なぜいま、悪女なのか。

森下 この対談企画は睡蓮さんから持ち掛けられたもので、「映画の中で描かれる悪女」を語り合うわけだけど――企画を立ち上げたのはずいぶん前だったとか。

睡蓮 3年くらい前だったかなあ。つい先日くるみさんとイベントでトークしたとき、わたしとは全くタイプが違うのが面白いなと思って、ひとりで書いていくよりも対談形式で悪女について語っていけたらと思って。

森下 「映画と悪女」に焦点を当てた理由は?

睡蓮 映画を含めた様々な創作物には、あらゆるヒロインが登場しますよね。けれど、完成された良いヒロイン像というのは追及し甲斐がない。ところが悪女の性質は「なんでそうなっちゃったの?」って部分が多くて、わたしはその「なぜ」が死ぬほど気になったんです。企画を立ち上げた頃にちょうど今の名前に改名してるんですけど、仕事もプライベートもかなり荒んでて。自分が女でいるのも疲れちゃったし、本当に「女ってなんだろう」ということに悩みまして、このまま生きていけるのかなーという感じで。お金もないしDVD観るくらいしか楽しみがなくて(笑)そんな時に悪女たちが出てくる映画に救われたわけです。悪女を読みといていけば、「女とは」が見えてくるかもしれないな、と。

森下 女性は行動や思考に理屈がないときがあって、理由を聞いても「なんとなく」とか言うけど、その曖昧になっている部分を探ってみるのは面白いかもね。わからない部分にその人の魅力が詰まっている気はするし。

睡蓮 そう、いつも人のわかりにくさの方に惹かれます。ある種の歪みだと思うんですね、悪女の方へ向かうのって。幼い頃に教えられる、道徳や常識の基盤から逸脱していく——そこには何か原因があるはずなんです。そもそも、世の中にある「女性像」って社会の中で作られたものじゃないかって、違和感があるんですよね。少年漫画とかによく出てきますよね、男性の思い描く理想のヒロイン像。ああいうヒロインたちはどうも気味が悪い。わたしは、それと対局にある女性に惹かれるな。

森下 確かに、男性社会では女性への理想がうずまいていて、それは可愛くて、性格も良くて、料理もできて、性的魅力も母性もあって……完全に近いんだけど、人間として無理があるよね。

睡蓮 本当に現実にそういう女性がいたらすごいとは思うけど、人として惹かれるかは疑問で、むしろ「怖い」なって感じます。

森下 うん。そう考えると、悪女の「悪」は本当に悪なのか、ということも言える。

画像: なぜいま、悪女なのか。

それぞれの悪女のイメージとは

睡蓮 わたし、悪女という言葉に全然マイナスのイメージを持ってなくて、憧れのお姉さん、魔性を秘めた女っていう感じで捉えてるんですよね。

森下 わたしはそれとはちょっと違って、心に悪魔が棲んでいそうな、「犯罪」と「死」のにおいのする女性が悪女のイメージ。

睡蓮 ああ、映画だと人を殺しちゃうのは多いですね。

森下 自尊心を保つためなら手段を選ばない、とかね。たとえば、『ゴーン・ガール』に出てきた妻みたいな人。自分を正当化するためには平気で人を騙す、殺人を犯してまで目的を遂げる、わたしはそこまでしちゃう人を「悪女」と呼びたい。衝動的に人を殺しちゃうパワーもすごいけど、完全犯罪は集中力が必要だし知力を駆使しないとできないから。

睡蓮 馬鹿な悪女なんて嫌だな。知性は悪女に必須要素。

森下 映画に出てくる悪女は美人ばかりで、現実の犯罪者はまた違うけどね。

睡蓮 ……木嶋佳苗被告とか?

森下 彼女はアザラシっぽい風体をしていて、一般的にモテる外見ではないのに、男の人に好かれて結婚もして、殺人までして(笑)めちゃくちゃ悪女性を感じるんだよね。

睡蓮 アザラシ……(笑)ネットに上がっているプロフィール写真を見たことあるんですけど、ものすごくいい女風に撮ってるんです。彼女にとっての「本当」って、鏡に映る自分じゃなく、いい女風の方なんだなって。そうやって自分自身を騙してきた、執念みたいなものを感じました。

森下 たとえ不美人でも、「わたしはいい女なんだ」って信じ切れば、強烈な自己暗示にかかっていい女になるんだよ。だから、卑屈になるよりも堂々として、病的に自分を信じる方がいい。木嶋佳苗被告のその魔力みたいなものが、わたしの中の悪女のイメージとリンクするんだよね。

