初めてマーティン・スコセッシ監督から、遠藤周作著『沈黙』の映画化の話を聞いたのは、映画『クンドゥン』(1997) が日本で公開された1999年5月だった。場所は、スコセッシさんの前の製作プロダクション、ニューヨーク・マンハッタンのパークアヴェニューに面した〈カッパ・プロダクションズ〉(シチリアに出自を持つ母方の姓がカッパだった、いまはもっとセントラルパークに近いアメリカ監督協会DGAのビルにある〈シケリア・プロダクションズ〉である) だった。

画像: マーティン・スコセッシ監督

マーティン・スコセッシ監督

最初45分の予定でインタビューを申し込んだのだが、何しろスコセッシさんが饒舌で、早口にまくし立てるもんだから、ラッキーにも取材は2時間近くに及んだ。最初はあまりの早口に面食らったが、映画のタイトルを言うとき、必ず製作年を添えてくれるので至極分かりやすかった。

そのとき聞いたのは、マーティン・スコセッシは、トム・ハンクス主演のディーン・マーティン主演のギャング映画『ディーノ(Dino)』の映画化と、遠藤周作原作の『沈黙』の映画化に挑んでいるということだった。

その『沈黙』の脚本家は、スコセッシの『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(1993) の脚本を書き上げ、のちに『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002) にも参加したジェイ・コックスだと聞いて、期待はいっそう高まった。脚本家になる前、彼は「タイム」「ニューズウィーク」「ローリングストーン」の映画評論家であり、スコセッシとはほぼ同年代の1944年生まれの盟友。元妻は、スコセッシ監督の『アフター・アワーズ』(1985) や『最後の誘惑』(1988) に出演、僕が尊敬しているもうひとりの映画作家クリント・イーストウッドの主演作『奴らを高く吊るせ!』(1973) や『センチメンタル・アドベンチャー』(1982) で共演している女優ヴァーナ・ブルームだった。

『沈黙』の原作本に関してはしっかりと読んでいた。僕の高校時代の現代国語の担任が大好きな小説で、生徒であるわれわれに武田泰淳著『ひかりごけ』ともに一緒に薦めたのであった。あの雲間に光が差している新潮文庫の表紙を見ると、干した魚の匂いや藁の匂いが漂ってくるかのようで、今でも涙があふれる。この小説のストーリーは、遠藤周作によると、フェデリコ・フェリーニ監督の『道』(1954) にインスパイアされて思いついたらしい。

当時の僕が、ロアルド・ダール著『あなたに似た人』、アーネスト・ヘミングウェイ著『日はまた昇る』『移動祝祭日』、遠藤周作著『わたしが・棄てた・おんな』などともに貪るように読んでいた小説だったので、ジェイ・コックスによる英語の脚本を読んでみたいと思った。

もちろんマーティン・スコセッシ監督は、前の映画化作品である遠藤周作本人が脚本に参画した篠田正浩監督作品『沈黙 SILENCE』(1971) は観ているとのこと。彼によると「だいぶ酷い出来」らしい。

それでも映画化したいと思ったのは、神学校を出たスコセッシさんには、神が沈黙することについて自分なりの答えを出したかったのではないか。

『沈黙』の英語版の原作小説に出合ったのは1988年で、それ以来遠藤周作は愛読してきたという。また、14歳で溝口健二監督作品『雨月物語』(1953) を観て、黒澤明作品を含め日本文化に多大な影響を受けて来た彼にとって、『沈黙』を映画化することは、およそ28年に渡って大きなモチベーションのひとつだった。

というわけで、1999年5月、そのマーティン・スコセッシへの取材の帰り、5番街の〈バーンズ&ノーブル〉で『沈黙』のペーパーバックを買った。英語圏でもなかなか売れていると見えて、その洋書はすぐに見つかった。

その年から僕は、およそ10年間にわたって映画作家マーティン・スコセッシの追っかけをし、ニューヨークで、ロサンゼルスで、イタリア・ヴェネチアで、そして東京で、というふうに世界のあちこちで取材をした。

『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002) では、衛星回線を使ってアフレコ入れ(レオナルド・ディカプリオはロサンゼルスから音を入れたのだ) をしているニューヨーク・ブロードウェイのサウンドスタジオでも話を訊いた。東京というのは、『ディパーテッド』(2006) でアカデミー作品・監督賞を受賞した直後に、六本木のホテルで訊いた。この時の、香港映画のリメイクでオスカーをもらいたくなかった、というインタビューの内容は、今でも某サイト(エイガコム) で読める。

第1回おわり

サトウムツオ
映画伝道師、ムービーバフ。1990年代に『BRUTUS』や『POPEYE』の映画コラムを担当。著書に『007コンプリート・ガイド』『ゴジラ徹底研究』(マガジンハウス)など。

画像: 『沈黙‐サイレンス‐』日本オリジナル予告 youtu.be

『沈黙‐サイレンス‐』日本オリジナル予告

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画像: 『沈黙-サイレンス-』日本版特別映像 youtu.be

『沈黙-サイレンス-』日本版特別映像

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