命という文字には、叩くという言葉が隠されていて、命は叩いてこそ、輝き出す。そんなハートを持った俳優となってきたハリウッドスターがいる。

近年、良作が続き、40代を越えて円熟味が増してきた俳優イーサン・ホーク、俳優業の傍ら、脚本執筆、舞台演出、映画監督と着実にその礎を築いてきたかのように見えたが、実のところ、結構、人生に悩んでいるようで、たまたま知人を介して出会った89歳の老ピアニスト、シーモア・バーンスタインの生き方に迷える俳優は、一瞬にして心を鷲づかみにされる。

そして、彼についてのドキュメンタリーを撮ることにする。密着撮影して老ピアニストの話を聞くことで、是が非でも自らの人生の突破口を探し当てたいと強く願って。

イーサン・ホークといえば、盟友リチャード・リンクレイター監督との長年に渡る「ビフォア」シリーズや数作のコラボレーションの印象が強い、個人的に大好きな映画は、社会人なりたてで会社をクビになった若者3人がひょんなことから共同生活を始めて巻き起こるモラトリアムな青春群像劇「リアリティ・バイツ」、本格的な俳優になってきたなと思わせてくれたのは、主演のデンゼル・ワシントンにオスカー像をもたらし、イーサンも助演男優賞にノミネートされたポリス・アクション映画「トレーニング・デイ」、あとはちょこちょことメジャー風味の作品に出て、大金を稼いでいるといった"プチ"デ・ニーロ、パチーノといった立ち位置の印象だ。

映画「プリデスティネーション」(2015)

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昨年公開されたバイオリン・ケースに仕込まれたタイムマシンで旅する時空捜査官を演じたタイムパラドックス・スリラー「プリデスティネーション」は、今後、時代が巡るごとにSF映画の金字塔の仲間入りを果たすのは間違いないであろうし、11月公開予定の「ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE」では、ジャズ・トランペット奏者であり、シンガーであったチェット・ベイカーの破天荒そのものだった生きざまを熱演している。

映画「ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE」(11月26日より、Bunkamura ル・シネマ、角川シネマ新宿、他にて)

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カルバン・クラインの広告写真で当時、一世を風靡した写真家ブルース・ウェーバーが監督した最晩年のチェット・ベイカーをドキュメントした映画「レッツ・ゲット・ロスト」を見るとチャーリー・パーカーやマイルス・デイビスといったジャズ界の巨人たちを震え上がらせたほどの天才的な白人トランペッターの自堕落で放蕩の限りを尽くした果てに人生に疲れ切って死んでいった様を演じるには、相当タフでガッツが必要だと思うが、それをイーサンは、易々と演じきっている。

ピアニスト、シーモア・バーンスタイン(写真・右)、映画監督、イーサン・ホーク(写真・左)

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職業としての俳優業をこなしながら、現代社会において、金銭や名声といった成功とは違うゴールを俳優をすることでたどり着くことができるのか? 自らの心の在り方を探究し続けているイーサンは、たまたま出会った老ピアニスト、シーモアさんから、正解を見つけ出すのは難しい人生についての大切な教えを請うこととなる。

この映画のことを知った時、筆者も20代の頃、北カリフォルニアのモントレーでこんなピアニストと出会ったことを思いだした。

自由で気ままに生きるということを実践しているその初老のピアニストの生きるということの価値の考え方、その人もまたシーモアさんと同じくシングルだったが、老いてゆくことへの身の処し方云々は微塵もなく、アーティストとしての鋭敏な感覚を保ちながら、健康な肉体が続く限り、永遠に子供のような人だった。

ピアノというインストルメンツは、ソロ演奏ができるので、ある意味、孤独だ。でも限りなく自由でいられる。シーモアさんもその知人もその点では、自らの人生への対峙の仕方が、よく似ている。

その知人のスペイン調の家には、シーモアさんの映画にも登場するグランドピアノの名機、スタインウェイがあった。もう一台、漆黒のボールドウィンが互い違いになるように置かれていた。音色は、硬くて朴訥なボールドウィンの方が好みだった。将来、お金に困ることがあったら、スタインウェイの方は、売りに出されるのだろうなと思って、その家に遊びに行く度、2台の美しいピアノを眺めていた。

大判カメラのポートレイト写真のクラスの課題でそのピアニストのモノクロ写真を撮った。学校の先生のレビューは、ボロッカスな言われようで、理由は画面の四分の三を天高のあるスペイン調の天井が見える構図にしたから、ポートレイト写真は、頭上は絶対に空けるなとお達しがあったので、そのルールを破ったからだ。でもどういうわけか、点数は、A−(マイナス)をくれた。厳しい先生でも抗えないピアニストの表情が写っていたからなんだと思った。

映画「シーモアさんと、大人のための人生入門」より

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きっとイーサンもシーモアさんと出会って、彼が弾くピアノの調べを聴き、その話に耳を傾けている内に生の道しるべに見えたのだろう。映画を観ながら、過去を反芻しながら、自分もあのピアニストと出会えて、後にも先にもあのような人生を目にしたことがないので、その後の自分の生き方にいくばくかの影響をもらっているのだと改めて感じた。

STORY
人生の折り返し地点――アーティストとして、一人の人間として行き詰まりを感じていたイーサン・ホークは、ある夕食 会で当時 84 歳のピアノ教師、シーモア・バーンスタインと出会う。たちまち安心感に包まれ、シーモアと彼のピアノに 魅了されたイーサンは、彼のドキュメンタリー映画を撮ろうと決める。シーモアは、50 歳でコンサート・ピアニストと しての活動に終止符を打ち、以後の人生を“教える”ことに捧げてきた。ピアニストとしての成功、朝鮮戦争従軍中のつら い記憶、そして、演奏会にまつわる不安や恐怖の思い出。決して平坦ではなかった人生を、シーモアは美しいピアノの調べとともに語る。彼のあたたかく繊細な言葉は、すべてを包み込むように、私たちの心を豊かな場所へと導いてくれる。

映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』予告編

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◆監督:イーサン・ホーク
◆出演:シーモア・バーンスタイン、イーサン・ホーク、マイケル・キンメルマン、アンドリュー・ハーヴェイ、ジョセフ・スミス、キンボール・ギャラハー、市川純 子ほか
◆ 配給・宣伝:アップリンク
(2014 年/アメリカ/81 分/英語/カラー/16:9/DCP/原題:Seymour: An Introduction)

2016 年 10月1日(土)シネスイッチ銀座、渋谷アップリンク、他 全国順次ロードショー

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