コンプレックスを持つ悪女 

睡蓮 今回は「悪女とコンプレックス」です。今までに「悪女の目覚め」「悪女と無意識」を語りましたが、悪女レベルはまだ低い方で、本領発揮するのはまだこれからですね。

森下 これから狂気のレベルがどんどん上がっていくので、今はまだ可愛い方だと思うなあ。

睡蓮 最初に取り上げるのは1992年公開の『愛人/ラマン』です。偶然ですが、ナレーションを担当しているジャンヌ・モローが亡くなりましたね……。

森下 うん、驚いた。前回『突然炎のごとく』を取り上げたタイミングだったもんね。

『愛人/ラマン』あらすじ
ベトナムがフランス植民地インドシナだった1929年。少女はフランス人だが、母と兄二人と一緒にベトナムに住んでいた。母は教師をしていたが、騙されてほとんどが海水につかってしまう土地を買わされる。一家は貧しく暮らしていた。現地の女学校に通う彼女はある日、メコン川のボート乗り場で、1人の華僑の青年に話しかけられる。やがて2人は肉体関係を持つようになる。少女は、彼と関係を持つのは、初めは単なる快楽のため、お金稼ぎのためだと割り切っていた。中国人青年との関係を良くは思わない母親は、娘が中国人青年から金をもらっていることを知り、その金が貧困をしのぎフランスへ帰る資金になることがわかると、2人の関係を黙認する。少女と中国人青年の逢瀬は続き、次第に気持ちの変化が現れる。

睡蓮 モローとも親交のあったマルグリット・デュラスの自伝的な物語なわけだけど、主人公の少女の年齢が15歳。感覚や振る舞いがずいぶん大人びていて、改めてはっとさせられました。

森下 時代背景や家庭環境も影響していると思うけど、ある時期から急速に大人になっていったんだろうなあ、本能で。

睡蓮 びっくりするくらいの貧乏でしたもんね。

森下 もともとはそれなりの暮らしをしてたんだよね?

睡蓮 少女の母親が悪い土地を騙されて買ってしまって、落ちぶれていった感じです。父親がいなくて兄が2人、そして一番上のどうしようもない兄を母が溺愛しているという……。

森下 少女は卑屈で弱い母親に反発してるし、父の不在による喪失感で愛情が欠けている状態。でも欠損してる父性はどこからも補えないの。上の兄はアヘン狂いでどうしようもないし、下の兄は弱々しく頼りない。

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睡蓮 まともに距離を保てる男性がそれまで身近にいなかったせいもあるのか、架橋の青年と恋に落ちていくのは早いですよね。

森下 一瞬だった(笑)どこか物悲し気な少女に何とも言いようのない魅力を感じて、自然に惹かれてしまったという印象を受けたよ。

睡蓮 彼が少女に対してひと目惚れしたっていう描写が絶妙だった。

森下 少女の方も、相手がずいぶん年上だったからあえて誘いに乗ったのかなって気がする。40代50代の年上過ぎる人だったり、10代の男の子にはあまり興味がなさそう。

睡蓮 うーん、32歳っていうのがなんともいえない。早熟な少女がおじさんにいくのはありがちだけど、32歳は男性のほうもまだまだ旬な時期ですからねえ。

森下 裕福な家庭に生まれて、何にも不自由していないように見える中国人青年も少女とは違う形で屈折してて、そういうふたりが出会ったともいえるかな。……というとすごく普遍的な恋愛映画なんだけど。

睡蓮 それにしても、もう今の時代ではなかなか描けない題材ですね。日本では特に非難する人が多いんじゃないかな。

森下 15歳って設定の女の子と大人の男性が恋愛して性描写までしっかり観せてるから、エロスのみに注目すれば、ただの少女趣味だって誤解されたり、変態だろって言われたりすると思う。2017年の今でも、『愛人/ラマン』は観る人によっては「ポルノ映画」になっちゃうんだよね。性描写を物語の流れの中の一部分として受け止められればいいけど、時代が進んで性に対する自由が増す反面、性描写に対しては神経質になったよね。

