「おとなの事情」のパオロ・ジェノヴェーゼ監督を品川のホテルに訪ね、話を聞いた。
12歳の娘を同伴してのプロモ・ツアーとのことで、娘のことが心配でスケジュールが狂うかもしれないと言われ、かつてゲームボーイをしながらのインタビューとなった少年スターや、父親が呼んでいるからと途中で打ち切られてしまった若手監督のことを思い出す。だが、幸いなことに時間通りに始まり終了することができた。

画像: パオロ・ジェノヴェーゼ監督

パオロ・ジェノヴェーゼ監督

『おとなの事情』とは第60回ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の作品賞と脚本賞を受賞したコメディ・ドラマである。
幼馴染の四人がそれぞれパートナーをともにパーティに参加することになった。だがぺッぺの相手は都合が悪いと欠席したので、七人でテーブルを囲み、会食する。なごやかな歓談のうちに、一人が携帯電話を使ったゲームをしようと言い出す。「届いたメールやメッセージ、電話を見せ合うの。知られても困るような秘密は持ち合わせていないはずでしょ」と言われれば反対するわけにもいかない。着信したメールは見せ合い、電話はスピーカーフォン設定にして全員に聞こえるようになった。最初は他愛のないゲームだったが、次第にそれぞれの隠していた秘密、交友関係、本性があらわになっていく。

イタリアでは映画で描かれているように全員が携帯電話、スマートフォンを所有しているのだろうか。日本でも固定電話がどんどん減ってポータブル化が進み、それまで家の中だけだった電話受信が外でもできるようになった。おかげで電話が外まで追いかけてくるようになり、なんだか落ち着かないのだが。

「一人二台は持っているんじゃないかと思うほど普及している。昔とコミュニケーションの仕方が違ってきている。携帯電話のない時代は固定電話か、外に出かけて会う必要があっり、どちらにせよ一人対一人の関係だったものが、今ではアプリを使って何百人と同時にコミュニケートすることが可能になっている」

風刺コメディと言っていいのだろうか。

「批判というより、今こういうことが起こっている。それについて考えてみましょうってことで、むしろ問題提起ってところかな。まあ、映画の一部分はスリラーみたいなものだね。人間の関係をもっと深く見ていきたい。よく知っているはずの親友にも知らない部分があったてことを示したのだ」

にこやかな談笑からゲームへと移行し、次第に緊張が高まってくる。夫婦の間でも口論がはじまり、他のカップルとの間にも微妙な空気が流れていく。七人の心理がストーリー展開に影響し、外面を保つことに汲々となる。ストーリーが自然に流れていく脚本が絶妙な効果を上げていた。
脚本執筆について聞いてみると、

「最初のアイディアはガルシア・マルケスのインタビューを読んで浮かんだ。彼は『人にはパブリックとプライベートの二面がある』と言っていた。で、私は人間の秘密を描いてみたいなと考えた。人間が隠している秘密、その秘密を入れているのがスマホだと思った。スマホの中には秘密がいっぱい詰まっている。例えばぺっぺのホモとか」

途中で、秘密を保持のためにスマートフォンをペッペのものと取り換える人物が出てくる。
こうしたアイデンティティーの取り換えという設定は伝統的なコメディの手法であり、それに現代的なスマホを組み込んだところが面白い。

「その結果、ホモでない人がホモの役割を負わされる、それでホモをどう感じるかということも表したかった。」

テーブルを囲んでのシーンが長いので、カメラ位置に苦労したんではないか。

「本当は八人揃うはずだったが、一人欠席したので七人。その八人目の席から撮っているということも多い。撮影は6週間、リハーサルを1週間、劇場の中で行った」。

 劇中で二人の妻が姑との同居という問題に悩んでいた。イタリアでは両親と同居するのが普通なのだろうか。

「イタリア人の家庭は密だ。必ずしも同居するわけではないが、両親のどちらかが死亡して片親になった時に同居するというのが普通だね」

 最後にイタリア映画界の現状についても聞いてみた。

「イタリア映画はいま不毛の時代だ。かつてイタリア映画は多く輸出されたが、それらは芸術作品として映画を外に出したいと気がのもの。今は映画配給業者が動かないんだ。儲からないと、国からの援助が必要だね。
イタリアの映画産業は良くない。チケット販売数入場者数も減っているしね。テレビのオンデマンドもあり、映画館に足を運ばせる価値のある映画を作ることだね」

以下、ストーリーの機微に関わるやりとりがあるので、鑑賞後に読んでもらいたい。

ラストでみんなの秘密がばれ、かえってさっぱりしたという印象を受けたのだが、と問うと。

「いやいや、実際にはゲームはやらなかったんだよ。もし、やったらこうなったというのを描いたんだ。何にもなかったようにして、秘密を抱えたまま、みんなは別れていく」

 え、やってないの。

「なぜ、あのゲームをとめたのという台詞があったでしょう」

確かに、あったけど、あまりにさりげなくて理解できなかった。いやー、聞いてよかった。あぶなく誤解した見方をすることだった。同席した宣伝担当者からそう思ってた人がかなりいたと聞き、妙に安心したりした。「もう一回見てみないと」と言うと、監督は笑っていた。

画像: パオロ・ジェノヴェーゼ監督と筆者 北島明弘

パオロ・ジェノヴェーゼ監督と筆者 北島明弘

北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。

画像: 『おとなの事情』予告編 youtu.be

『おとなの事情』予告編

youtu.be

<ストーリー>
「今では携帯はプライベートの詰まったブラックボックス。ゲームをしない?食事中、かかってきた電話、メッセージをみんなオープンにするのよ」。友人夫婦7人が集う夕食の場で、エヴァはいきなりそう提案した。新婚のコシモとビアンカ、反抗期の娘に悩むロッコとエヴァ、倦怠期を迎えたレレとカ―ロッタ、恋人に今日のディナーをキャンセルされたペペ。「何かやましいことがあるの?」と詰め寄る女性陣に、男性陣も渋々ポケットを探り、テーブルには7台のスマートフォンが出揃った。メールが来たら全員の目の前で開くこと、かかってきた電話にはスピーカーに切り替えて話すことをルールに、究極の信頼度確認ゲームが始まる――!

監督:パオロ・ジェノベーゼ
脚本:フィリッポ・ボローニャ、パオロ・コステラ、パオロ・ジェノベーゼ、パオラ・マミーニ、ロランド・ラヴェッロ
出演:ジュゼッペ・バッティストン、アルバ・ロルヴァケル、ヴァレリオ・マスタンドレア、カシア・スムトゥニアク
©Medusa Film 2015

2017年3月18日 新宿シネマカリテより全国順次公開

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