さて、今週の「カレイド シアター」は9・11についての特集です。
 と、いっても2001年の9・11ではなく、1973年の9・11です。
この年、この日、何が起こったか、覚えていらっしゃいますか?

 1973年9月11日。何が起こったのか。
この日、チリのアジェンデ政権が軍事クーデターによって転覆されました。

画像: (c) 1975, 1976, 1978 Patricio Guzmán

(c) 1975, 1976, 1978 Patricio Guzmán

 アジェンデ大統領は、1970年、世界で初めて選挙によって民主的に選ばれた社会主義派の人民連合の大統領でした。つまり、民主的な選挙による無血革命を成し遂げた大統領だったのです。
 キューバ革命以降、中南米に共産化が起こることをおそれるアメリカはチリのこの革命をつぶしにかかります。その過程をつぶさに描いたのが、9月10日から、渋谷ユーロスペースで公開されるドキュメンタリー、「チリの戦い三部作」です。
作品の構成は、第一部ブルジョワジーの叛乱・第二部クーデター・第三部民衆の力となっています。全部で263分、4時間23分の作品です。一日がかりでご覧ください。

画像: 『チリの闘い』 特報 youtu.be

『チリの闘い』 特報

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 この作品のパトリシオ・グスマン監督たちはアジェンデ政権成立の二年後から、撮影を始めました。
選挙による人民連合の勝利から、アメリカと組んだ保守層・富裕層による破壊工作、軍部の動き、議会工作、サボタージュや経済封鎖とそれに対抗しようとするアジェンデ支持派の国民など、クーデターまでのチリの状況を克明に記録しています。
もちろん軍事政権側はこのフィルムが存在することを嫌がるわけです。クーデター後いちどは逮捕された監督たちですが、幸運なことに殺されることなく釈放され国外に脱出します。その時、撮影フィルムは秘かに持ち出され、後にキューバの映画省の協力を得て完成されました。

 「チリの戦い三部作」。ラテンアメリカの映画として、ドキュメンタリーとして、名作とされているこの作品ですが、私はまだ見たことがありませんでした。それが、昨年秋の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されたのです。
私にとっては待ち望んでいた上映でした。が、くやしいことに全編はみられなかったんですね。そこでアメリカのアマゾンでDVDを買ったのですが、なにせ三部作全部で4時間半あるのを英語字幕でみるのはさすがにつらく、字幕つきでやってくれないものかなぁと思っていました。
それがやっとの劇場公開。もちろん、字幕付き。もう一度言いますが、9月10日から渋谷のユーロスペースです(笑)。
 
 さて。私にとってチリのクーデターというのは、もちろん当時13歳ですから、アップトゥデイトで興味を引かれたわけではありません。
高校に入り、1975年の作品「サンチャゴに雨は降る」という映画を見たのがきっかけでした。
 それも、たしか、当時好きだったフランスの俳優、「男と女」のジャン・ルイ・トランティニアンが出ているから、と見に行ったのだったと思います。そして、ショックを受けたわけです。ほんの数年前、私の物心も十分付いていた時代にこんなことが起こっていたんだということに。
 ちょうどこの時期に出たのが五木寛之の「戒厳令の夜」で、これもチリのクーデターを背景にした小説でした。三人のパブロ、パブロ・ピカソ、パブロ・カザルス、そしてチリの詩人パブロ・ネルーダが出てきます。読みましたねー。たまたまうちにはネルーダの本もあったもので、それからしばらく私にとっての中南米ブームがありました。
中南米、というよりも「革命」ブーム、だったかな。フォルクローレの特集をするラジオを聞いたりしたものです。それも、「戒厳令の夜」や「サンチャゴに雨が降る」に出てくる歌、「ベンセレーモス」を聞きたさに。今になって考えると、「ベンセレーモス」はフォルクローレでもラテン音楽でもないので、そういう番組で流れるわけはなかったんですけれどね。

というわけで、ここで、チリの代表的な革命歌、「チリの戦い」のテーマ曲といってもいいと思います。「ベンセレーモス」我らは勝利する をビクトル・ハラの歌で聞いてください。
 ビクトル・ハラは、チリのフォルクローレのシンガー・ソングライターであり、演劇人、舞台演出家でした。クーデターでとらえられ、チリ・スタジアムに連行され9月16日に銃殺されました。スタジアムに連行された市民たちを励まそうとこのベンセレーモスを歌い、殺されたのです。享年40。まもなく41歳になるところでした。

 『サンチャゴに雨が降る』にもビクトル・ハラらしき人物が登場します。この映画はフランスとブルガリアの合作で、外国の特派員がクーデターを見聞きしたという設定で作られています。
 『チリの戦い』の監督、パトリシオ・グスマンはクーデター後チリを脱出、キューバ・スペインを経てフランスに亡命しました。他にも独裁政権や軍事政権を逃れてフランスに亡命した映画監督は何人もいます。彼らはしばしば、フランスとの合作という形で、母国の独裁政権を批判した作品などを発表します。エルヴィオ・ソトー監督の『サンチャゴに雨が降る』もそんな作品の一本でした。