睡蓮 もう、これは毎度思うけれど表面的には描写の自由が増しているようで、そのくせすぐに「自粛」とか「規制」とか何かを悪にすることで正当化するというか、そこに思想自体は何も進化しているわけでもないから窮屈になっているように感じますね。むしろ幼稚になってる。この少女像にしても、社会的に「悪女」とみなされてしまいますよね。年齢のことでいうなら、15歳にしてこの完成度という別の驚きや感動があるはずだけど。

森下 未成年の女の子が娼婦みたいなことをしているから、性犯罪が助長されるに違いない、悪影響を及ぼすって判断されるかも。芸術や文学であることよりも、一般的な常識、道徳的な観点で頭ごなしにダメ出しする人はいると思う。もったいないなー、大傑作なのに。

睡蓮 もうそういうひととは関わらないようにするしかないですね(苦笑)やってることは娼婦まがいだろうが、少女と青年の間にはそんな意識はまったくなくて、極めて純愛に近い。でも、純粋な気持ちだと言えば言うほど罪の意識も強くなって、親の決めた結婚をさせられた青年が、「お金が欲しくて近づいた」と少女にわざと言わせて未練を断ち切ろうとすうる切なさといったら……。

森下 男側のけじめだよね。理屈をつけないと諦められない、激痛を伴おうともそこできっぱり断ち切らないと人生が辛すぎるから。

http://rarefilm.net/l-amant-the-lover-1992-jean-jacques-annaud-jane-march-tony-ka-fai-leung-frederique-meininger-biography-drama-romance-erotic/

睡蓮 少女自身、父性を求めてる感じはあんまりしなかったですしね。

森下 父親はもういらないっていう精神性でいたし、とにかくファザコン特有の「恋愛相手への精神的な依存」はなかった。彼女の場合は家族関係が複雑だから、「この人はわたしを救ってくれるのかも」って期待して甘えて、情に負けてどろどろな関係になっても仕方ないのに、そういう気配が本当にない(笑)

睡蓮 これはもう、少女にとっては初恋ですよね。普通だったら少女の初恋って性愛と関係なく「○○君、だーいすき」みたいな感情できゃあきゃあするのが、そこを飛び越えた先に大人の関係があったの。恋すると相手にとって特別になろうとして、「何でもっと好きって言ってくれないの?」とか言いかねないのに、そういう面倒くささが全くない。お互い未婚なのに、最初から愛人関係を受け入れられる成熟さがあるんです。ホント、観ているこっちが「もうちょっと甘えて」って思うくらいでした。

森下 その自制心ってすごいと思うのよ。

睡蓮 メンヘラとは正反対ですよ。求めてるのはあくまで男側。あんまり感情を出さなくて、それがすごく色っぽい。初めてのときに密会する部屋で、男性側が「幼すぎて抱けない」って戸惑うのに対して、自分から服を脱がしにかかりますよね。慣れてるわけがないのに、淡々と脱がしていくんです。彼と寝てお金をもらおうなんて思ってなかったはずなのに「少女」って部分がすっぽり抜けてて、いきなり「女」になっちゃう。久しぶりにあんな官能的なシーンを観ました。

森下 そこは、あの女優さんの生身の部分が役柄としっかり結びついてる気がして圧倒されたなあ。中国人青年に車で送ってもらったあとに車窓越しに彼を誘惑するシーンも、「うわー、姿は幼いけど立派な悪女だー」って心底驚いたもん。

睡蓮 『また逢う日まで』以来の名キスシーン。

森下 15歳は、脆さ、儚さを孕んでいて、16歳もアンバランスだし、17歳でようやく大人の気配がしてくるのに……。

睡蓮 15歳の肉体って不完全ですよね。彼女は中国人青年に対して自分を17歳と偽ってましたけどね。

森下 彼女は15歳の自分がどう見られているのがわかってたんだよ。自分の女性性が相手に通用するのか、上手く相手を取り込めるのか……それは染みついた差別意識も影響してると思う。

