今週「カレイド シアター」が上映するのは、秋の新作特集ということで最新公開作を3本と、韓国のアイドルグループのひとりですが俳優としてブレイクしたイム・シワンの作品2本です。

私はあまり韓流アイドルには詳しくありませんし、韓国映画やドラマの熱烈なファン、というわけでもありません。
けれど、90年代の終わりに突然始まった韓国映画ルネッサンス、とでもいうべき新世代監督たちの活躍から、続々登場する新しいスターたちと若手監督の活躍には注目してきました。もともとアクション系が好きでラブ・ストーリーは苦手なもので、アクション系、サスペンスやミステリー、戦争ものや社会派ドラマは結構見ていると思います。ラブ・ストーリーは、とんと見てないんですけどね(笑)
 そんな中でおどろくのが韓国の若いアイドルたちの頑張り。アイドルグループで歌って踊ってるかたわらでドラマや映画にも出るのは日本と同じなんだけれど、その役選びというかキャスティングというか、少女漫画みたいな恋愛もの王子かなーと思っていたら、いきなり社会派ドラマで汚れ役やって、俳優として脱皮してしまうんですねー。その見事さったら、感心してしまいます。こういうアイドル出身の俳優を「演技ドル」と呼ぶそうな。ちょっと語呂が悪いな…
 もとい。そんな最新「演技ドル」として注目されているのがイム・シワンです。1988年生まれ、9人組のボーイズアイドルグループZEA
のメンバーでボーカル担当。デビューと同時にテレビにも出始め、2本目の映画出演作だった「弁護人」で認められ、初めての主演作「戦場のメロディ」も好評で、俳優としてブレイクしました。彼のこの2本の代表作が、この秋、続けて公開されます。
10/29よりシネマート新宿他で公開中の『戦場のメロディ』と11/12から新宿シネマカリテで公開の『弁護人』です。どちらも実話をもとにしたシリアスな作品です。

 「弁護人」は、今は亡きノ・ムヒョン元大統領の若き日をモデルにした劇映画です。ノムヒョンは税務弁護士出身でしたが、この映画のモチーフになった事件を担当したことで政治の世界に足を踏み込むことになります。ただ家族を楽にしたいと金儲けになる弁護士になるべく働いてきた彼が、世の中の理不尽に立ち向かうことになる、その人生の転機を描いていきます。
 ノムヒョンをモデルにした弁護士ソン・ウソクを演ずるのはソン・ガンホ。イム・シワンが演じているのはウソクが通うクッパ屋の息子ジヌ。大学生のジヌは読書会を開いていて、反政府運動をしているという濡れ衣を着せられ、逮捕・拘留されてしまいます。突然姿を消した息子を探し回る母が最期に頼ったのがウソクでした。 
 1981年、チョン・ドファン政権が釜山の民主勢力を抑え込むため、学生などを不法に逮捕、国家保安法違反などの罪をねつ造したプリム事件を元にした映画です。
 ソン・ガンホは、自分では思いもかけなかった人権派の弁護士に変身していく主人公をメリハリを利かせて演じています。一方まだこれが2作目のシワンは、ごく平凡な母親想いのシャイな大学生なのに逮捕され拷問され国家的な反逆者にされてしまうジヌを、戸惑いと恐怖に支配された平凡でピュアな若者として、リアルに演じています。

 さて。もう一本のイム・シワン作品は「戦場のメロディ」。「弁護人」ではびくびくしてばかりだったシワンが次に挑んだのは、冷静な青年将校サンヨルの役。全然違う顔と演技を見せて、なかなかやるのぉ、と思わせてくれました。
「戦場のメロディ」では音楽大学出身ですが、下士官になり、朝鮮戦争の前線で戦い負傷して後方に送られた青年を演じています。彼は基地に併設された孤児院で子どもたちに音楽を教えることになり、合唱団を結成します。
彼は自分の家族や戦友、部下たちを失い、孤独と後悔と恐怖の中で、それでも冷静に兵士としての職務を果たそうとします。そんな彼の傷ついた心を子どもたちと音楽が癒していくのです。けれど、この子どもたちも戦争で孤児になるというつらい経験をしています。命令によって、子どもたちとともに前線慰問を重ねるサンヨルですが、そこは戦場。生と死が入り混じる山野に子どもたちの歌声が響きます。

