恋愛モノなんだなぁ。社会の変化と彼女の女性としての意識がうまく結びつかなかった、そういう悲劇を感じます。普通、相手との関係を続けたかったり、奥さんから奪おうと思ったりするならもっとしたたかに振る舞いますよね。でもアレックスは嫌われるのなんて微塵も恐れてないでしょう。

森下 相手の家族の引っ越し先を覗きに行くのなんて一番嫌われるのに。普通の恋愛だろうが不倫だろうが、恋愛して人格が変わる人なんていくらでもいるけど、この場合は男性側も悪くて、危機感持ってなかったのかな?って思うんだよ。殺されるところまで想像しなくていいけど。

睡蓮 あっぱれなくらい考えてなさそう(苦笑)終わってから地雷踏んだことに気づくドジっ子っぷりに笑っちゃった。だからもし殺されてもあんまり同情する気にはなれないな。ただ、アレックスの方が相手の男を殺しちゃうと、悪女から本当にモンスターになってしまうので、それはあんまりかわいそうだなあ、と。いやぁ、観れば観るほどに怖さから切なさに変わってきた1本です。

画像: Fatal Attraction - Trailer youtu.be

Fatal Attraction - Trailer

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才能を無駄遣いする女

睡蓮 思い込みの激しいタイプという流れで、『アデルの恋の物語』に移りますね。架空のお話ではなくて残念ながら実話です。『危険な情事』のアレックスとアデルにはキャラクターとして共通する部分が多いかな、と。

森下 なんたってイザベル・アジャーニだよね!

『アデルの恋の物語』あらすじ
 カナダ・ハリファックスの港に降り立ったアデル・ユーゴーは、フランスの大作家ヴィクトル・ユーゴーの次女である。彼女はかつて一度だけ愛し合った英国騎兵中尉アルバート・ピンソンを追って海を渡り、下宿の部屋で、来る日も来る日もピンソン宛の手紙を書き続けていた。しかし一度も返信は無く、孤独と愛の焦燥にとらわれた彼女は連夜のごとく悪夢を見るようになる。それは姉のレオポルディーヌが舟もろとも溺れ死ぬ夢だ。本屋の主人ホイッスラーから「ピンソンには多額の借金がある」という噂を聞いても、アデルは恋文を届けることをやめない。ある日、ピンソンがアデルの下宿にやってきて、2人の関係は終わったのだと告げる。それでもアデルは彼を追い、自らを狂気の淵へと追いやっていく。

睡蓮 わたしイザベル・アジャーニが女優としてすごい好きで、冷蔵庫に彼女の写真貼ってるんです(笑)

森下 可憐な表情のまま悪魔に憑りつかれたような芝居するの、いいよね。わたしも20代のときハマった。

睡蓮 アレックスとアデルはものすごい妄想癖で、相手に嫌われることを恐れずなりふり構わずに自分の気持ちをぶつけまくる。

森下 幸せを知らない女たち……。

睡蓮 まず、あんなに長い手紙を書けるという時点で大変な才能ですよ。あそこまで他人に執着できるのも。

森下 わたしは札束を火にくべているようなもんだなと思ってしまったよ。自分の持つ才能の価値がわからないのよ。

睡蓮 もったいないですよねー。ちゃんと作家になれば大作を書けたと思うのに。

森下 私生活と執筆をきっぱり切り離して大作家になる人はいるけど、アデルは執筆を仕事にしようとは思ってなかったんだね。男のためにせっせと手紙を書いて生涯を終えちゃった。

睡蓮 映画では、当時18歳の可憐なイザベル・アジャーニが演じてるけど、アデル・ユーゴーってこの時、実際の年齢は33歳だったんですよ。

画像1: www.unifrance.org
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森下 えー!いいおばさんだ。2017年なら30代女性はまだ若い範疇だけど、19世紀でしょ?女性の事情がずいぶんと違うよね。

睡蓮 彼女はもともと父が国家レベルの偉大な作家ヴィクトル・ユーゴーであることと、実姉が若くして亡くなったことにすごく囚われてる。自分に対しての自信があまりにもなくて、ものすごく世界が狭いんですよねぇ。そんな自己完結な世界に外の世界からピンソンがやってくる。男性経験もなかったことから一度関係があっただけで「セックス=自分が受け入れられた」って舞い上がってしまうわけですね。

森下 その高揚がすなわち「恋」だから、悪いことではないけどさ……。

睡蓮 わたしも好きな人には毎日手紙を書きたいと思う方で、アデルの心理はすごいわかる。メールとか返事を求めるものじゃなくて、とにかく想いを綴りたいんですよ。ま、あくまで思うだけで、実際はそんなことしませんけど(笑)

