小野耕世のPLAYTIME ⑦
映画『捜索者』の主題曲とポスター

前回まで少し古いアメリカ映画について述べたが、それはあるアメリカ人が絶賛していた『脱獄』と『捜索者』について書くのが目的だった。
そこにたどりつくまでやや遠回りをしてしまったが、やっと『捜索者』という目的地に着いたようだ。
ジョン・フォード監督の最高傑作である『捜索者』は1956年の映画だから、それを私が初めて見たのは高校生の頃になる。
1950年代の中頃は、シネマスコープというワイドスクリーン映画が次々と公開されていた。高校に入学してから見たジェイムズ・ディーン主演の『エデンの東』もそうだった。それから半世紀が経って、なおも私が『エデンの東』に特別の感慨があるのは、その組曲がヴィクター・ヤング作曲の三拍子のワルツ曲であり、私がダンスを習い始めたとき、しばしば『エデンの東』の曲に合わせてワルツを踊ったからである・・・。
では、『捜索者』の場合はどうかというと、これは新しく生まれたビスタ・ビジョン方式の映画で、やや横長ではあるがスタンダード・サイズに近い画面で、しかし映像の精度が非常に高いのが特徴だった。
だから、この映画で描かれるユタ州とアリゾナ州にまたがるモニュメント・ヴァリーの景観は、ジョン・フォードによる西部劇映画のなかでも、細部までくっきりと、目のさめる美しさだった。
この映画の主題歌もいい。映画のオープニング・タイトルは、実写ではなくデザインされた画面にThe Searchers (捜索者たち)と文字がうかぶというおとなしいものだったが、そのあとに歌が流れていく。
「What Makes a Man to Wonder・・・・」(なぜ男はさすらうのだろうか・・・)というこの歌は、覚えやすかった。この言葉がくり返されたたあと、歌は「Ride Away・・・」(去っていく)と続く。この場合、去っていくと言っても、ride awayなので、馬に乗って去っていくことを意味している。
様式的なあっさりしたタイトル場面が終わると、画面は闇がさっと消えるように家の内側からとびらが開き、陽光の風景がまぶしいほどの効果でひろがる。そのなかを馬に乗った男が近づいてくるのがわかる・・・。
つまり、このオープニングでは、去っていく男ではなく、やってくる男が描かれるのだ。次に画面は、家を外から見るショットに変わり、家の前に人びとが出てくる。
「イーサンだわ」と女が言う。イーサンというさすらいの男の帰還を、一家が出迎えるという場面から、この映画は始まる。

The Searchers (1956) Official Trailer - John Wayne, Jeffrey Hunter Movie HD

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The Sons of the Pioneers and Max Steiner - The Searchers (Ride Away)

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高校時代から、私は映画のポスターに興味をもち、機会があれば集めることを始めていた。その頃私は、小田急線の世田谷代田駅から都立新宿高校に通っていたが、世田谷代田駅に貼ってあったジェイムズ・ディーン主演の映画『ジャイアンツ』のポスターを、駅にほとんど人がいない早朝に、こっそりはがして持ち帰ったことがある。そのあと、理由など覚えてないが二歳年下の弟とけんかをして、怒った弟が、その『ジャイアンツ』のポスターをくしゃくしゃにしてしまった。しかたなしに、私はポスターのしわをのばして、アイロンをかけた・・・。
そのポスターは、いまでも持っているが、高校時代に私が手に入れたポスターのなかでも最も重要なのは、SF映画『禁断の惑星』(1956)のポスターである。私がこの映画に夢中になっているのを知っていた高校の同級生が、彼の家の近くの映画館で『禁断の惑星』が上映しているのを知って、わざわざ映画館からもらってきてくれたのだった。
だから、いまでも私は『禁断の惑星』という映画について考えるたびに、この友人のことをなつかしく思い出す。
では、『捜索者』のポスターは、どうやって手に入れたのかというと、よく思い出せない。ことによったら、大学生になってから、どこかの映画館でもらったのかもしれない。
主演俳優のジョン・ウェインとジェフリー・ハンターのふたりが、乗馬姿でならんでおり、背景にはモニュメント・ヴァリーが広がっているそのポスターは美しく上品な画面構成がすばらしい。『捜索者』の立看板用のポスターも手に入れた。ふつうの半載(はんさい)ポスターをたてに二枚つなげた大きさで、映画館の前に立看板として展示されるものだ。『捜索者』の場合、立看用もふつうサイズのポスターも基本的には同じデザインで、馬上の主演俳優ふたりが並んで立っている。だが、立看用には、その上にひろがる空が、ポスターの上半分を占め、それは夕焼け空のように赤く染まっており、雲が白く渦を巻いているように描かれている・・・。