映画が始まってすぐサンヨルが率いる部隊と北朝鮮軍がぶつかる塹壕戦の様子が映し出されます。その戦闘シーンの激しさに、戸惑ってしまうほど。「あれ、これって子ども合唱団の話だよね…」
 で、孤児院に行ってからもなかなか合唱団にならないで、それだけそこに至るまでの登場人物の描きこみを丁寧にやっていて、つまり、子ども感動もの涙のメロドラマにはしないぞという監督の心意気が感じられる作品なんです。そのあたりもしっかりと理解して、キャラクターの変化や成長を演じていく丁寧さがあり、この若いの、きれいな顔だけじゃないぞ、って思わせてくれます。

公開の順番は逆になっていますが、その方がお互いの作品にとって良かったかも。ぜひ、二本あわせてご覧くださいね。

と、いうわけで、カミングスーン、まずは「ジャック・リーチャー ネバー・ゴー・バック」。2013年に日本公開された「アウトロー」に続くジャック・リーチャー・シリーズの二作目。ベストセラーを原作にした作品で、トム・クルーズにとってはミッションインポッシブルのイーサン・ハントに加えて、二人目のシリーズ・ヒーロー。元・憲兵隊の捜査官で現在は流れ者になっているジャック・リーチャーが、軍隊内の事件に取り組み、解決していくという物語。
今回リーチャーは、彼の後任である有能な女性将校ターナー少佐が国家反逆罪事件で逮捕された事件に巻き込まれていきます。誰が、何のためにターナーをはめたのか。そこには、金と権力にまみれた、ダーティな真実が隠されているのです。

今回、珍しくリーチャーが気を許している人物として、憲兵隊の女性少佐スーザン・ターナーが登場します。この地位まで女性がのし上がってきたということは、かなりの切れ者であり、実力があるということ。そんな彼女がスパイであるはずがない、ということは誰かか彼女を邪魔にして、その地位から追い払おうとしたに違いない、わけです。それは、誰が、何のために…。少佐を訪ねて行ったリーチャーはさっそく事件に巻き込まれていきます。少佐を救いだすべくリーチャーがコンタクトした関係者たちが次々と殺され、その容疑がリーチャーにかけられ、少佐を拘置場所から連れ出すことには成功したものの、少佐もリーチャーもお尋ね者として追われることになってしまいます。
さらに事態をややこしくすることになったのは、リーチャーの子どもがいると養育費を請求した女性がいるという事実。その子を探し出したリーチャーですが、そのためにその娘も命を狙われることになってしまいます。
ターナー少佐、リーチャー、そしてリーチャーの娘かもしれないティーンエイジャー。三人の逃避行が始まります。

私的には今回の見どころはリーチャーを囲む女たちの群像(笑)
まずは一人目、スーザン・ターナー。アベンジャーズでサミュエル・ジャクソンの演ずるニック・フューリーの副官マリア・ヒル役を演じていたコピー・スマルダーズが、スーザン・ターナー少佐を演じています。
彼女は熱意と信念と実力でこの地位を得たことに誇りを持っているので、それを汚されるような処遇には絶対納得できないわけです。けれど、軍という組織の中では、忠実であればあるほど反抗はできない。そこに、リーチャーが登場して、組織の外に彼女を連れ出す。ということは、軍に戻りたければ、真実を暴いて、自分のしたことが正しいことを証明しないといけないわけです。その必死さ、人生かけてる感がひしひし伝わってきます。
トム・クルーズのプロダクションパートナーはずっと彼のエージェントをつとめてきた女性です。トム・クルーズがアクション映画スターでありながら女性の支持も失わないのは、彼がハンサムなだけじゃなくて、こういう風に女性のキャラクターに女性の感性を上手く盛り込んでいるからじゃないかと思います。
こんかいのターナー少佐も、もうひとりの女性キャラであるもしかしたら娘かもサマンサも、リーチャーと対等に渡り合うキャラクターなんですね。さらに、女性の軍人は、自分の部下をちゃんと一人の人間として扱う、と描いているのもいいと思います。部課なんか、捨て駒、としか考えない男たちとは違うのよねー、と
重箱の隅をつついてしまった私です。

次の作品は11/5から公開中の『ジュリエッタ』。ペドロ・アルモドバル監督の新作です。アルモドバルこだわりの、母物メロドラマ。「オール・アバウト・マイ・マザー」「ボルベール」に続く「母メロ三部作」と言っていいでしょう。ただし、今回は娘に捨てられる母の話です。

