25歳、女、女優。嫉妬・自己嫌悪・葛藤・欲望・・・わたし。
“撮らなければ、私の人生は終わる“という思いから生まれた
『密かな吐息』という映画

幸せになりたいー。
男の人も女の人も誰しもが願うこと。幸せになりたい。わたしたちは、なにが幸せであるかを見つけながら、どうしたら幸せになれるのか探しながら生きている。そもそも、もう幸せなんて言葉を諦めている人もいるかもしれない。

わたしは、幼い頃から人前でなにか表現をすることが大好きだった。人前にでたいという思いを恥じることなく、とにかく好きな表現を前に出てやる子だった。それが、自分の楽しみ=1つの幸せであった。
そんな思いが、いつしか「女優になりたい」という将来の夢というものに繋がっていった。北海道で生まれ育ったわたしは、日本大学芸術学部映画学科演技コースでの入学を経て、東京に上京した。上京した当初はなにもかもが新しく、知らないことばかりで、当時のわたしは無敵で隙だらけだったように思う。どんな願いも必ず叶うと信じていた。
映画に魅了される一方で、スクリーンを通じて自分をみることは、なんの魅力も感じない苦痛の時間だった。“魅力的な人になりたい”“いいお芝居がしたい”“認められたい”そう強く思えば思うほど、自分につきまとう思考は「自分にはなにもない」ということだった。

私は、とにかく自分を変えたかった。知りたかった。自分自身そのものを認められなかった私は、自分のルールというものをどんどん崩していった。自ら、絶対にしたくない事を率先し、自分を傷つけていった。そうすることで、魅力を少しでも獲得できるはずだと信じていた。またも信じていた。自分の強さを過信してしまいやすい私は、見事自分を傷つける行為に破れた。そこには、昔以上に嫌悪する自分が立っていた。わたしは“自分の欲望とうまく付き合いきれず、自分自身を苦しめた”のだ。もう、芝居の楽しみ方もわからなくなっていた。なんのためにわたしは女優をはじめたのだろう。もう限界。

25歳のときだった。またも勝手にずっと信じていた自分の思想「女は25歳から」その年だった。わたしは、自分に最後のチャンスを与えた。純粋に好きな芝居と映画と向き合おう。何年か前から興味のあった映画制作をしようと。「今この映画を作らなければ、私の人生は終わる」と本気で思い行動に出た。
こうして作られた処女作「密かな吐息」は、この数年前に私が感じてきた感情が密に入った物語となっている。脚本を書いた当時はそんな意識はなかったが、自分を救いたくて撮った映画なのかもしれない。嫉妬・自己嫌悪・葛藤・欲望・・・

女性は男性に認められてなんぼ。男性に美しいと言われてなんぼ。みたいなところで苦しんでいる女性に特に観て頂きたい。この映画に出てくる女性はまったく美しくない。多くの女性が抱える感情に苛まれている。もちろん、男性を批判しているわけではない。私を救ってくれるのは、だいたいいつも男性だ。そして私に影響を与えるのも、だいたいいつも男性だ。その男と女という関係性を、距離感を艶めかしく。私なりの女性の視点で見つめた、いびつで純粋な愛の物語となっている。

わたしは「密かな吐息」を制作できたことで、幸せを見つけた。映画制作をすること、芝居をすることはやはり楽しい。よりいいものを残していくためには、知りたいことが無限にある。そこでまた、自分を傷つけることは多々あるかもしれない。けれど、自分が好きと思うものの根源を見失わずに、自分自身を常に見つめてあげることを大切にしていきたい。
わたしが今一番知りたいこと。それは、この映画を観て頂いた方、一人一人のご感想だ。劇場で、たくさんの方にお会いできること、反応を感じられることを切に今、願っている。

村田唯監督 近影

11月5日(土)~11月11日(金) シネマート新宿で先行1週間限定レイトショー
11月26日~下北沢トリウッドにてロードジョー!!

『密かな予告』予告

密かな吐息_予告編_cinemart版

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