 先ほど私はトランティニアン目当てで『サンチャゴに雨が降る』を見に行ったと言いましたが、亡命作家たちは独裁に対して反対するフランスの有名俳優たちの力を借りて、作品を世界公開できるようにするもので、『サンチャゴに雨が降る』のトランティニアンはそんな役回りを引き受けていたのだと思います。

画像: 『サンチャゴに雨が降る』 DVD用トレイラー IL PLEUT SUR SANTIAGO youtu.be

『サンチャゴに雨が降る』 DVD用トレイラー IL PLEUT SUR SANTIAGO

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 この作品には、1973年9月11日朝のクーデターの発生から、首都サンティアゴを中心にした各地の市街戦、軍事評議会による権力掌握を経て、詩人パブロ・ネルーダの葬儀にいたる10数日間の出来事を軸に、外国人記者の回想という形で、サルバドール・アジェンデの大統領当選からクーデターに至る流れが、劇映画の形で描かれています。
トランティニアンはアジェンデの側近の一人である上院議員の役でした。最後に、大統領官邸モネダ宮殿に籠城して抵抗したものの爆撃を受け、自殺したアジェンデとともに死んでいきます。それがなんかとても悲壮でいいなーと思ったんですね。
また、「革命はロマンだ」というセリフがあってえらく感動した覚えもあります。けれど。あんなに好きだった作品なのに実はずっと忘れていました。それを思い出させてくれたのが「セプテンバー・イレブン」という映画でした。
「セプテンバー・イレブン」は、2001年9月11日のニューヨーク、ワールド・トレード・センターへの旅客機によるアタック事件の一年後、世界の11人の映画作家たちによって制作された、9月11日をテーマにした一本11分9秒01の短編オムニバスです。
その中でイギリス代表のケン・ローチ監督が描いたのが、1973年の9月11日を歌うチリからの亡命シンガー・ソングライターの話でした。他の監督たちは2001年9月11日をモチーフにしているのに、ロ―チだけがチリのクーデターを描いたのです。確かにチリのクーデターとワールド・トレード・センターへのアタックには、根本的なところで同じ根っこがあると思います。それをロ―チは描こうとしたわけですね。ああそうだった、と思い出して、ずっと引っかかっていたわけです。

画像: 11'09"01 - September 11 youtu.be

11'09"01 - September 11

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そして今回の『チリの戦い三部作』に出会った、というわけ。おかげで『サンチャゴに雨が降る』のことも思い出しました。

『サンチャゴに雨が降る』というのはクーデターの発生を知らせる暗号で、ラジオなどで繰り返された全国に危機を伝えたと言います。モネダ宮殿が攻撃され大統領が亡くなってもクーデターは終わりではありませんでした。人民連合派などアジェンデを支持していた多くの市民や学生が捕えられ、拷問にかけられ、死んでいきました。その中には、人民連合にシンパシーを感じてチリにやってきた外国人もいたのです。
 クーデターに巻き込まれ行方不明になったアメリカ人青年を探す妻と青年の父を描く1982年の『ミッシング』という作品は、事実を元にした作品でした。コスタ・ガブラス監督で、父親を演じたジャック・レモンはカンヌ映画祭の男優賞を獲得。映画自体もパルム・ド・オルを受賞しました。

今週末は「チリの戦い三部作」に加えて、新作の「コロニア」という作品もチリのクーデターを舞台に、事実を元にした映画です。セプテンバー・イレブンですら忘れられそうなきょうび、チリのクーデターを思い出させようなんて、監督、えらい。『ジョン・ラーベ 南京のシンドラー』という映画を作った人で、歴史の忘れられた事実を掘り起こそうというテーマを持っている人なのかもしれません。

「コロニア」は「ハリポタ」でハーマイオニーを演じたエマ・ワトソンが主演。クーデターで軍にとらわれてしまったドイツ人の恋人を探すヒロインを演じています。
 タイトルになっている「コロニア」というのはクーデター当時に実在したドイツ系移民コミュニティの通称です。元ナチスの軍曹が1961年に設立した施設で、厳しい宗教的戒律の元300人のドイツ系移民やチリ人が暮らしていました。クーデターによる軍事政権下では、拷問センターの役割もはたしていたと言われています。
 
ヒロインのレナはフライトアテンダント。フライトで訪れたサンティアゴで恋人のジャーナリスト・ダニエルと再会、休日を過ごします。けれどその時、クーデターが勃発。二人は捕えられ、アジェンデ支持派のポスターを描いていたダニエルはどこかに連れ去られてしまいます。帰国を止めてダニエルを探すレナ。やっとダニエルが「コロニア・ディグニダ」という施設に送られたことを突き留めますが、そこはリーダーの元ナチスの軍人シェーファーが独裁政権と結びつき、人々を宗教と暴力で支配する狂信者たちの組織でした。コロニアから脱出したものはなく、コロニアが本当は何をしているのかを知る者もいない、秘密の組織…。ダニエルを助けたい一心でレナはコロニアに潜入することを決めるのですが…。