 物語は真っ赤なサテンのゆらぎを背景に始まります。まるで内臓のようにぬめって揺らぐ赤いそれは、ジュリエッタがまとっているガウンであることがわかります。見事な導入部です。
 ジュリエッタは引っ越しの用意をしています。抽象化された裸の男性像を丁寧に包んでいるところです。ジュリエッタは恋人の作家ロレンソとポルトガルに引っ越して二人新しい生活を始めようとしています。
 ところが、ふと街に出たジュリエッタは思いがけない人と出会ってしまうのです。娘アンティアの幼馴染ベアトリス。小学生のころから18歳まで片時も離れることのなかった幼馴染です。ベアはジュリエッタに、アンティアとコモ湖でばったり会ったという話をします。アンティアは二人の子どもを連れていた、というのです。
 ショックを受けるジュリエッタ。アンティアは18歳の夏以来、ジュリエッタの前から姿を消し、ジュリエッタは、とうとう娘の存在をすべて忘れて、新しい生活をすべくポルトガルに行くと決意したところだったのです。
 ジュリエッタはポルトガル行きを止め、ロレンソと別れ、昔アンティアと暮らしていたアパートに戻ります。もし、アンティアが帰ってきたら、昔のアパートに帰るしかないのですから。
 そして、ジュリエッタは、アンティアに向けて、アンティアの父ショアンとの出会いから、一部始終を手紙につづり始めます…。

 若いころ、80年代の終わりくらいのジュリエッタと現在のジュリエッタを、二人の女優が演じ分けます。運命的なショアンとの出会い、結婚、アンティアの誕生。そしてショアンとのちょっとした仲たがいから、取り返しのつかない別れへ。ジュリエッタの絶望はアンティアへの依存と過干渉で癒されていくのですが、その結果…。
 
 アルモドバルはメロドラマの作家だと映画学的には言われているのですが、今回はその面目躍如、といったところ。筋立てからキャラクターの設定や演技、色彩やカメラワーク、音楽、小道具などのディティールに至るまで、メロドラマ的な象徴にあふれています。くらくらするくらい濃密です。アルモドバルの世界、その美学にひたってください。
上映劇場は新宿ピカデリー・恵比寿ガーデンシネマなど。11/5から公開中です。

最後の一本は、珠玉のアニメ『この世界の片隅に』です。
実写化された「夕凪の街 桜の国」の原作者こうの史代の作品で、今回はアニメ化されました。

 1944年2月、18歳のすずは広島から呉にお嫁にいきます。「うちはいつもぼおっとしとるけん」というすずさんは小さいころから絵を描くのが得意です。なぜか、その「ぼおっとしとる」すずさんを気に入って、探しだし嫁にもらいたいと言ってくれたのは海軍につとめる文官の周作さんでした。
 戦争はいつの間にか、とおに始まっており、軍港である呉には様々な軍艦が姿を見せています。けれど、すずさんにとってはお嫁さんとして、家事を任され、戸惑いながら日々の生活に追われる毎日が過ぎていくだけの、変わりのない日常でした。
 やがて、空襲が始まり、配給は減り、すずさんたちも防空壕を掘ったり、配給の列に並んだり、ごはんの足しにと道端の草を積んだりする日々がやってきます。それでも、それが当たり前の日常になれば、おかしいとも思いません。おかしいと思っても、それをどうすればいいかは駆らないので、とりあえず忘れてしまうしかないのです。そうやって、すずさんも、周りの人たちも、変わっていく日々にあわせて毎日を過ごしていきました。
 そして、1945年の夏がやってきます。

 ほんわりした絵柄のこうの史代の漫画を、そのタッチを生かしながらリアルな時代感のあるアニメにしていくのは簡単なことではなかったと思います。けれど、庶民にとっての戦争というものが、イメージできる作品になっていて、その、「戦争が当たり前に日常の中にある時代の異常さ」を警告してくれる作品になっていると思います。
 先日終わったNHKの朝ドラは「暮しの手帖」の人々をモデルにしたもので、さいごは「戦争中の暮らしの記録」を作るところで終わりました。「この世界の片隅に」はアニメで作る「戦争中の暮らしの記録」みたいなものだと思います。「暮しの手帖」や「通販生活」のように、戦争が日常になることに反対するメディアに対して、読者を装い左翼雑誌になってしまったので読みたくないとかいう意見を送ってくる輩がいるそうですが、そういう人にとっては「この世界の片隅に」も目の上のたんこぶでしょう。
 たんこぶ上等。アニメがクールジャパンコンテンツとか言って、自衛隊のイメージアップに使われるようなものになってしまった今、「この世界の片隅に」のような作品は貴重な存在だと思います。ぜひ、老若男女お誘いあわせの上、ご覧下さい。

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