前回レポート ジュネーブ・ブラックムービーフェスティバル③ http://cinefil.tokyo/_ct/16935132
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 さて、ブラックムービーフェスティバルでは、映画『さようなら』の上映は3回行われた。
 まあまあボチボチな入りだった1回目から、2回目、3回目と回を重ねるごとに客足は延びて、幸いなことに最後の回は補助席を使い切るほどの満席となった。

 ジュネーブ二日目。二回目の上映は、Cinéluxという映画館で、場内は広くオシャレな割にそこに至るスペースはかなり狭い。スタッフと客数人でぎゅうぎゅうになってしまう空間は、かつて池袋と高田馬場にあって21世紀を目前に惜しまれつつ閉館したアクトミニシアターを思い出させて、親近感が湧く。あの、某監督にそっくりな館長は今もお元気だろうか。
 夜21:00からの上映は日本の感覚で言えば「レイトショー」に当たる時間ではあるが、若者中心の日本のレイトショーではあまり見かけない老夫婦の来場などもあり、スイスの夜の長さを伺わせる。

画像: Cinélux外観。

Cinélux外観。

画像: Cinélux外観。「岸辺の旅」と「海街diary」のポスターも。

Cinélux外観。「岸辺の旅」と「海街diary」のポスターも。

 2回目の上映が終わり、嬉しかったのは、観客がひとりも帰らなかったことだった。
 欧米では日本ほど上映後のQ&Aでお客さんが残ってくれない。帰りたければさっさと帰ってしまう(上映中でも!)のが彼らの流儀で、もちろん作品に大した関心が持てなかった人もいるだろうし、一方で満面の笑みで「素晴らしかったよ」と監督に握手を求めながらも帰っていってしまう人もいるから不思議である。それに慣れていないカントクは、自分の目の前でゾロゾロ通り過ぎてゆく観客たちの姿に無駄にココロを擦り減らすことになるので要注意である。
 前日の『さようなら』一回目の上映のときはそこそこの人が帰ったので、「まあ、こんなものか」と思っていたら、2回目の上映はほぼ全員が残ってくれた。時間ももう23時が近いにも関わらず。
 質問も多く、監督と客席の間に言葉のラリーが弾む、会場全体が一体感のもてるよい雰囲気のQ&Aとなった。

 余談だが、Q&Aの後、会場の外でも質問を受けた。「この作品は何日で撮影したのか?」と。どうやらその質問を投げかけてくれた青年も映画を作っているらしい。率直に「11日」と答えると彼は心底びっくりした顔をする。聞くと、彼の最近撮影した作品は11分の短編に14日間費やしたとか。その豊かさに思わず遠い目をしてしまう。人生とはなんだろう。

 ジュネーブ滞在三日目。最後となる上映は19:00からで、時間が空いたのでその前に一本映画を見ることにする。日本ではなかなか見られない映画を味わうことができるのも映画祭の醍醐味である。鑑賞したのは、「アフリカ映画の父」と称されるセンベーヌ・ウスマン監督の『黒人女(La Noire de ...)』。1966年、ちょうど半世紀前の作品だ。 http://blackmovie.ch/2016/fr/films/fiche_film.php?id=1171
 白人の家庭に家政婦として雇われフランスに渡った黒人女性の葛藤と孤独を描いた作品で、フランス語字幕しかなかったため台詞は分からないものの、シチュエーションがシンプルなのでだいたい筋は分かった。主人公の女性の表情や仕草ひとつひとつが力強く視線が離せない。素晴らしかったのは、差別する側の白人を典型的な嫌な奴ではなく、むしろ気遣いのある善人として描くことで、根元的な社会構造に根ざした差別の根深さが垣間見えてくる点だ。

 映画を見終わり、そのまま同じ映画館で、『さようなら』の上映が始まる。そういえば『さようなら』のヒロインも南アフリカ出身という設定であったことを思い出す。その意味で、ブラックムービーフェスティバルに相応しい作品だったのかも知れない、と最後になった気が付いた。上映最終回は、補助席を全て稼働させる満員となった。

