小野耕世のプレイタイム②
映画「デルス・ウザーラ」試写の日

「黒澤明の映画のなかで、いちばん好きな作品はどれですか」
とたずねられたとしたら、私はたぶんこう答えるだろう。
「『羅生門』と『蜘蛛巣城』が特に好きです。もちろん『七人の侍』も大好きですが・・・」そして私は付け加えるだろう「年齢とともに『デルス・ウザーラ』が好きになってくるんですよ」

画像: 小野耕世のプレイタイム② 映画「デルス・ウザーラ」試写の日

映画監督・黒澤明(1910-1998)は、88歳の生涯のなかで、30本の映画を撮っているが、そのなかで『デルス・ウザーラ』は他の作品とは全く別の位置をしめる。
① まずこれは日本映画でも日本とロシア(ソ連)との合作映画でもなく、ソ連製作の外国映画であること。
② 黒澤作品のなかで、ただひとつフィクション(創作)ではなく、実際の探検記録をもとにした実在の人物を描いた映画であること。――の二点で異色なのだ。

シベリアの密林で、1年かけて撮影された映画「デルス・ウザーラ」の日本公開は1975年の夏だったことを、その頃ニューヨークで買ってきた赤い派手な半そでシャツを着ていた自分とともに思い出す。
この映画を配給する日本ヘラルド映画の当時新橋にあった試写室で「デルス・ウザーラ」を見た私は興奮していた。大自然の精のようなデルスという猟師が、まさに原作本を読んだときのイメージどおりに森のなかから現われたからだ。
見終わって試写室から出て、宣伝部長の原正人さんに「この映画は、ちからがありますね」と私が言うと、「うん、ちからがあるよね」と私を見て答えた。

画像: http://blogs.yahoo.co.jp/suetumubananohime/21559475.html

http://blogs.yahoo.co.jp/suetumubananohime/21559475.html

だが実際は、「黒澤明 樹海の迷宮」という、この映画の詳細な製作記録を読むと、ヘラルド映画の古川勝巳社長すら、映画の印象を黒澤監督にきかれて、「画家が老境になってから出る味といいますか。枯淡の映画ですな」と答えたとある。苦し紛れにそう答えつつ、興行成績を危うんでいた古川社長の顔が目に浮かぶようだ。

映画の完成に全力を注いだ古川社長が困ったように、当時の主だった映画評論家たちの反応も、あまり良くなかったようだ。そのなかにあって、この世界では若輩であった私が「この映画にはちからがある」と言ったので、原宣伝部長は喜んだのに違いない。
「『デルス・ウザーラ』の劇場での試写で、小野さん、観客に話をしてくれないか」
と、原さんは頼んできた。ほかにこの映画を強くほめる人がいなかったからなのではないか。
とにかく私は引き受けた。

デルス・ウザーラ

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小野耕世


映画評論で活躍すると同時に、漫画研究もオーソリティ。
特に海外コミック研究では、ヒーロー物の「アメコミ」から、ロバート・クラムのようなアンダーグラウンド・コミックス、アート・スピーゲルマンのようなグラフィック・ノベル、ヨーロッパのアート系コミックス、他にアジア諸国のマンガまで、幅広くカバー。また、アニメーションについても研究。
長年の海外コミックの日本への翻訳出版、紹介と評論活動が認められ、第10回手塚治虫文化賞特別賞を受賞。
一方で、日本SFの創世期からSF小説の創作活動も行っており、1961年の第1回空想科学小説コンテスト奨励賞。SF同人誌「宇宙塵」にも参加。SF小説集である『銀河連邦のクリスマス』も刊行している。日本SF作家クラブ会員だったが、2013年、他のベテランSF作家らとともに名誉会員に。

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