睡蓮 前号に続き、悪女とコンプレックス後編です。増村保造監督による「ナオミと譲治」の物語、『痴人の愛』はやはり外せないですね。

森下 小沢昭一さん演じる譲治を奈落の底に蹴落とすのが大悪女・ナオミで、演じるのは安田道代さん(現在は大楠道代)なんだけど、これがもう、凄まじかったんだよーーー。

(『痴人の愛』あらすじ)
精油所の技師・河合譲治は酒も煙草も麻雀もやらず、上役や同僚から無類の竪物と思われているが、実は秘かにナオミという女と同棲していた。ナオミはまだ女性というには幼いが、譲治は理想の女を作りあげようと奇妙な執念をナオミにそそぎ、結婚をする。譲治はナオミに教養をつけさせようと、ピアノやイタリア語を習わせたが、ナオミは学生の浜田や熊谷らのボーイフレンドと遊びまわり、勉強などすぐに飽きてしまう。そのうえ、譲治の職場ではナオミが見境もなく男と関係しているとの噂が立っていた。譲治はナオミを問いつめたが、ナオミは巧みにその鉾先をそらし、かえって豊かに磨き上げられたあでやかな肉体を誇示し、譲治はその魅力に屈服するありさまだった。譲治はなんとしてもナオミを自分ひとりのものにしたいと思い、次第に束縛はエスカレートしていく。

睡蓮 谷崎潤一郎の書いた原作小説ではナオミは15歳なんですよね。

森下 えー!

睡蓮 前回登場の『ラマン』の少女と一緒。ただ、映画での年齢設定は18歳だそうで。

森下 そっか、そうだよね、安田道代さんの芝居だと男の扱いが堂に入ってて、とても15歳には見えないもの。

睡蓮 不良少女の感があって、男を挑発するのがすごく上手ですね。何度もリメイクされている作品で京マチ子さんや叶順子さんも別の監督でナオミを演じてますが、やっぱり増村版が好きかな。

森下 このナオミって女の子は、悪女の教科書とも大博覧会とも言えるんだけど、それにしても増村版の『痴人の愛』は悲惨だった。

睡蓮 本当、ここまでいくと清々しいくらいです。谷崎の「悪女に翻弄されたい」ってドM願望をふんだんに表現してますね。

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森下 四つん這いになった譲治の上にナオミが跨って、「走れ走れぇ!」って馬の真似させるのとかね、ああいう屈辱的な現象を、谷崎は「男の夢」みたいに描くから……いやあ、本当に屈折してる。

睡蓮 女の立場から言うと、そういう超越したレベルのわがままを受け容れてくれる男性がいたらいいなって思いますよ。

森下 自分をまるごと受け入れてくれた上に、気が狂ったりしてくれるなんて嬉しいよね。

睡蓮 嬉しすぎる。人生に一人で十分ですけどね……。

森下 譲治は気がおかしくなるまで愛したり、痛みに快感を覚えるような変態だけど。

睡蓮 まあ、わかりやすい変態だし、いろいろなこと差し置いた上で言いますが、ものすごく恋愛自体を楽しんでるように見えます。

森下 工場勤務の真面目一辺倒な冴えない親父の家に、あんな若い女の子が転がり込んでくれば舞い上がるよねえ。

睡蓮 惚れ込んだアイドルとか、キャバ嬢をナンバーワンにしてあげたいという心理に似ているのかな、自分の手で育てあげたいっていう。

森下 映画の前半はそうだったよね。成長を見届けたい、俺が守るみたいな正義感と……善意?

睡蓮 元祖・個人アイドルで、そのアイドルがお家にいる。すごくプロデューサー的な発想で最初はナオミと接しているんです。この辺りは光源氏とかもそうだけど、決定的に違うのは光源氏が生粋のイケメンでプレイボーイってことですね。

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森下 ラーメン屋でバイトしていたナオミを、譲治は「陰気で無口で顔色の悪いナオミがすごく気になった」って回想してたじゃない?惚れたのは「利口そうだったから」とか言って。

睡蓮 バカな女は嫌だ、と。

森下 バカな「だけ」な女は嫌だって。だけどナオミのことは利口そうだから見込みはある、こいつをイイ女にしようと目論んだけど……。

睡蓮 自分が翻弄されてしまった。

森下 譲治のプライドの高さが弱点になってしまったのね。

睡蓮 ナオミは彼のドM的な本質を見抜いてたんですね。

森下 映画の序盤、ナオミがお風呂の中で譲治に「お嫁さんにして~」って甘えるところ、思いつきで可愛く言うのと、「私を特別扱いしろ」って太々しさが同時に見えて面白かったなあ。

