その年から僕は、およそ10年間にわたって映画作家マーティン・スコセッシの追っかけをし、ニューヨークで、ロサンゼルスで、イタリア・ヴェネチアで、そして東京で、というふうに世界のあちこちで取材をした。

『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002) では、衛星回線を使ってアフレコ入れ(レオナルド・ディカプリオはロサンゼルスから音を入れたのだ) をしているニューヨーク・ブロードウェイのサウンドスタジオでも話を訊いた。東京というのは、『ディパーテッド』(2006) でアカデミー作品・監督賞を受賞した直後に、六本木のホテルで訊いた。この時の、香港映画のリメイクでオスカーをもらいたくなかった、というインタビューの内容は、今でも某サイト(エイガコム) で読める。

画像: http://movies.yahoo.co.jp/movie/ ディパーテッド/325647/

http://movies.yahoo.co.jp/movie/ディパーテッド/325647/

このとき、六本木のホテルで、 マーティン・スコセッシは小声で僕にこうも言った。

「グレアム・キングが、レオ(ナルド・ディカプリオ) の主演作の企画ばっかり持って来て、『沈黙』の映画化が進んでいないんだ」

このグレアム・キングというのは、〈イニシャル・エンターテインメント・グループ〉(1995-2013.3)、〈GKフィルムズ〉(2013.3-)のプロデューサーで、スコセッシとは『シャッター・アイランド』(2010) 以外の作品、『ギャング・オブ・ニューヨーク』でエグゼクティブプロデュース、『アビエイター』(2005) 『ディパーテッド』『ヒューゴの不思議な発明』(2011) をプロデュース、『ディパーテッド』では作品賞のオスカーを受け取っている。つまり、レオナルド・ディカプリオで大儲けした人物であった。

実は本作の構想自体は1991年ごろから始まっており(脚本家ジェイ・コックスが脚本を手がけたのもこのころ)、2009年ごろから一気に具体化して、ダニエル・デイ=ルイス(教父クリストヴァン・フェレイラ役)、ベニシオ・デル・トロ(司祭フランシス・ガルぺ役)、ガエル・ガルシア・ベルナル(司祭ロドリゲス役) が出演の交渉に当たった。

http://www.thefamouspeople.com/profiles/benicio-del-toro-3335.php

今からおよそ6年前、『ウルフマン』(2010) の宣伝で来日し、同時に『沈黙』の物語の舞台である長崎のロケハンを済ませたベニシオ・デル・トロが、新宿ゴールデン街の映画人が集まる店〈ジュテ〉に来て、帰りがけに「じゃあ本撮影で」と言ったまま、企画がポシャってしまった。

2013年4月、『沈黙』の撮影が2014年7月から台湾で開始されると発表された。2014年1月までにスコセッシは台湾でロケハンを始めており、撮影は同年夏開始予定とされていた。

画像: マーティン・スコセッシ監督 (c) 2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.

マーティン・スコセッシ監督
(c) 2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.

2013年5月、イエズス会司祭ロドリゲス役にアンドリュー・ガーフィールドが、通詞役に渡辺謙が配役された。2014年1月には司祭フランシス・ガルペにアダム・ドライバーが、教父クリストヴァン・フェレイラ役にリーアム・ニーソンが配役された。2015年1月、スケジュールの都合から渡辺が降板し、浅野忠信が代役に起用された。

実は2009年の段階では、グレアム・キングがこの企画に出資予定で、ニュージーランドでクランクインすることも決まっていたのだ。ところが、スコセッシが娘フランチェスカちゃんのために作った『ヒューゴの不思議な発明』が大赤字をかぶり、キングは本作からすっかり手を引いた。これによって予算的に小バジェットの作品になることを余儀なくされた。

第2回おわり

サトウムツオ
映画伝道師、ムービーバフ。1990年代に『BRUTUS』や『POPEYE』の映画コラムを担当。著書に『007コンプリート・ガイド』『ゴジラ徹底研究』(マガジンハウス)など。

画像: 『沈黙‐サイレンス‐』日本オリジナル予告 youtu.be

『沈黙‐サイレンス‐』日本オリジナル予告

youtu.be

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