アイヌ民族━━。
南の先住民族である琉球民族に比してその存在感はマイナーで一般には誤解も多く、
ともすれば【失われた民族】などといったネガティブなイメージで捉えられがちである。
また、そうでなければ【自然と共生する民族】【すべてを神として敬う】
といったイメージが強調され、美化され偶像化されてもいる。
アイヌ民族を扱った近年のドキュメンタリー映画では『TOKYOアイヌ』(2010年)
が関東に住むアイヌの実情と先住民族としての権利獲得を目指す人々を描き、
『カムイと生きる』(2011年)があるエカシ(長老)のキャラクターを通じて
後者のアイヌ観を描いたといえる。
本作品では前掲の2作とは全く別の視点で、【唄】をキーワードに
ごく普通の母親でもある2人の歌手を描く。
2人は共に現代アイヌ音楽における実力者ではあるが、肩肘張らず自然体。
その『超天然』ともいえる姿が2人の魅力でもある。
その歌声、楽器の音色には祖先から連綿と受け継いできた魂が確かに宿っている。
唄は何処から生まれるのか。歌うこととはなにか。
そんなことを個性豊かな2人の生活を通じて描きたい。
それは「民族」の括りを超えた「ニンゲン」としての普遍性を描くことになるであろう。
また近年、マイノリティヘイトの一環としてアイヌ民族否定論が台頭し、
一部で激しい論争が起きたことも記憶に新しい。
本作品を「否定論」に対しての「やわらかな反論」ともしたい。
【ストーリー】
北海道阿寒湖コタン生まれのアイヌの姉妹の2011年の物語。
幼い頃から阿寒湖コタンで伝統の唄や踊りを学んできたふたりだったが、
長らく東京と北海道に離れて暮らす。
東日本大震災をきっかけに。姉は子どもを連れて阿寒湖に避難することになる。
そこでふたりを待っていたのは、初めてのデュオライブの企画だった…。
東京高尾で暮らす絵美(kapiw)は3人の子どもを育てながら、
ときにはアイヌ関連のイベントで歌やムックリを披露する日々を送る。
地元の音楽家・カイヌマとのユニット【riwkakant】のCD発表から数年が経ち、
最近では音楽活動の先が見えなくなっていた。
慌ただしい生活の中、絵美の頭をよぎるのは故郷・阿寒湖の景色だった。
『歌ってる瞬間にしかアイヌ民族っていないんだよ。
だって日常生活にアイヌ語使ってるわけじゃないでしょ?』
絵美の音楽上のパートナー・カイヌマの、アイヌヘイトまがいの発言。
アイヌの歌い手・絵美をプロモートしてきたはずの彼にしていったい何故?
その裏には音楽活動から得たアイヌに対する複雑な思いがあったのだった…。
一方、阿寒湖アイヌコタンでアイヌ料理店を営む富貴子(apappo)は
観光地の暮らしに追われ、日々披露する歌や演奏・踊りはいつしか
【生活の手段】となっていた。
春となれば山に山菜を採り、草木染め、刺繍などのアイヌ文化を学ぶコタンの日常。
コタンに根を下ろし伝統を受け継ぐことに誇りをもつ富貴子だが、
姉の活躍ぶりが眩しくもあった。
幼い頃から共に伝統の唄や踊りを学んできた2人だったが、
大人になってからは一緒にステージに立つことはなかった。
絵美はウポポ(アイヌの唄)の歌い手として、世間で徐々に注目されてきている。
富貴子もコタンの中では中堅となっており、2人の共演を望む声もあった。
その機も熟しつつある頃、東日本大震災、福島原発の事故が起こる――。
子どもの避難を巡って揺れる絵美の家族。姉一家を気遣う富貴子。
夏休み、絵美は子どもを連れて阿寒湖に避難のための里帰りをすることになる。
再会を喜ぶ姉妹だが、そこではふたりのデュオライブの企画が立ちあがっていた…。
ふたりのユニットはそれぞれのニックネームをとって
【Kapiw & Apappo】(カピウ&アパッポ)と名付けられた。
夏の観光地での暮らしに忙殺され、歌合わせすらままならない日々が過ぎていく。
そんななかで徐々に富貴子は追い詰められ、周囲に対して刺々しい態度をとってしまう。
プレッシャーに晒され、ふだん仲の良いふたりの確執があらわなっていく。
そんなある夜、ふたりは激しい口論となる。
「フッキ(富貴子)にとって歌ってなに?なんで歌ってんの?」
「仕事だから」
「あたしはフッキと歌うとき、仕事は関係ない!」
翌日、ふたりは思い出の場所で、素直な気持ちを吐露し改めて心を通わせる。
心機一転、仕事の合間を塗ってリハーサルを始めるが、本番は5日後に迫っていた…。
仲良しのふたりが時に喧嘩し、反目しながらも支えあい、初めてのライブを成功させることができるのか…。
【映画ができるまで】
監督・佐藤隆之は約20年、数々の劇映画に助監督として参加。
ある映画の撮影で出会った阿寒湖のエカシ(アイヌの長老)の存在感に圧倒され、
いつかはアイヌの映画を自分の手で、と願っていた。
2008年頃から東京や阿寒湖のアイヌコミュニティの人々との付き合いが始まり、
若者グループ「アイヌレブルズ」に取材してオリジナルシナリオを執筆する。
2010年夏、親交のあった木彫家・藤戸幸次氏の急逝にショックを受ける。
その後、かねてからその歌声と存在感に惹かれていた
絵美/富貴子姉妹のドキュメント撮影に取り掛かる。
撮影/編集に約5年をかけ、文化庁の助成金を得てついにこの作品を完成させた。
企画・監督・撮影・編集/佐藤隆之
音楽/メカ・エルビス(サイバーニュウニュウ)
2016年/112分/ステレオ/16:9/SD-DV
製作:office+studio T.P.S/OLIO FILMS
配給:OLIO FILMS