画像: The Lover / L'Amant (1992) - Trailer youtu.be

The Lover / L'Amant (1992) - Trailer

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睡蓮 白人がアジア人を見るときの差別的な目って今もまだ根強くあるけど、当時は比べ物にならないほど過酷だったでしょうね。

森下 彼女、あんまり顔に出さないけどプライドもすごく高いよねえ。

睡蓮 若くして身体と引きかえに中国人男性からお金をもらってるけど、コンプレックスっていっぱいあったと思う。ただ、それを埋めようとしてはなかったと思う。そういう自分を受け入れてくれる人と一緒にいるっていう。わたしはわたし、という考えが確立していた。

森下 いいセリフがいっぱいある中で、「わたしは決して自分を見失わない」ってセリフが好きだなあ。言葉だけじゃなく最後までそれを貫いたのもいい。ひとりの女性としてすごいなと。悪女としては理想的で、見習いたいとすら思うよ。

睡蓮 かっこいいですよね。でも、傑作すぎるとなかなか総括しづらい……(笑)次、行きましょう。

運命にもてあそばれる悪女 

睡蓮 次は『少女娼婦 けものみち』を取り上げるんですが、わたし、神代辰巳監督が日本で一番好きな映画監督なんです。

『少女娼婦 けものみち』あらすじ
サキは、屋台を引いて生計をたてている母・圭子と二人暮らしの16歳の少女。ある冬の日の午後、サキはボーイフレンドの外男と自転車で海辺へ行き、初体験を済ませた。ダンプカーの運転手のアタルは、国道を走っている途中で自転車に乗ったサキを見つける。同乗していた女性をドライブインで降ろし、サキを追うアタル。翌日、デートをしたアタルとサキはそのまま関係を結んでしまう。外男では得られなかったものをアタルに感じ、陶酔感に浸るサキ。そんなサキを追い続ける外男は、彼女を見つけるとむしゃぶりついたが、サキは子供を宿していた。アタルの子か外男の子かは分らない。アタルは妊娠の事実をサキに聞くと、「産めよ」とやさしく言う。一方、外男はその知らせに動揺し、堕胎費用を集めて彼女に渡す。家に帰ったサキは、母が父と思われる男と電話をしながら、愛人と躰を合わせているところに遭遇。自分の部屋に入ったサキは、父を想ってオナニーに耽るのだった。

森下 えっ、一番好きなの?

睡蓮 はい、日本の監督の中では。

森下 わたしはこの作品を「ザ・ポルノ映画」って風に楽しんだけども。

睡蓮 そうなんですね。わたしは神代さんの作品のひとつだと思ってこれを観たから、ロマンポルノのくくりであることはどうでもよかったかな。女性性に特化して作品を描こうとするときに、あまり暗い話だとリアルすぎて辛いんですけど、『少女娼婦』は、雑な言い方ですが希望を持てます。『愛人/ラマン』の原作者であるデュラスは女性で、あの主人公も少女娼婦ではあるから、男性が描く女の希望とこんなふうな差があるって気づかされたり。

森下 主人公の境遇が似ていても、キャラクターは表現の仕方でガラッと変わるよね。『愛人/ラマン』の少女は15歳ですでに女として出来上がりつつあって、時代に翻弄されても流されない。『少女娼婦』のサキは運命にもてあそばれながら、どこに流れていくのかわからない、ハラハラさせられるタイプ。

睡蓮 サキは幼くて、最初から未熟。外男にレイプまがいに犯されて、そのあと内田裕也さん演じるアタルという年上の男に拾われて、どっちの子かわからないけど妊娠、産む産まないでひと悶着して、アタルをぼんやり選ぶんです。犯されたあとはもう成熟せざるをえなくて、必死に大人になっていく。でも、相手の男が望むような可愛い女を演じることもできる。