画像: 映画『コロニア』日本版予告編 youtu.be

映画『コロニア』日本版予告編

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チリのクーデターものということで見ていたら、どんどんサスペンスものになっていくので、なんなんだこれは、と正直なところ思いました。けれど、拷問施設と、そこで生き残ったとしても精神的に破壊された人々を飼い殺しにするための場所として「コロニア」が実在した、ということを、映画として残し、たくさんの人に見てもらうためにサスペンス仕立てにしたのだと考えれば、納得できます。
エマ・ワトソンは国連の女性の地位向上プログラムなどに積極的に参加する女優です。独裁・拷問・監禁などの人権侵害に対する反対と、女性が能動的に行動するという設定を支持して出演を決めたのではないかと思います。

「コロニア」は9月10日からヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ新宿など全国でロードショーされます。

 もう一本、チリのクーデターを背景にした作品では94年のロマン・ポランスキー監督作品『死と乙女』も印象的でした。戯曲を元にした作品です。

クーデターから何年も経過した後、静かに暮らしている夫婦が偶然に一人の男と出会います。妻はその男の声に聞き覚えがありました。クーデターのとき捕えられ、拷問を受けた記憶がよみがえってきたのです。性的な拷問を楽しむかのように繰り返したその男は、いつもシューベルトの「死と乙女」をかけながら拷問をしていたのです。その声、その匂い。問い詰める妻に否定を繰り返す男。かつての独裁政権下の人権侵害を追及する仕事をしている夫は、妻の主張と男の否定の間で戸惑います。どちらが真実を語っているのか、それを裁く権利は誰にあるのか、それともないのか…。

画像: Death and the Maiden (1994) Trailer youtu.be

Death and the Maiden (1994) Trailer

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 政権が替わり、民主国家になったとしても、一人一人に刻まれた記憶は拭い去れるものではなく、けれど、人々はその記憶を抱えて、かつて自分たちを苦しめた人々とも一緒に新しい国を作っていかねばならないという、複雑さと矛盾をチリは、またクーデターや内戦を経験した国々は抱えています。
クーデターから40年以上、民政に移行してから20数年。今では直接にクーデターを経験した人も、それを知らない人も、1973年9月に起こったことを忘れようとしています。
「チリの戦い三部作」の監督パトリシオ・グスマンは、チリに帰国してから「チリの戦い」をチリの人々に見せることで、アジェンデ時代とはなんであったのか、クーデターとはなんであったのかをチリの人々に問いかけたのです。
そして昨年劇場公開もされた新作「真珠のボタン」と「光のノスタルジア」では、いまもクーデターの記憶のかけらを持ち続けることの大切さを訴えました。チリの戦いは、まだ終わってはいないのです。そしてそれは、1973年以降、あちこちで起こり続けているたくさんの戦争や内戦やクーデターや、全ての戦いと、そこで傷ついている兵隊だけではなく巻き込まれている人々にもつながっています。

 そして、これは私の暴論だとは思いますが、その多くは2001年9月11日の事件以降、アメリカが始めた「テロとの戦い」にそのルーツがあるのではないでしょうか。
 だから、また回ってくる9月11日には、チリのクーデターを思い出したいと、私は思うのです。

ではここで10月にデジタルリマスターされ、オリジナル音声でリバイバルされる「アルジェの戦い」もご紹介します。
各地の植民地独立戦争のきっかけとなった、アルジェリアのフランス植民地からの独立戦争を、アルジェリア市民の側から描いた映画です。1966年ベネチア国際映画祭でグランプリ、金獅子賞を受賞したときには反フランス的映画だとフランス代表団が反発し、フランソワ・トリフォー以外の人々が会場を退席したといういわくつきの作品です。音楽はエンリオ・モリコーネです。

「アルジェの戦い」はイタリアとアルジェリアの合作映画です。監督はジッロ・ポンテコルヴォ。「無防備都市」「戦火のかなた」などロッセリーニのネオリアリスモの傑作に影響されて映画界に入ったというジャーナリスト出身の監督です。5年間かけて、アルジェリア市民8万人の協力のもと、カスバでオールロケを敢行、戦争経験者など素人を主要な役柄に起用して作られました。記録映像を使わず、目撃者や当事者の証言と残された記録文書に基づき、ドキュメンタリータッチでリアルに再現された戦争映画になっています。
 公開当時、日本でも大変な話題を呼んで、キネマ旬報外国映画の第一位を獲得しました。

公開は10月。新宿のK'sシネマ他、全国順次ロードショーです。

画像: アルジェの戦い【デジタル・リマスター】予告編 youtu.be

アルジェの戦い【デジタル・リマスター】予告編

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今週は、旧作ではありますが、9月10日から公開の作品として「チリの戦い 三部作」をメインに、9・11について考える特集にしてみました。新作の「コロニア」、ちょっと後悔は先ですが、リバイバルの「アルジェの戦い」も近日公開組です。

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