睡蓮 なるほど。病的に自分を信じる、か……。西太合やマリーアントワネットなど歴史上にも悪女の象徴みたいに言われる人たちはいたけど、普通では考えられない、常識から飛んだ人って今でもいますよね。近代は特に、女として生きるところに無理や歪みが生じて、そこに悪女となる要因があるんじゃないかな。あくまで憶測ですが。

悪女は割に合わないし、タフである

睡蓮 まあ、ポジティブに言えば、自分を持っていて安易に流されない人ともいえるけど。

森下 悪女は周りがどうこうなんて興味がなくて、あくまで「自分がどうするか」、それしかないから。

睡蓮 綺麗でいたいから過酷なダイエットでマネキンみたいな体系を維持している女性たちはいっぱいいて、すごいけれど、自分自身の基準よりも社会的な、世間一般の基準に固執しているわけですよね。雑誌に載っているメイクを真似て、みんなと同じ顔になっている女性に、わたしはあまり興味がないんですが、そこには悪女になる要素はひとつもないなって。

森下 「可愛い」「きれい」の質がみんな均等になっちゃってるからね。ひとつひとつにそんなに差がない。

睡蓮 そういう意味では、悪女ってかなり個性的じゃないですか。

森下 探してもいないよね、何人もは。

睡蓮 あんまりいっぱいいられても困るんだけど(笑)その唯一無二なところにも憧れの念があるんですよ。普通の女の子とは別の生き物なの、悪女って。

森下 とはいえ、悪女ってだいぶリスキーだよね。死、負、毒、汚、欲、文字だけでもこれだけのマイナスが集まってくるわけだから、結果として割に合わないでしょう。

睡蓮 割に合わない、か。そういう人好きだなあ。面白いもん、それだけで。

森下 面白いと思うけど、厄介だろうから、実生活では会いたくないなあ。

睡蓮 出会いたくないし、なりたくもないけど、物語の中の悪女にはやっぱり興味がある。「男」とか「お金」などの対象物があってこその悪女だから、ちょっとやそっとの努力ではそのポジションはつかめないんですよね。

森下 悪女はタフだね。普通の人は波風たたないように生きようとするのに……。それにしても、なぜ毒を持つ人、欲深い人、危険なにおいのする女性が人を惹きつけるんだろう。

自分自身は悪女かどうか

睡蓮 くるみさんは自分自身が悪女だと思ったことはあります?

森下 いやー、悪女には到底なれない、小心者だし。タガが外れないんだよね。仮に感情のリミッターが振り切れたら、人を殺すか自殺するかになるじゃない。その極端さには心当たりがあるんだけど、自分でも怖いから抑えてますよ。

睡蓮 わたしも恐怖心がストッパーになって、なんとか自分をコントロールできているけど、悪女たちはストッパーが外れた「やばい領域」が平均値ですもんね。

森下 悪女の詳細は次回、正式な第一回から話していきますけど……、人は悪いことにはどんどん慣れていく生き物で、バレないと思えばどんなことでもするんだと思う。悪女には「恐れ」がない。わたしは取り返しのつかないところに踏み込んじゃうのが怖い、正真正銘の凡人だから。『立ち入り禁止』って書かれてたら、そこ入んないもん。

睡蓮 はあ、生きるの大変だろうなあ、悪女。

森下 大変だよ、悪女に普通の生活はできないよ。自分の中にも悪女の要素のひとつくらいはあるんだろうけど、そんなもん育ってほしくないもん。

睡蓮 果たして、悪女の要素がない人っているんですかね。

森下 みんな多少は歪んでいるし、歪みに対しての憧れ、もしくはコンプレックスってあると思うよ。男女ともに不良願望ってあるでしょ。

睡蓮 コンプレックスってあります?

森下 えっ、コンプレックスしかないよ。

睡蓮 聞いていいんですかね、どういう……。

森下 自分の中にアピールしたいものないから人前に出て喋りたくないし、自己主張の欲求も皆無だし、言いたいこと伝えたいものも特にない、その「なにもない自分」が今のコンプレックスかなあ。

睡蓮 コンプレックスっていつから芽生えるんだろう。

森下 物心ついて自分や他人を意識するようになって、比べる対象ができたあたりからだろうね。

睡蓮 小学校に入ったあたりからどんどん女の子として周囲から扱われるようになったって実感はありますね。早い子だと幼稚園入る前くらいから自覚し出す子もいるんだろうなあ。