睡蓮 うーそんな台詞、絶対言えない。浮気したとしても戻ってくれば許してもらえると思ってるし、手のひらで転がしつつ関係性を保とうとする。「お嫁さんにして」って言ったら、いい奥さんになるために変わっていくのかなと思うけどナオミは真逆。

森下 そうそう、逆にどんどん悪女になっていく。女の武器遣いまくりで、すぐ泣くし「大好きっ」なんて軽々しく言ってから抱きつく。大好き&抱きつきがセットになってるのね。

睡蓮 うーん。どこでそんな技覚えたんだろう。ナオミのお母さんとかも結構冷たいというか、そんな娘に感心ない感じだったしな。

画像: www.top250.tv
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森下 もともと持ってる女の資質ってものがあるのかな。譲治はナオミのことを「賢い女には程遠くて、進歩もしない、怠け者でだらしがない」って散々見下していたけど、あっさり沼にはまっちゃった。会社の同僚に「あなたの奥さん、共同便所ってあだ名がついてますよ」って言われてもへこたれないくらい(笑)

睡蓮 あれは酷かった(笑)

森下 それで、急いで家に帰ったらベッドに浮気相手の男(田村正和)がひとりで横たわってるじゃない?最初は怒り狂ってた譲治が、なぜか浮気相手と酒を飲んで意気投合して、浮気相手の男に「ナオミさんと関係を持って良かった、一瞬だとしても夢を見させてもらえる人だった」なんて言われて、「俺が育てたからなあ」って優越感に浸るっていう……。

睡蓮 そういうところは谷崎の『鍵』でも描かれた寝取られ願望にも通じますね。

森下 みんなただ遊ばれてるだけなのに、夢見心地になったりして、その辺からは、悲劇なのか喜劇なのかわからなくなっていくんだよ。

睡蓮 あのちょっとした欲望のずれは、当人たちは大変なんだろうけど、観ているこっちからするとただただ楽しいですよ。ナオミのモデルは谷崎の奥さんですからねえ。

森下 うげー。

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睡蓮 ナオミは男たちにとって、希望的な悪女ですね。

森下 ああ、とにかく周りの男たちが勝手にナオミを称賛するの。酔っ払って踊りまくってるだけで「度胸がある」って言ったり、節操なく男たちと遊んでる姿を「器用な女」って捉えたり。自分の欲望を隠さずに正直でいられる、ってところで男を惹きつけるんだね。

睡蓮 夢みたいな女なんだろうなあ。谷崎の夢を書いたようなものだから、なかなかナオミを越える悪女はいないですよね。ナオミにとって譲治は、恋人でも夫でも父親でもなく、何にでもなってくれる最高のファンみたいな感覚なんだと思った。

森下 しかも、熱狂的で盲目的な。

睡蓮 そういう関係性って面白いなって。そこにナオミも愛を覚えていく。ストックホルム症候群に似てる。普通は逃げますよ。結局似たもの同士なんでしょうね。

森下 蓋を開ければ完全にSMの世界だもん。ナオミは調教するつもりもないのに、最後はしっかり支配者と服従者になっててすごいよね。

睡蓮 計り知れない愛情と精神が通い合う世界観があるってことですよ。不幸なようでとっても幸福。

森下 ナオミと譲治、一緒にいても何も変わらないだろうね。

睡蓮 あの二人はきっと変わりたくないんですよ。奔放な態度や浮気をナオミはずっと続けるだろうし、それを許す譲治という人がいる限り、ナオミは大いに奔放でいないと。それが悪女の役割ですよ。いいな〜、つくづく幸せな話だなあ。

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画像1: Love for an Idiot 1967 - Dailymotion動画 dai.ly

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睡蓮 さてさて、お次は幸福度ゼロです。実は、わたし『キャリー』は初めて観るんですよね。