森下 睡蓮さん、書いたら長そう……。アデルの場合は思い通りにいかない恋に固執して、どんどん悪い方にいってしまったわけだけど。

睡蓮 恋はある種の宗教ですからねぇ。ラストではピンソンが誰だかわからなくなって、そのあと精神病院に入って死ぬまで日記を暗号で書き続けちゃうんですもんね。

森下 暗号で……。

睡蓮 もう、そこまで狂えるのも含めて才能しか感じない。

森下 痴情のもつれで「殺す」「殺される」はよくあるけど、気が狂って精神病院に入ったケースはレアかも。

睡蓮 フィリップ・ガレルが『愛の残像』で描いたヒロインとかもそういうタイプだけど、恋人同士だったしなぁ。あとヴィヴィアン・リーがヒロイン演じた『絶望という名の電車』とかかなぁ。でも、アデルの場合、いわゆる付き合ってるってレベルじゃなくて、あくまで過去に一度寝ちゃったってだけで。正統派のストーカーとしてどんどん勘違いしていくわけですよね。

森下 ストーカーは相手に拒絶されても自分に都合のいい解釈をするものだからね。

睡蓮 純粋は純粋なんだけど。ろくに話をしたこともないのに、ちょっとしたことで自分は相手を深く理解してると思い込むところとか「私がピンソン夫人です」と名乗っちゃうところとか。

森下 しかし、ピンソンってそこまで熱中するような人かな?ってちょっとだけ思っちゃった。

睡蓮 遊び人って女扱いが慣れていて表面上は優しいですからね。私はああいうタイプ嫌いじゃないですよ(笑)

森下 わたしは無理(笑)でも、アデルの父親が大作家のヴィクトル・ユーゴーだとしても、舞い上がったりビビらなかったのはすごい。きっと、そういうところにも惹かれる理由があったはず。

睡蓮 確かに、あるでしょうね。

森下 アデルが本屋で紙を買ったとき、男性店員にプレゼントをもらったじゃない?包みを開けてみたらヴィクトル・ユーゴーの著書(『レ・ミゼラブル』)で、個人情報漏洩っていうかプライベートの部分に介入された上、色目を使われたことにブチ切れてたのが印象的だった。ピンソン以外の男に厳しいなって。

睡蓮 そうそう、他の男にはやたら厳しい。ピンソンは個人を認めてくれた初めての人ですからね。

森下 うーん、それも思い込みというか、勘違いだったってのが何とも……。

恋することは死に近い状態である

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睡蓮 勘違いだとしても、肯定されるのは嬉しいですもんね。恋愛経験が少ないからすぐに、恋心につながるのもわかる。純粋に自分のことを愛してくれるなんてあり得ないとも同時に思っちゃうけど。だって、純粋な愛情なんて幼稚園くらいで終わると思うんですよ。社会人になると対個人だけじゃなく、社会背景とか金銭なんかも絡んでくるから。

森下 そうだね、まず、1日中相手のこと考えるなんてできないもん。生きている人間ならトイレに行ったりご飯を食べたり、現実的な生理的現象に自然と身体が動くし、意識も外に向かう。丸1日恋に没頭するって、何かの中毒症状だよ。

睡蓮 24時間相手のことを考えるなんて、死ぬ方に向かっていってるわけですからね。

森下 恋に溺れているときってのは、死に近い状態なんだよ。

睡蓮 アデルが自分の妄想の世界に入っていくことで幸福を獲得したように見えたのは、観てて辛くもあるんだけど、凄味すら感じました。

森下 悲劇的だけど、悪女と聖女が同化した尊厳あるラストだった気がする。ってのはおおげさだけど。

睡蓮 いやいや、同感です。本当に今回の悪女たちにとっての悲劇って何なのかなって。外から見るだけだと、アレックスもアデルも自分が自分であるために必死で、人のことを追い詰めて不幸の要因になっている。なんでそうなってしまったのか、彼女たちの精神状態にこそ悲劇を感じます。だから「この人頭おかしんだな」だけで切り捨てられない。

森下 想いが純化しすぎてあっちの世界に行ってしまったアデルだけど、あんなに追っかけてた恋人が視界にも入らなくなった世界で、彼女の見てるものって何なんだろう?