森下 どこが悪女かというと、今まで語ってきたように、一見して運命に翻弄されてるんだけど、実は関係した男の運命を狂わせてるってところなのかな。理不尽な人生に抵抗することをどこかで諦めていて、それが彼女らの哀愁を形成している気がする。で、その寂しさに男がふらふら寄ってくるっていう。

睡蓮 さらに『愛人/ラマン』と同じく、サキは父親とは疎遠ですしね。サキが母親に「父親とやってて感じた?」みたいな質問をするんですよ。母親は「強姦されたって感じるわよ、女なんだから」って言うんですけど、さすがに「それはあり得ないでしょ」って(笑)好きな男が相手でも感じないときがあるのに……!

森下 確かに、強姦されても感じるって発言は豪快すぎると思う……。

睡蓮 台詞としてはインパクトすごいですけどねぇ。まあ、それを聞いて母親はサキのこと娘じゃなくて女として見ているんだって感じて、妙に悲しかったんですけどね。それと、本題とはずれますが、男を知れば知るほど感度が良くなる、みたいなこともよくわからないです(笑)

森下 女性には「数をこなしていけばいつか高みに至る」って理屈は通用しないはずなんだけどね。男子は1人より2人、10人より20人、果ては1000人って感じなのかもしれないけど。

睡蓮 神代監督の描く方は笑っちゃうくらい男性像がとことん酷いですからね。いい加減だし粗雑。その一方で、母親が隣の部屋で新しい男といちゃいちゃしているときに、サキはお父さんを思い出して自慰行為をする。なにかあると父親を思うのが不思議でしたね、彼女にどんな影響を与えたんだろうって。回想の中の父は母とセックスしてて、それしかない、みたいな感じなんですよ。

森下 その焼き付いた光景が、初体験の人や内田裕也の演じる年上の男に投影されたんだ。まさに「悪女とコンプレックス」。

睡蓮 ファザコンだとしても、父親のことを思い出すときに普通は性的なシーンに結びついたりはしないですよね。

森下 ないない。もし思い出すとしたら、恐らくそれはトラウマの類。屈折してるなあ……。

プレイボーイな父と天真爛漫な娘

睡蓮 『悲しみよ こんにちは』も父親の影響が色濃く出ている1本です。ジーン・セバーグがお父さん大好きな役で、これも17歳。お父さんがプレイボーイで愛人がいっぱいいて、でもアンヌという女性が出てきた瞬間に風向きが変わるんですよね。

『悲しみよ こんにちは』あらすじ
海を見下ろす南仏セント・トラペッツの丘の別荘に、17歳のセシールはいた。彼女は幸せであった。母を15年前亡くした父レイモン(デイヴィッド・ニーヴン)と、父の愛人エルザ(ミレーヌ・ドモンジョ)と、セシル(ジーン・セバーグ)。父は41歳の事業家で、女にもて、親切で朗らかで、セシルを愛していた。半玄人でワンサ女優のエルザは数多い父の女友達の1人で、彼女のような人が父に必要だということは、セシルはよく解っていた。海での最初の日、セシルは若い法科の学生フィリップ(ジョフリー・ホーン)と知りあった。彼と海辺で最初の接吻をかわした日、母の友達だったデザイナーのアンヌ・ラルサン(デボラ・カー)がやってきた。優雅で洗練された、夫との離婚を経験した女性。私たちの気楽な生活が、彼女の出現によって終わりそうなことをセシールは直感した。間もなく同居することになったアンヌは、やがてレイモンと親密になり、結婚を決めて我が物顔にはびこる。その結果、蚊帳の外にいたセシルとエルザを復讐に駆り立たせてしまう……。

森下 お父さんを独り占めしたかったのかな?