森下 デ・パルマ監督版、わたしは久々に観たよ。

(キャリーあらすじ)
ベイツ・ハイスクールに通う女子高生・キャリーは、気弱で内気な性格と冴えない容姿から、クラスメイトたちからいじめられていた。ある日の体育の授業後、彼女はシャワーを浴びている最中に初潮を経験する。狂信的なキリスト教信者である母・マーガレットから月経について何も教えられていなかったキャリーは、クラスメイトたちにはやし立てられた上、ナプキンを投げつけられパニックに。その場は担任の女性体育教師・コリンズに収められたが、後日、コリンズはキャリーをいじめたクラスメイトたちを体育館に呼び出し、「プロムパーティーの参加禁止、それが嫌なら毎日居残りで体育授業」を言い渡す。その後、キャリーをいじめた罪滅ぼしとして、同級生のスーは恋人であるトミーに、キャリーをプロムパーティーに呼び出すように頼む。図書館でトミーの誘いを受けたキャリーは、からかわれたと思い込んで逃げてしまうが……。

森下 ホラーでもない、サスペンスでもない、なかなかジャンル分けの難しい作品だけど。

睡蓮 非常に面白く観たんです。こんなに有名なのに今までスルーしてしまったことを後悔しています。いかんせん疎いジャンルで……ちなみに、これは何歳くらいのときに観たんですか?

森下 20代前半かな。『サスペリア』とか『フェノミナ』とか『悪魔のいけにえ』とか、タイトルは有名なのに観てなかったのね。そういうホラー作品を片っ端から観てた流れで、「あ、じゃあ『キャリー』も、ってなった記憶が。

睡蓮 洋物のホラーというか、スプラッター映画にハマったのは何でですか?

森下 小学校の頃に金曜ロードショーで『13日の金曜日』『バタリアン』がしょっちゅう放映されてたんだけど、大好きだったんだよね。キャラクター化された殺人鬼の出てくるB級映画に一番映画っぽさを感じてたし、作り物感の強い方が作品として楽しめたから。

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睡蓮「これは作り物」って認識する感覚は大切にしています。その上で感情を緻密に描くような、まあいってしまえばアート映画と括られてしまうものにはまりました。

森下 スプラッターでもファタジーでもなんでもいいけど「これは構築された想像の世界で、現実とは違うんだ」って意識があるからこそわくわくする。

睡蓮 なるほど、面白いなぁ。わたしは嘘みたいに綺麗なものが並んでいるお耽美な映画が好きです。少女漫画を読んでいる感覚ととわりと近くて、現実じゃないけど恍惚としていたい、みたいな。だからヴィスコンティとか超絶美しい人たちが出てくる方が好き。

森下 虚構は虚構でも、わたしはエイリアンやモンスター、睡蓮さんは超美形に好みが分かれたね(笑)。話を戻して、『キャリー』は壮絶ないじめのシーンから始まるでしょ。演出で盛っているせいもあるけど、あれはなかなか酷い状況だったなと思って。生理用ナプキン投げつけられるって、かなりの屈辱だよ?

睡蓮 キャリーが生理を知らないっていう歪みはすごい表現だなと感心してしまいましたね。まずは母親の異常な教育があって、その母親は夫がいなくなって女性性に対して嫌悪していて。何がコンプレックスかなんてもうわからなくなっていて、キャリーは生きてること自体に劣等感を持ってる。

森下 母親は自分の思想を娘のキャリーに押し付けるんだよね。被害者意識と恨み節がセットになったものを。

睡蓮 そう、あの母親の表情の迫力になぜか丑の刻参り思い出しましたよ(笑)

森下 今の時代も、親にプレッシャーかけられてる子供っていっぱいいるんだろうなあ。宗教的なことじゃなくても。

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睡蓮 絶対じゃないですか、親が。あんな大きな家で2人きりで暮らしてて、学校ででいじめられて逃げ場がどこにもないなんて。

森下 どうやったって逃げられないよ。

睡蓮 母親をクズ扱いできればいいけど、それができないんですもんね。悪女の話しているけどキャリーのこと悪女って言ってしまうのはあまりにも気の毒すぎるというか。母親もひどいし、いじめてくる女の子たちもひどい。唯一まっとうなのが担任の先生もキャリーのせいで結局は死んじゃったけど。

森下 本当に、地獄のプロムパーティだった。参加してた人はほとんど死んだんだろうなってくらい。

睡蓮 あのパーティーシーンの撮影すごいですよね。CGなしとか信じられない。ものすごく血みどろだけどそこまで気持ち悪くなかったです。

森下 えー、気持ち悪くなかった?