睡蓮 何が見えてるんでしょうね、本当に。彼女自身が傷つくことから守られて、ピンソンが彼女にくれた優しい部分だけがある世界、かなぁ。

森下 だよね。やっぱピンソンなんだよ。

画像: L'Histoire d'Adèle H : bande-annonce youtu.be

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祈りの先に何があるのか


睡蓮 次に取り上げるのはラース・フォン・トリアー監督作『奇跡の海』なんですが……、前出の2作と全然違って、この監督が生理的に苦手すぎて……。

森下 わたし『奇跡の海』けっこう好きだよ。19歳のときにVHSで観たんだけど、感動して泣いたもん。

『奇跡の海』あらすじ
 映画の舞台は1970年代のスコットランドの寒村、プロテスタントの信仰が色濃く残る地で、主人公のベス(エミリー・ワトソン)は家族と一緒に暮らしていた。油田採掘の仕事をしていたヤン(ステラン・スカルスガルド)と結婚し、ふたりは深く愛し合っていたが、ヤンがよそ者であるがゆえ、保守的な村の人々からの風当たりは強い。ベスは信仰心が深く少女のように無垢で、いつも教会に足を運んでは“神様との対話”をしていた。ヤンは採掘作業で家に戻れない日が多くなっていき、あまりの寂しさからベスは教会で「ヤンに帰って来てほしい」と祈るが、願いが通じたのか、ヤンは村に戻ってくる。しかし、作業現場での事故でヤンが大怪我をしてしまい……。

睡蓮 わたしはやっぱり唸りながら観ました。トリアー作品の「テーマ」自体は興味深いのに、作品を観るとひどく嫌悪感が湧いてきて。その中でも比較的大丈夫な方の作品でしたけど。わざと人間の生理的な気持ち悪さを挑発しているような監督ですからねー。

森下 嫌悪ね、なるほどー。べスの夫のヤンは作業現場の事故で首から下が麻痺して、強い薬のせいで意識が混濁していたのもあるけど、「愛人を作って、性行為のことを話して聞かせろ」とかいうわけね。でも、べスは夫のためだと思って娼婦まがいなこともし始めて、危険を省みないところまでいってしまうよね。

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睡蓮 それが例えばSM的な関係性によってお互いに快楽得るとかならまだわかるんですけど、ベスの場合、どこか精神を患っているという設定で、自分と神の歪んだ対話を精神的な支柱にして、とにかく何かを盲信しようとしますよね。夫と一緒にいたいがために強く信仰すれば必ず叶う、という。神様と身体の動かない夫と自分という歪んだ三角関係を作ることでしか自分を保てない。

森下 べスには強く祈るしか方法がない、他にできることがない、ってのもちょっとした絶望だよね……。

睡蓮 キリスト教の根本的な発想だとそもそも性行為って子供を作る目的以外認められない背徳行為だし、べスの中にたえず祈る神様がいるにも関わらず、結局は夫のことしか聞かない。キリスト教というよりは夫のことを教祖的に見ている感じが気持ち悪くて。

森下 何か行動するときに神様を理由にすんなって思うのよ。観ていて痛々しかったなあ。

ヒロインの自己犠牲の精神

睡蓮 くどいですが、トリアー作品って本当に痛々しいし、清々しさなんて微塵もない(苦笑)

森下 例えが変だけど、空腹の人に「わたしの肉食べていいですよ」って言ってるような、見当違いな優しさといえばいいかな……?

睡蓮 いらないのに断りづらい(笑)あと、登場人物たちをボロボロにして弄んでいる感じがね、どうも神経に障るというか、性格悪いなっていうか、随所にトリアーの顔が映画のなかにちらつくというか……だめだ、どんどん監督の悪口になっちゃう。

画像: ヒロインの自己犠牲の精神

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森下 ラース・フォン・トリアー監督がどう思ってるかわかんないけど、作風としてはいじめの現場を見ている気持ちになるし、どの作品もヒロインの自己犠牲の精神が過ぎるよね。救われるには痛みを受けなきゃいけない……なんてことないから!他人のために自分が死ななくてもいいよって思うよ、本当に。

睡蓮 人のために何かしたことで自分が救われる、みたいな発想が自分には全くないなぁ。自分が悲惨な目に合えば合うほど夫が良くなるって愛とかじゃなくてカルトですよ。こ描かれてる「犠牲」がすごく狭義のものに感じて、辛かったです。

