第519回
「チャイルド44 森に消えた子供たち」
「夏をゆく人々」「共犯」「Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅―」「筑波海軍航空隊」

「チャイルド44 森に消えた子供たち」プロデューサーはリドリー・スコット

「チャイルド44 森に消えた子供たち」は、原作のシリーズを読んでいたので、いきなり映画を見た人ほどの衝撃は受けなかったが、予備知識なしで見た人は相当戸惑ったのではないだろうか。
なぜならプロデューサーはリドリー・スコットで、アメリカ映画ながら、内容はソ連時代のロシアで、少年たちの連続殺人事件を捜査する国家保安局(MGB)捜査官の夫婦にまつわる話なのだ。

本来ならばロシアで映画化されてしかるべきだが、英国推理作家協会賞を受賞した英国人トム・ロブ・スミスの原作はロシアで発禁になっている。

映画『チャイルド44 森に消えた子供たち』予告編

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主人公のレオ(トム・ハーディ)はウクライナの孤児だったが、戦争で英雄になり、MGBのエリート捜査官になって、教員のライーザ(ノオミ・ラパス)と結婚し、幸せな生活を送っていた。上司のクズミン少佐(ヴァンサン・カッセル)に呼ばれたレオは、部下の息子が何者かに虐殺されたことを知る。しかし当局は殺人事件ではないとした。なぜかというと、スターリンは「殺人は理想国家では、ありえない」と言っていたからだ。

レオは部下に事故だったと言いくるめる。やがてスパイの容疑者の自白によって、レオの妻ライーザにスパイの嫌疑がかかる。レオは妻の告発を拒否したため、官位をはく奪され、田舎町の民警に飛ばされる。そこにはすべてに背を向けた署長(ゲイリー・オールドマン)がくすぶっていた。

子供たちが大量虐殺された事件は、スターリン時代に実際にあった。
エリート捜査官が当局のごまかしに立ち向かっていく姿が力強く描かれる。
「マッドマックス」など、トム・ハーディの活躍は目を見張るものがある。
アメリカ映画だが抑制のきいたドラマになっているのは、イギリス出身のリドリー・スコットをはじめ、スウェーデン出身のダニエル・エスピノーザ監督などスタッフ、キャストにヨーロッパ人が多いためだろう。そこがアクション系のスパイ映画との差になっている。

ギャガ配給。7月3日公開。


「夏をゆく人々」は第67回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞したイタリア映画。


「夏をゆく人々」は第67回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞したイタリア映画。ちなみにカンヌにはパルムドールという最高賞があり、以前グランプリは審査員特別賞と呼ばれたが、今回は単なるグランプリという称号になっている。

監督はアリーチェ・ロルヴァケル。彼女の姉アルバ・ロルヴァケルは女優で、この映画では母親役で出演している。

イタリア中部の古代エトルリアの遺跡が多い人里離れた土地。
ここで養蜂業を営む一家の話だ。長女のジェルソミーナ(マリア・アレクサンドラ)は、4人姉妹を束ね、父親の手伝いをするけなげな少女。
家は蜂蜜処理の工場を改築しなければならず、生活は苦しい。

しかし親父は昔かたぎで、ちゃらんぽらん。そんなときジェルソミーナは、地元のテレビ局で放送されている家族コンテストに応募する。

「ミツバチのささやき」のような、昔ながらの方法で蜂蜜を採取する地味で危険も伴う作業を綿密に見せてくれる。
自然に恵まれた土地、古代エトルリア文化の神秘性。思春期の少女の複雑な心境。すべてが相まって映画の魅力となっている。

そういえば「道」のヒロインもジェルソミーナだった。ジャスミンのことだという。儚げで美しい花のような少女にふさわしい。なお、名花モニカ・ベルッチも妖艶なところを見せている。

ハーク配給。8月22日岩波ホール。

「共犯」はチャン・ロンジー監督の台湾映画


「共犯」はチャン・ロンジー監督の台湾映画。高校生たちの青春映画というくくりに入るだろうが、最初から事件がらみで、ちょっとホラータッチのような不気味さがある。
男子高校生のホアン、リン、イエの3人は、通学路で女子高生が血を流して倒れているのを見つける。彼女は同じ高校のシャーで、転落死したことがわかった。
それまで顔もろくに知らない発見者3人は、シャーの死を詳しく調べることにした。

この映画は映像が工夫されていて、監督のセンスが光っている。
シャーという女子高生の孤独な生き方が、いじめられているホアンにつながり、事件は思わぬほうに展開していく。
ネットワークで広がるうわさの怖さは、日本も台湾も一緒だと思った。
傷つきやすい世代の脆さが伝わってきて、日本映画の「ソロモンの偽証」を連想した。

ザジフィルムズ、マクザム配給。7月25日新宿武蔵野館。

映画『共犯』予告編

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「Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅―」は川端潤監督のドキュメンタリー映画

「Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅―」は川端潤監督のドキュメンタリー映画。
ミャンマーの民族音楽をCDにするため、ヤンゴンを訪れた撮影、録音チームがスタジオの収録などを記録した映画。
ミャンマーの楽器は「ビルマの竪琴」が有名だ。
楽器で目に付いたのが、サインワイン。丸い風呂桶のようなものに小さな太鼓が21も吊り下げられている。ほかに大小の太鼓、シンバルのような打楽器。尺八や横笛が演奏される。

あまり知られていないミャンマーの伝統音楽。
バリ島の音楽、タイの音楽にも似ている。
素朴な調べが流れる中、水かけ祭りに集う人々の屈託のない笑顔が親しみを感じさせる。
ミャンマーに行ってみたい人は、見ておくといいだろう。

太秦配給。6月下旬ポレポレ東中野。

「筑波海軍航空隊」は若月治監督によるドキュメンタリー映画

「筑波海軍航空隊」は若月治監督によるドキュメンタリー映画。筑波海軍航空隊の司令部庁舎が残されている茨城県笠間市では地元の人々によって戦跡の保全や資料の収集が行われている。

筑波海軍航空隊は戦闘機の搭乗員養成機関だった。
学徒出陣で集まった若者たちを猛烈な訓練で戦闘機乗りに育てた。
入隊した120人のうち、神風特別攻撃隊として出撃した77人が大空に散った。

映画は資料映像をうまく使い、生き延びた隊員らの証言で当時のありさまを説明する。
あまり気負ったところもなく、自分の使命と割り切って出撃した、青年たちのすがすがしさが感じられる。
それにしても優秀な若者たちを失ったのが悔やまれる。
「戦争は勝ったほうも負けたほうも得はない」。生き残り兵士の述懐は、その通りだと思う。
神風特攻を受けたアメリカ軍も多くの若い兵士を失ったのだ。

パルコ配給。8月1日ヒューマントラスト有楽町。

コラム~野島孝一の試写室ぶうらぶら~シネフィル篇
野島孝一さんてこんなひと
■略歴
1941年、新潟県柏崎市の自宅で助産婦にとり上げられ誕生。
1964年、上智大学文学部新聞科をどうにかこうにか卒業。
そして、あの、毎日新聞社に入社。
岡山、京都支局を経て東京本社社会部、学芸部へ。
なんと、映画記者歴約25年!
2001年、毎日新聞定年退職。
その後、フリーの映画ジャーナリストになって大活躍。
■現在
日本映画ペンクラブ幹事
毎日映画コンクール選定委員、毎日映画コンクール諮問委員
アカデミー賞日本代表作品選考委員
日本映画批評家大賞選定委員
■著書
日本図書館協会選定図書
映画の現場に逢いたくて
ザ・セックスセラピスト THE SEX THERAPIST
野島 孝一 著

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