森下 コンプレックスとは別に、あんまり悪いことしたことがないし、破滅願望もゼロ、人のこと殴ったこともない。でも、歪んでるキャラクターに面白味を感じる気持ちはわかる。だって、自分のできないことを悪女は軽々と成してるんだもん。

睡蓮 映画の中にたくさんの悪女が存在するのは、人物にそれだけの魅力があるからでしょう。悪い要素のひとつもないヒロインをわざわざ読みとこうとは思わないですよ。

森下 女子の歪みは男性の歪みと違うし、もう少し多様性があるもんね。

睡蓮 昔の悪女と今の悪女、社会が変化するとともにその質も変わってきているのか、日本と海外との違いがあるのかも気になりますね。例えば『マレフィセント』、あの主人公の魔女ももともと良い魔女だったのが、人間に裏切られた復讐心から悪い心を宿すんですね。クズな人間の男に騙されたせいで変わってしまうという、とてもわかり易い悪女への道が描かれていて、やはり理由があるんだなって。生まれながらの悪い魔女じゃない。

森下 一体誰の影響で、どんな環境で普通の女から悪女になるか、そこも興味深い。

睡蓮 鈍感な女性だったらあまり悩むこともないから悪女にはならずにすみますよね。悩み深い人こそ悪女になるんじゃないかな?そこもグッとくるポイントです。

森下 自分をとことん追い詰めちゃうんだよね、悪女って……。

画像: 自分自身は悪女かどうか

悪女を肯定していきたい

睡蓮 さて、次回からどんなふうに悪女映画を語りましょう?

森下 とにかく悪女の「悪」について、もっと柔軟な解釈をしたいなと。肯定してあげたいんだよね。こんな言い方はおこがましいけれど、赦してあげたい。
さっき自分のことを「小心者で、悪女には到底なれない凡人」と言ったけど、頭の中や腹の中にはどす黒いものが詰まっているんですよ。でも、自分で自覚して受け入れてるの。今の日本には独善的な思考がはびこっていて、「悪」というイメージがついたものは叩きまくった挙句に排除、そんな雰囲気になってる。パーソナリティの中にある悪についてもう少し寛容になってもいいんじゃないかな。善人が悪行を働くこともあるんだから。

睡蓮 悪女を通して、本当の悪を見つけるのがこの対談の目的となるでしょうね。

森下 あと、最近の風潮で、恋愛の仕方を忘れたとか、孤独死したくないから結婚しなきゃとか、早く子供を産まなきゃとか、アラサー、アラフォーの苦悩をネタにした創作物が増えて、流行ってもいるんだけど、誰にもなにも強要されない、悪女なりの生き方があるはずだから、息抜きがてら読んで欲しいです。

睡蓮 そうですね、もっと人は個人的であってもいいと思う。美意識にしても、善悪の判断にしても、基準が自分よりも外にあるのって、悪女よりも悪いと思う。

森下 悪女の周りにも悪女がいるのが鉄則だから、新種も探したいね。

睡蓮 新種、いいなあ。確かに引っ張られますよね。彼女らってコミュニケーション能力が高いんですよ。引きこもりの悪女なんていないでしょ?

森下 なんだろう、あの影響力。悪女には犯罪のにおいも憧れる要素もどちらもあるということで、映画での描かれ方を見つつ……。

睡蓮 どうして人は悪女になるのか、そこから話していければ。ただ、いい女になるレッスン、みたいなハウツーものには間違ってもならないんで(笑)

森下 ないない。どちらかというと、女の醜い部分を見ることになると思う。ということで、楽しみにしてもらえればと。

あ森下くるみ(もりした・くるみ)
1980年生まれ。秋田県秋田市出身。文筆家。「小説現代」2008年2月号に短編小説「硫化水銀」(のちに電子書籍化)を発表。著作に『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)、『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。季刊誌『東京荒野』に旅エッセイ「回遊録」を、ポエジィとアートを連絡する叢書『未明』に「食べびと。」を連載中。

睡蓮みどり(すいれん・みどり)
1987年生まれ。神奈川県横浜市出身。早稲田大学第二文学部中退。在学中より映画を中心に女優として活動を開始。主な出演作は『恋の罪』(園子温監督)、『青春群青色の夏』(田中佑和監督)、『断食芸人』(足立正生監督)、『第九条』(宮本正樹監督)など。その他、「月刊デジタルファクトリー」で写真モデルを務める。文學界にエッセイ「失恋の醍醐味」を発表。図書新聞にて映画レビューを連載中。著作には『溺れた女 渇愛的偏愛映画論』(彩流社)。

This article is a sponsored article by
''.