森下 夫や神に身も心も捧げて奇跡が起きる、そういう深い愛情についての物語ではあるけど、黒魔術の生贄じゃないんだからさー……。

睡蓮 安易な救いを求める気は無いけど、そんなに彼女のこと追い詰めなくてもねえ。周りの人間たちも結局誰も助けないし。で、最後に鐘カーンカーンでちゃんちゃんって急に美談みたいにしちゃうところとか……やっぱ嫌悪感しかないです(笑)

森下 気持ちのいい映画じゃないからねえ。その嫌悪感は間違ってないと思うよ。

画像: 奇跡の海(予告編) youtu.be

奇跡の海(予告編)

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睡蓮 一番弱い者をよってたかってボロボロにしてしまう、周囲の人間たちのエスカレートする意識とか、懐疑的になることすらない精神とか、人間の尊厳と対極にある世界をここまでエグく描けるのはトリアー先生だけですけどね!それにしてもベス役のエミリー・ワトソンはすごかった。ボロボロになるほどに活き活きする、あの表情が怖くて。

森下 そうだよね、べスを悪女と呼べるのはその並外れたバイタリティによると思う。不随になった夫の身体を蘇らせようと、殺されるかもしれない場所に捨て身で踏み込んだとき、二十代のわたしが何に心動かされたかというと、べスの「狂気」の部分だったのね。「周りにどう言われようが、わたしはそこに行く」って意思。その切実さと、常識から外れてみせる潔さ。ただ、あの行動を妻の愛情=聖女と取るか、精神を病んだ女性の愚行=悪女と取るかは受け取る側によるんだけどさ……。

睡蓮 ベスのこと悪女って呼んでしまうと、一緒になって苛めているみたいでなんだか気分悪いです。「私が間違っていたのかしら?」って自問して「全部間違ってた」と最後まで自分のせいにしてしまうところとかも、「あなたは間違ってないよ」ってとりあえず彼女に言いたい。

森下 だからこそ、ベスの場合は悪女を経て、死に際で「神」になったんだよね。そういう解釈してあげないと浮かばれないわ……。

今回取り上げた3本

『危険な関係』
監督 エイドリアン・ライン/製作 スタンリー・R・ジャッフェ 、 シェリー・ランシング/脚本 ジェームズ・ディアダン/撮影 ハワード・アサートン/衣装デザイン エレン・マイロニック/音楽 モーリス・ジャール/美術 メル・ボーン
原題 Fatal Attraction/製作年 1987年/製作国 アメリカ/配給 パラマウント=UIP/上映時間 119分
キャスト マイケル・ダグラス、グレン・クロース、アン・アーチャー、エレン・ハミルトン・ラトセン、スチュアート・パンキン 他

『アデルの恋の物語』
監督 フランソワ・トリュフォー/製作 フランソワ・トリュフォー/原作 フランセス・V・ギール/脚本 ジャン・グリュオー 、 フランソワ・トリュフォー 、 シュザンヌ・シフマン/撮影 ネストール・アルメンドロス/音楽 モーリス・ジョーベール/編集 ヤン・デデ
原題 L' Histoire D' Adele H./製作年 1975年/製作国 フランス/配給 ユナイト
キャスト イザベル・アジャーニ、ブルース・ロビンソン、シルヴィア・マリオット、ジョゼフ・ブラッチリー 他

『奇跡の海』
監督・脚本 ラース・フォン・トリアー/制作総指揮 ラーシュ・ヨンソン/音楽 レイ・ウィリアムズ
原題 BREAKING THE WAVES/製作年度 1996年/上映時間 158分/製作国 デンマーク
キャスト エミリー・ワトソン、ステラン・スカルスガルド、カトリン・カートリッジ、ジャン=マルク・バール他

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森下くるみ(もりした・くるみ)
1980年生まれ。秋田県秋田市出身。文筆家。「小説現代」2008年2月号に短編小説「硫化水銀」(のちに電子書籍化)を発表。著作に『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)、『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。季刊誌『東京荒野』に旅エッセイ「回遊録」を、ポエジィとアートを連絡する叢書『未明』に「食べびと。」を連載中。

睡蓮みどり(すいれん・みどり)
1987年生まれ。神奈川県横浜市出身。早稲田大学第二文学部中退。在学中より映画を中心に女優として活動を開始。主な出演作は『恋の罪』(園子温監督)、『青春群青色の夏』(田中佑和監督)、『断食芸人』(足立正生監督)、『第九条』(宮本正樹監督)など。その他、「月刊デジタルファクトリー」で写真モデルを務める。文芸誌「文學界」や「群像」にエッセイを発表。図書新聞に「シネマの吐息」連載中。著作には『溺れた女 渇愛的偏愛映画論』(彩流社)。

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