『映画小説の素敵な関係』第七回
『幻影師アイゼンハイム』―後編

19世紀の中盤から末期にかけてのヨーロッパは空前の「奇術」ブームでした。
そのような時代背景の中で、「奇術師」たちが人々を魅了し、時には当時盛んになっていた「神秘主義」を標榜する者たちに祀り上げられ、時の権力者たちに“脅威(それはたぶんに「羨望」と「嫉妬」とを巻き起こすもの)”とされ、衰退していったか・・・それが小説の主題〈テーマ〉です。
もう少し発展させていえば、そんな「奇術師」たちは、自ら発明した「からくり」を永遠の謎として残すことが出来たのだろうか?ということだと思います。

画像1: http://riomamesuke.blog.fc2.com/blog-entry-2299.html?sp

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これが、私の好みであり、私がミルハウザーの好きなところでもあります。
映画『幻影師アイゼンハイム』を観た時、ニール・バーガーもまた、ミルハウザー作品が本当に好きなのだなと感じずにはいられませんでした。
先にお話ししたように、映画は奇術師アイゼンハイムと侯爵令嬢ソフィとのラヴ・ロマンスが主軸となっています。しかし、だからといって甘いラヴ・ロマンスになっているということではありません。巧妙な「仕掛け」を施した一流のミステリーとして仕上がっているのです。

非常にたくさんの「仕掛け」がなされている作品なので、観ていない方にお話しするのが難しい作品でもあるのですが、あまりネタバレなどをすることのないように留意して、この作品の素敵なところをお話ししたいと思います。

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映画ではラヴ・ロマンスのメタファーとして若き日のアイゼンハイムがソフィのために作った木製のロケット(ペンダント)が登場しますが、ラヴ・ロマンスの要素のない原作では、これは当然のごとく出て来ないアイテムです。このアイテムが映画では非常に重要な物語り装置として機能しており、作品に大きな貢献をしています。

このアイディアを考えついただけでもニール・バーガーは素晴らしいと思いますが、ミルハウザー作品を読んでいる者からすると、この小道具が如何にも「ミルハウザー的」で、それだけではなく、小説では多くのことは謎とされているアイゼンハイムの青年期の姿を鮮明にさせるだけではなく、その後の「奇術」に説得力を持たせることに成功しているのです。そしてまた、どこか幻想的でダーク・ファンタジー風の作風である小説を、非常に日常的で受け取りやすい物語りに転換させてもいます。
そしてラヴ・ロマンスを通して、恋敵である皇太子レオポルドが登場することによって、庶民でありながら自分以上の存在になろうとして「奇術師」となったアイゼンハイム=エドゥアルトと、生まれながらにして権力を持ったレオポルドという対立概念が生じ、〈庶民vs権力〉という図式が出来上がるように計算されています。それによって、小説では特別魅力的に描かれているわけでもなく、いわば語り部に過ぎない、その影響力を懸念してアイゼンハイムを追いかけているウール警部の幅が広がって、非常に魅力的なキャラクターとなっています。

小説の持っている要素、魅力を最大限に活かし、それでいて見事なまでに映画的に再構築して昇華させている――『幻影師アイゼンハイム』は、そんな傑作なのです。

画像: http://blog.eigotown.com/celeb/John_OConnor/2008/03/the_illusionist.html

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ミルハウザーがよく使う言葉に”退屈”という言葉があります。「退屈していて」「退屈した」というフレーズはとても好きなようです。だからミルハウザーは様々な「からくり」を考え、彼の作品の主人公たちは「からくり」を開発してゆきます。

人生とは本当はとっても退屈なもので、だからこそ私たちは退屈しのぎのために「からくり」を求めるのかも知れません。庶民も、権力者とされる人たちもまた。では、この世界にとって、「からくり」とはなんなのだろう?
ミルハウザーはそんな風に言っているような気がします。だから私は、スティーヴン・ミルハウザーの作品が好きなのです。

小説『幻影師、アイゼンハイム』には些少ですが、リュミエール兄弟に触れている箇所が出て来ます(他の作品ではゾーイトロープなどの様々な「動く絵」に関する話しが出て来ます)。「映画」もまた、退屈しのぎの「からくり」であって、「幻影」に違いないのですから。
『幻影師アイゼンハイム』――日本では残念ながら、細々とした上映しかされなかった作品ですが、当時、この作品を予備知識なしに目にした私の周りの熱狂的な映画ファンの誰しもが、興奮した様子で私に「観た?」と訊ねて来ました。中には、自分の私的年間ベストテンの第一位だと言った人もいました。

 とても上質で魅力的な作品ですので、まだこの作品に触れたことのない方には、是非、触れてみて欲しいと思っています。
”退屈”しのぎに、でも。

                                    江面貴亮

The Illusionist [2006] | Trailer

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