画像: 『さようなら』最終日、上映前の劇場の様子。

『さようなら』最終日、上映前の劇場の様子。

 上映後、質疑応答もつつがなく終わり、ロビーで何名かのお客さんとゆっくり話す時間も取れた。映画祭はどうしても監督にとってはビジネスとしての側面が大きくなり忙しなくなりがちだが、こうした観客やその土地にゆっくり触れ合う時間が取れるのは逆にマーケットのない映画祭の特色と言える。
 映画『さようなら』という作品は、まだスイスでの配給は決まっていない。こうして映画祭という形で呼ばれなければ、ジュネーブの観客とは出会うことが出来なかったわけで、やはり経済原理とはまた別の回路で多種多様な映画が集まれる映画祭という場の貴重さをしみじみ噛みしめる3日間であった。

 最後、ジュネーブの街の雰囲気を写真にてちょっとだけお伝えして、このレポートを締めくくりたい。私の宿泊したジュネーブ駅近くのホテルから10分も歩くと、中央ヨーロッパで二番目に大きいと言われるレマン湖に出る。ちょうど土曜日だったこともあり。レマン湖の周囲には散歩しているカップルや、ジョギングしている人たちなど、穏やかな様相を示していました。

画像: 対岸の山を越えるとフランス領に入る。山を越え、湖をボートで渡りジュネーブに出勤してくる労働者もいると言う。

対岸の山を越えるとフランス領に入る。山を越え、湖をボートで渡りジュネーブに出勤してくる労働者もいると言う。

画像: 恐ろしいほど澄んだ湖水。夏は市民が水泳を楽しむと言う。

恐ろしいほど澄んだ湖水。夏は市民が水泳を楽しむと言う。

画像: なぜか、湖の傍のレストランに日本の鯉のぼりが。通訳のI氏がいうには、別に鯉のぼりがスイスで普及しているということはないとのこと。

なぜか、湖の傍のレストランに日本の鯉のぼりが。通訳のI氏がいうには、別に鯉のぼりがスイスで普及しているということはないとのこと。

画像: 映画祭の会場から徒歩3分のバスティオン公園内の様子。巨大なチェス盤があり市民が自由にチェスを楽しんでいた。もちろん無料。

映画祭の会場から徒歩3分のバスティオン公園内の様子。巨大なチェス盤があり市民が自由にチェスを楽しんでいた。もちろん無料。

画像: 映画祭の会場近くのジュルジュ・ファヴァン通りには土日になるとマーケットが現れる。いわゆる「蚤の市」。通訳のI氏いわく、「ここでなんでも揃う」。物価の高いスイスにおいて、Tシャツが500円ほどで売っていた。

映画祭の会場近くのジュルジュ・ファヴァン通りには土日になるとマーケットが現れる。いわゆる「蚤の市」。通訳のI氏いわく、「ここでなんでも揃う」。物価の高いスイスにおいて、Tシャツが500円ほどで売っていた。

画像: 古本も売っている。通訳Iさんは古本を目当てにときどく来るのだと言う。

古本も売っている。通訳Iさんは古本を目当てにときどく来るのだと言う。

画像: 何気なく銃が売られている。普通に撃てるそう。

何気なく銃が売られている。普通に撃てるそう。

画像: タイヤまである。本当になんでも揃いそうだ。

タイヤまである。本当になんでも揃いそうだ。

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★映画『さようなら』全国順次公開中!http://sayonara-movie.com/theater.html
1月30日より渋谷アップリンクにて再上映決定!!
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深田晃司(映画監督)
1980年生まれ。大学在学中に映画美学校に入学。プロ・アマの現場に参加しつつ、2006年『ざくろ屋敷』を発表。パリKINOTAYO映画祭にて新人賞受賞。2008年長編『東京人間喜劇』を発表。同作はローマ国際映画祭、パリシネマ国際映画祭に選出、シネドライヴ2010大賞受賞。2010年『歓待』にて東京国際映画祭「ある視点」部門作品賞受賞。2013年『ほとりの朔子』にてナント三大陸映画祭グランプリと若い審査員賞、タリンブラックナイト映画祭にて最優秀監督賞を受賞。最新作は映画『さようなら』。寄稿「多様な映画のために」http://eiganabe.net/diversity


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