睡蓮 父親のプレイボーイぶりを承知しているから、それまで愛人とも仲良くできてたんだけど、アンヌという女性が母親の役割をしようとしてきたから猛烈に怒ったわけですよね。別にアンヌのことは嫌いじゃなかったのに。

森下 まあ思春期の女の子にしてみりゃ鬱陶しく感じるよね。ましてや母親として関わってこられたら、イライラすると思う。

睡蓮 だから自分のボーイフレンドと父の愛人エルザを利用して、惨事を巻き起こすという。結局、アンヌは事故死に見える自殺で死亡、そうなるように仕組んでしまったセシルは嫌な気分が残りつつもバケーションは続いて……以前の自分には戻れなくなってしまう。父親のレイモンに対するセシルの気持ちと、そっから生まれた歪んだ愛情でどこまでも意地悪になれる感じ。

森下 父親を異性として意識しながらも、やっぱり娘なんだよねセシルは。近親相姦ではなくて、親子同士の精神的な甘えがある。

睡蓮 そう、父親とどうにかなりたいわけではないですよ。レイモンは憎めない父親なんだけど、彼の奔放な生き方がセシールにも影響してて。アンヌみたいな親面してくる女性ってのは、セシルにとっては自分の日常を壊す人なんです。

森下 ものすごく居心地のいい、自分にとって都合のいい空間に邪魔が入るわけだもんね。

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睡蓮 でもただの邪魔者じゃないところがまた複雑で。愛人のエルザには抱かなかった感情が、アンヌに対してはある。彼女の母性を嬉しく思うと同時に反発せずにはいられなかったんですね。家族が欲しいから父親への愛情も強くなって、家族を信じようとしているのにいざ形になろうとすると、壊しにかかる、そのアンバランスさ。いやあ、痛くて痛くてしょうがなかったです、セシルのヒリヒリ感。間接的とはいえ人を殺してしまったセシルはその後、自分の生きる世界の見方が変わってしまいます。

森下 重くて虚しいものを抱えてしまったんだね。

睡蓮 冒頭に、「メランコリーがわたしの道連れ、かすかな悩みが私の友」って独白があって。

森下 メランコリーって久々に聞いた……。

睡蓮 続きが「私の周りには壁がある、私はまた幸福になれるのだろうか」。それを10代の後半で思ってしまったわけです。悪女とまではいかないけど無邪気な感じで、最初はアンヌが気に食わないから思い知らせてやろうって程度だったのが、死につながってしまう。そこからモノクロの人生が始まるんです。この映画で面白いのが、現代パートがモノクロで過去が鮮やかなカラー。普通は逆なわけですよね。モノクロ以降は誰かに口説かれても素っ気ないし。もう、なにやってももう楽しくない。それを10代で経験してしまうのがすごいなって。いや、10代で経験したからこうなったとも言えるけど。

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森下 17歳にして他の人に踏み込まれない領域ができてしまったんだね。

睡蓮 『少女娼婦』のサキも17歳です。彼女の場合は誰かが「死ぬ」ことではなく「生む」っていうほうですけどね。

森下 『愛人/ラマン』の少女は実年齢15歳だけど、17歳と偽ってる。17歳が揃った(笑)

睡蓮 揃いましたね(笑)くるみさん、東京に出てきたのは18歳?

森下 そう、18歳になりたての頃。

睡蓮 そういえば、わたしもです。

森下 そうかあ。でも、映画の中の彼女らと自分の10代を比較することはできないなあって思う。

睡蓮 うん、無理ですね。18歳から一人暮らしはじめていろいろ変わっていったのは事実だけど、17歳まではただのネクラな女子高生でした(笑)

森下 だいたい、彼女らは男性に対する意識が若いうちからオープンで行動的でしょ、「怖くないのかな?」っていうくらいに。

睡蓮 そうですね、みんな大人すぎますよ。

森下 小説には後日談は書かれてないようだけど、セシルはどうなっていくんだろう?