画像: http://till2017.blogspot.jp/2011/03/5047.html

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恐らく多くの人が気がついていないと思うのだが、日本の映画ポスターというのは、世界でも独得のアートである。
アメリカ映画の場合、ポスターはポスターの絵を描く画家がいて、絵として仕上げる。ブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン』のように、日本公開時のポスターもアメリカ版をそのまま使用した例もあり、(『スター・ウォーズ』の場合も同様)、ポスター画として見事なものだ。
だが日本の場合、伝統的に映画のスチル写真をもとに構成されることが多い。黒澤明監督の『用心棒』なども、(モノクローム映画だが)白黒のスチル写真をもとに人工着色によって拡大構成し、カラーのポスターが作られる。

1953年公開のアメリカのSF映画『宇宙戦争』の日本版ポスターは、火星のウォーマシンが空中に浮き、熱線を放射、それを女性が悲鳴をあげて見ているという画面構成で、中学生の私は、小田急線・成城学園前駅に貼られたそのポスターを、毎日うっとりながめながら通学していた。
スチル写真をもとに日本で作られた『宇宙戦争』のポスターは、私には芸術品だった。でも、そのポスターは持っていない。中学の頃は、まだポスターを手に入れることに想いがおよばなかったのである。

画像: http://blogs.yahoo.co.jp/m45504550/4892674.html

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おとなになってから、この映画が好きな日系アメリカ人が、アメリカ版のオリジナル・ポスターをわざわざアメリカから私に送ってくれた。
だが、宇宙からのびた巨大な腕が地球をわしづかみにしようとしているその手描き絵によるポスターは、映画の場面とまったくかかわりがないように感じ、私はがっかりしてしまった。
それで私は、そのころ私が知り合った若いSF映画のファンに、そのポスターを、あっさりとあげてしまったのだけれども、彼が狂喜したので、私も嬉しかった。それはとても価値のあるコレクターズ・アイテムだったのである。

ところで、これを書いているいま、イラストレイターの生頼範義(おうらい・のりよし)氏が10月27日、79歳で亡くなられたことを新聞で知った。彼は映画のポスター画でも優れた仕事をしており、『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』の国際版ポスターを手がけ、海外での評価も高いアーティストだった。1980年代には、『SFアドベンチャー』という雑誌の表紙絵なども描かれていたことを私は思い出す。
あなたの仕事は忘れませんよ。

画像: http://casterone.tea-nifty.com/blog/2009/04/post-ad74.html

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小野耕世
映画評論で活躍すると同時に、漫画研究もオーソリティ。
特に海外コミック研究では、ヒーロー物の「アメコミ」から、ロバート・クラムのようなアンダーグラウンド・コミックス、アート・スピーゲルマンのようなグラフィック・ノベル、ヨーロッパのアート系コミックス、他にアジア諸国のマンガまで、幅広くカバー。また、アニメーションについても研究。
長年の海外コミックの日本への翻訳出版、紹介と評論活動が認められ、第10回手塚治虫文化賞特別賞を受賞。
一方で、日本SFの創世期からSF小説の創作活動も行っており、1961年の第1回空想科学小説コンテスト奨励賞。SF同人誌「宇宙塵」にも参加。SF小説集である『銀河連邦のクリスマス』も刊行している。日本SF作家クラブ会員だったが、2013年、他のベテランSF作家らとともに名誉会員に。


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