睡蓮 基本血がいっぱい出るの嫌なんですけど(苦笑)、この作品はそれよりも別の恐ろしさに気を取られちゃって。ただとにかく怖かったんですよ、キャリーの表情が。

画像: www.charlestoncitypaper.com
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森下 あれはもう人間じゃなくて、死霊か悪魔かってところだもんね。

睡蓮 やれって言われてもなかなかできないですよ、あの顔は。あのときのキャリー役のシシー、25歳だったそうですよ。

森下 学校でおどおどしているときの顔も本当にブスで……って、いや、あれはシシー・シペイクスの超絶演技だなあっていう意味。

睡蓮 そうなんですよね、リメイク版のクロエ・モレッツだと可愛いすぎちゃって。それなのに、ドレスで着飾ったときは輝いて可愛く見える瞬間がありましたけどね。ドレスも手作りってとこが泣けるけど。

森下 ああ、一瞬だけ人間らしく血の通った表情になってた。振り幅が大きいよね、その後の展開は地獄だけど。

画像: Carrie (1976) - Original Trailer youtu.be

Carrie (1976) - Original Trailer

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睡蓮 終わり方も後味悪すぎますよ……さすがだなあって。主人公キャリーのメンタルに食い込んだ母親の影響、それから不在の父親への隠れたコンプレックスも根強い。この作品、比較的子供の頃に観ることを推奨したらいじめとか少しは減るんじゃないのかな。

森下 学校ではいじめられ、家では女らしく成長するのを母親に阻害されて、好きな男の子の前で豚の血浴びたら……負のパワー爆発だよね、念力出ちゃうのも納得する。自分もろとも燃やすなんてのも女特有の行動な気がして。

睡蓮 いやぁ、ついに出ちゃいましたね、念力。この章で取り上げた映画の中では1番人が死傷者の数が多いですね。とにかく人を巻き込んでいて、最凶の10代女子だってことは間違いないです。

森下 やっぱ念力だよ、念力。人間じゃないものになる力が悪女にはある。他人の人生も自分の人生も壊してしまう強大なエネルギーを意識の中に隠してるのね。そこが女の本当に怖いところなの。

今回取りあげた2本

『痴人の愛』
原題 An Idiot in Love/製作年 1967年/製作国 日本/配給 大映/上映時間 92分
監督 増村保造/原作 谷崎潤一郎/脚色 池田一朗/企画 久保寺生郎/撮影 小林節雄/音楽 山本直純/美術 間野重雄/編集 中静達治/録音 渡辺利一
キャスト/大楠道代、小沢昭一、田村正和、倉石功、村瀬幸子、紺野ユカ、清川玉枝、早川雄三 他

『キャリー』
原題 Carrie/製作年 1976年/製作国 アメリカ/配給 ユナイト
監督 ブライアン・デ・パルマ/製作 ポール・モナシュ/原作 スティーヴン・キング/脚本 ローレンス・D・コーエン/撮影 マリオ・トッシ/SFX Gregory M. Auer/音楽 ピノ・ドナジオ/美術 William Kenny 、 ジャック・フィスク/編集 ポール・ハーシュ
キャスト/シシー・スペイセク、ジョン・トラヴォルタ、パイパー・ローリー、エイミー・アーヴィング、ウィリアム・カット、ナンシー・アレン、ベティ・バックレイ、P・J・ソールズ 他

前回の対談はこちら

森下くるみ(もりした・くるみ)
1980年生まれ。秋田県秋田市出身。文筆家。「小説現代」2008年2月号に短編小説「硫化水銀」(のちに電子書籍化)を発表。著作に『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)、『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。季刊誌『東京荒野』に旅エッセイ「回遊録」を、ポエジィとアートを連絡する叢書『未明』に「食べびと。」を連載中。

睡蓮みどり(すいれん・みどり)
1987年生まれ。神奈川県横浜市出身。早稲田大学第二文学部中退。在学中より映画を中心に女優として活動を開始。主な出演作は『恋の罪』(園子温監督)、『青春群青色の夏』(田中佑和監督)、『断食芸人』(足立正生監督)、『第九条』(宮本正樹監督)など。その他、「月刊デジタルファクトリー」で写真モデルを務める。文芸誌「文學界」や「群像」にエッセイを発表。図書新聞に「シネマの吐息」連載中。著作には『溺れた女 渇愛的偏愛映画論』(彩流社)。

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