画像: Bonjour tristesse youtu.be

Bonjour tristesse

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睡蓮 映画はずいぶん原作に忠実でしたね。想像するに……自由奔放には生きるだろうけど、一対一の男女関係では満足しないでしょうね。自分の家族を作るのが怖いのかもしれない。犯罪を犯すタイプの悪女にはならないけど、色んな人が彼女に振り回されて勝手に自殺したりしそうな予感はあります。

森下 不幸の典型だなあ……。そういうのは他の作品で取り上げた悪女と繋がる部分もあるよね。

睡蓮 セシル自身は魅力的だし、本人もその辺は自覚しているけど……セシルたちはまだ悪女としては初期段階なんですね。今後出てくる強い悪女たちは、「この人に踏み込んでいいのだろうか?」っていう面があって、語るに面白そうだけどちょっと恐いですね。(後編に続く)

今回とりあげた3本

『愛人/ラマン』
監督 ジャン・ジャック・アノー/製作 クロード・ベリ/原作 マルグリット・デュラス/脚本 ジェラール・ブラッシュ 、 ジャン・ジャック・アノー/撮影 ロベール・フレス/衣装(デザイン) イヴォンヌ・サシノー・ド・ネスル/音楽 ガブリエル・ヤーレ
原題 L'Amant/製作年 1992年/製作国 フランス、イギリス/配給 日本ヘラルド映画
キャスト ジェーン・マーチ、レオン・カーファイ、フレデリック・マイニンガー、アルノー・ジョヴァニネッテイ、メルヴィル・プポー、ジャンヌ・モロー(ナレーション)他

『少女娼婦 けものみち』
監督 神代辰巳/製作 三浦朗/脚本 岸田理生 、 神代辰巳/撮影 姫田真佐久/音楽 新井英一/美術 渡辺平八郎/編集 井上治/録音 橋本文雄
製作年 1980年/製作国 日本/配給 にっかつ/上映時間 71分
キャスト 吉村彩子、内田裕也、無双紋、水島美奈子、珠瑠美、高橋明、三谷昇 他

『悲しみよ こんにちは』
監督 オットー・プレミンジャー/製作 オットー・プレミンジャー/原作 フランソワーズ・サガン/脚色 アーサー・ローレンツ/撮影 ジョルジュ・ペリナール/音楽 ジョルジュ・オーリック
原題 Bonjour Tristesse/製作年 1957年/製作国 アメリカ/配給 コロムビア
キャスト デボラ・カー、デイヴィッド・ニーヴン、ジーン・セバーグ、ミレーヌ・ドモンジョ、ジェフリー・ホーン、ジュリエット・グレコ 他

前回の対談はこちら

森下くるみ(もりした・くるみ)
1980年生まれ。秋田県秋田市出身。文筆家。「小説現代」2008年2月号に短編小説「硫化水銀」(のちに電子書籍化)を発表。著作に『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)、『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。季刊誌『東京荒野』に旅エッセイ「回遊録」を、ポエジィとアートを連絡する叢書『未明』に「食べびと。」を連載中。

睡蓮みどり(すいれん・みどり)
1987年生まれ。神奈川県横浜市出身。早稲田大学第二文学部中退。在学中より映画を中心に女優として活動を開始。主な出演作は『恋の罪』(園子温監督)、『青春群青色の夏』(田中佑和監督)、『断食芸人』(足立正生監督)、『第九条』(宮本正樹監督)など。その他、「月刊デジタルファクトリー」で写真モデルを務める。文學界にエッセイ「失恋の醍醐味」を発表。図書新聞に「シネマの吐息」連載中。著作には『溺れた女 渇愛的偏愛映画論』(彩流社)。

画像: (左)森下くるみ(右)睡蓮みどり (撮影) Hiroshi Murakami (スタイリスト) Miki Gensaku (ヘアメイク)Yuto Takahashi

(左)森下くるみ(右)睡蓮みどり
(撮影) Hiroshi Murakami (スタイリスト) Miki Gensaku (ヘアメイク)Yuto Takahashi

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