2009年のNY、地下鉄に乗って出かけたブルックリン・ミュージアムで、ジム・ジャームッシュと会った。初めて紹介された彼のその眼光に、私はほとんど意地で立ち向かうだけだった。隣には、あの映画で見かけたサラ・ドライヴァーが微笑んでいる。

画像: Masayoshi Sukita, Jim Jarmusch and Sarah Driver photo: 2009 tomoyakumagai

Masayoshi Sukita, Jim Jarmusch and Sarah Driver
photo: 2009 tomoyakumagai

当時の私は写真家・鋤田正義氏によるYellow Magic Orchestraの写真集を編集していた。鋤田氏とYMOの歴史は凄まじいもので、きちんとしたものを作ろうとすると、本当に多くの人々に会って話をしなければならない。すでに登場人物はかなりの数に上っていた。

思い出す。石坂邸で重ねられた、アルファ・レコード創設者村井邦彦氏との会食、そして川添象郎氏との幾度とない怒鳴り合いの電話。「バカヤロー!」で始まる会話には、時折こちらの口も少しは汚くなってしまった。さらに思い出す。彼にはどうしてもトランプで勝つことができなかった。やはり特別の魔法を持っていたとしか言いようがない。

閑話休題。その写真集には、デヴィッド・ボウイ、ウィリアム・ギブソン、クリス・トーマス、ジョン・セバスチャン、横尾忠則、堤清二、ヨーコ・オノ……YMOの周りに居た方々はもちろんのこと、伝説の中の人たちが喜んでコメントを送ってくれてきていた。

そんな作業のさなか、鋤田氏はブルックリンで開催された写真展『WHO SHOT ROCK'N'ROLL?』に招待され、私もそのオープニングに同行していた。そしてそこにジャームッシュが現れた。

ジャームッシュと鋤田氏との縁は深い。1984年にNYで映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を見た氏の賛辞をきっかけに、1988年の『ミステリー・トレイン』がビクター資本で作られたということもある。鋤田氏は同じ写真家のマーク東野氏とともにその映画のスチール撮影を務め、その写真たちは『Checking The Gate』という美しい一冊に結晶した。

鋤田氏からは、『ミステリー・トレイン』撮影時のジャームッシュの厳しさを、ジョー・ストラマーの紳士ぶりを、信頼しあったチームで映画をつくることの楽しさを幾度となく教えていただいたものだった。そして、彼らがいかに筋を通す人たちであったことを。

画像: Masayoshi Sukita and Jim Jarmusch photo: 2009 tomoyakumagai

Masayoshi Sukita and Jim Jarmusch
photo: 2009 tomoyakumagai

ジャームッシュが訊ねてくる。おまえは編集者だって? そうだよ。本、それとも映像の編集? 本のほうだね。どんな本を作っているんだ? ああ、今、ミスター・スキタが撮ったイエロー・マジック・オーケストラの写真集を作ってる。貴方は知っているか、イエロー・マジック・オーケストラ?

ああ、知ってるよ。70年代末期、NYパンクシーンのなかに居た(2009年当時もカントリー風のバンド活動を行っていた)彼である、さてYMOは好みであるかどうか。しかしそれは問題ではない。

思わず私の口から、簡単な英語が滑り出てしまっていた。「この写真集に貴方がコメントを寄せてくれたらすごく嬉しいんだけれど」。

間髪なく、彼は私の目を見ながら答えた。「Why not? 俺はなんでもする、あの人のためなら」。

しかし笑顔もなかった。あたかも、なにをおまえは俺に当然のことを聞くんだというように。Why not?

日本に戻ってすぐだっただろうか、ジャームッシュから素晴らしい原稿が届いた。約束は守られ、そしてそれはあたかも、まったく当然のことのように、さりげなく届けられたのだった。
コメントはこう締められていた。

「感謝しています、鋤田さん。この奇妙で異常な世界に貴方という人が存在していることに。」
"Thank you, Sukita-san, for your presence in this strange and unusual world."

私にはこのような一文を書く資格があるとは思えないし、もちろん捧げられるような資格もない。しかしそれでも、この文章に結晶したふたりの間の信頼関係の尊さくらいは理解する。

それはあらゆる意味で、そこここに見られる軽薄さとは全く正反対のものだ。世界に苛立ち、しかしそのなかであっても無条件で信頼する相手が存在するということ。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で世界に文字通りの衝撃を与えたジム・ジャームッシュも、すでに60歳を過ぎる。作品は重ねられ、その作風はより巧みに、そしてもちろん滋味を増し、揺るぎない巨匠の座へと近づきつつあるが、しかしその若々しさと世界への怒りが、今もその作品と存在には貫かれている。

2013年の最新作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』。長年受け継がれてきた吸血鬼の血脈、その末裔は、同様に吸血鬼であるパートナーを励ますのだった。

「ついに逆襲の時がきたのよ」
“Time to turn it over then.”

こんな仕事をしていると、吸血鬼たちの血族と出会うことがある。そして時折、吸血鬼たちの美しい友情を目撃することもある。それは地獄か天国か。私にはわからないが、どこに行っても結局ひとりで戦うほかはない。

そして時に、微かな淋しさとともに、ジャームッシュの、気高いとしかいいようのないあの眼光を思い起こすのである。私はやはり意地になって立ち向かう。

吸血鬼たちは、今も世界に散らばり、ともに逆襲の時を見据えている。

熊谷朋哉(編集者/プロデューサー/SLOGAN)

画像1: Jim Jarmusch photo: 2009 tomoyakumagai

Jim Jarmusch
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画像2: Jim Jarmusch photo: 2009 tomoyakumagai

Jim Jarmusch
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画像: YELLOW MAGIC ORCHESTRA X SUKITA www.amazon.co.jp

YELLOW MAGIC ORCHESTRA X SUKITA

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画像1: photo: 2009 tomoyakumagai

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画像2: photo: 2009 tomoyakumagai

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画像6: photo: 2009 tomoyakumagai

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画像: Mark Higashino, a friend in NYC and Masayoshi Sukita photo: 2009 tomoyakumagai

Mark Higashino, a friend in NYC and Masayoshi Sukita
photo: 2009 tomoyakumagai

画像: Masayoshi Sukita at Brooklyn Museum photo: 2009 tomoyakumagai

Masayoshi Sukita at Brooklyn Museum
photo: 2009 tomoyakumagai

画像: Mark Higashino, Masayoshi Sukita, me and Masahiro Nogami in Indochine NYC 2009

Mark Higashino, Masayoshi Sukita, me and Masahiro Nogami in Indochine NYC 2009

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